「・・・あれ、先輩制服の釦一個ついてないじゃないですか」
「あぁ、この間クラスの奴等とふざけてたときに引っかけて取れた」

返事だけ返して意識は又画面に向く。

「・・・暇ー」
「あっそ」
「・・・・・・・・・」


ネ バ ー ラ ン ド


置き場のない手を俺の足の付け根に置いて、笠井の舌が唇を割る。
さっきまでキーボードを叩いていた手は今は関係のないキーに軽く触れているだけで、直ぐにでも両腕の間に入ってきた笠井を抱きしめる事が出来そうだ。

「・・・何の真似かな、笠井君」
「・・・暇」
「つーか俺ネット繋がったままなんだけど。俺の来月の小遣いなくす気か?」
「まさか。切ってよ」
「チャット中」

笠井を腕の間に抱き込んだまま俺の視線はノートパソコンの画面に映る。
ブラインドタッチで文章を打ち込み、発言。てゆうか笠井でキーボード見えねぇし。
あ、何かミスってる。

「つまんないーー」

絡みつくように腕を俺の背中に回して笠井は抱きついてくる。
笠井が首筋に顔を埋めて小さく息を吐いた。

「ちょっと。画面見えないんですけど」
「見なくてイイ」
「そうもいかねぇだろ」

しばらくそこでじっとして、何度か溜息をついた。
ふいにそれも止み、笠井の動きが止まる。

「・・・先輩」
「ん?」
「痛かったらゴメン」
「はぁ?」

何をする気だと警戒して笠井を引き剥がそうとするが、笠井はしっかりと掴まっていて離れない。
次の瞬間チリッとした痛みが耳の上部に走って、思わず小さく声を上げる。

「何してんだよ!?」
「・・・・・・ウワ」
「・・・何だ?」

笠井は人差し指と親指でつまんだそれを三上の目の前に持ってきた。

「・・・何コレ」
「・・・多分、白髪?」

妙に細くて白いそれは、パッと見糸くずか何かのようにも見えた。
だけど根元だと思われる辺りは黒い。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・先輩も苦労してるんですね」
「あぁ・・・誰かのお陰でな・・・」
「あっそれって俺の所為?酷いな」

笠井はくすくす笑って手にしたそれをはらりと床に落とした。
それは風も吹いてない部屋のはずなのに、真っ直ぐは落ちていかない。

「ゴミ箱に捨てろ」
「白髪って抜いたら又同じトコロから生えてくるらしいですね」
「聞けよ」
「・・・先輩、パソコンとばっかり遊んでたら拗ねちゃうよ」
「勝手に拗ねてろ」
「・・・ブー」

依然として画面を見ると、笠井は再び絡みついてきた。

「・・・てか何で今日はこんなになついてるんですか?笠井君。怖いんですけど」
「コワイー?何で。・・・俺明日実家帰るの」
「あぁ・・・何だ、淋しい?」
「ウン」

あっさりと、だけど率直に返ってきた返事に苦笑する。
その反応に不満なのか、笠井は俺の首に回す腕に力を込めた。

「しゃーねぇなぁ」

理由も告げずに落ちることだけ発言して、退室もせずに接続を切った。
それに合わせたように顔を上げた笠井と目が合って、ニヤリと笑ってやる。

「どうせ直ぐ帰ってくんだろ」

そう言いながらもそっと優しく口付けた。

「・・・・・・俺」
「何」
「俺、何があっても三上先輩のことだけは絶対に忘れないと思う」
「忘れられても困るんだけど?てか自分のバージン持っていった男のことなんか早々忘れないだろ」
「・・・他に何か言い方ないんですか」
「事実じゃん」
「・・・まぁ、それもあるけど」

「・・・忘れないよ」



「────早くオトナになりたいな」
「・・・何で、オトナになんかなりてぇの」

俺はイヤ
心の中でこっそり呟く。
言葉にはしないけれど、伝える意志もないけど心の中で訴えかける。
オトナの俺は今の俺と同じじゃいられない
・・・税金だの、選挙だの、オトナの義務。
酒、煙草。オトナの特権。そこはイイかなと思うけど、別にオトナじゃなくたってやろうと思えば出来る。

「だってオトナだったらさ、門限もないし」
「わかんねぇよ?」
「だってオトナだったらさ、もっと一緒にいられるかもしれないし」
「・・・わかんねぇよ」

一分でも一秒でも多く一緒にいたい

うん、
それは俺も同じ。

「・・・笠井の言うオトナはどんな?」
「うーん・・・さぁ・・・」
「俺はコドモんがいいけどなぁ」
「うん、先輩はピーターパンでイイよ」

俺は、子どもで居れる余裕がないんだ。
自分を保っていくことが難しいから、さぁ今日からオトナです、と言われたらきっとなれてしまう。

笠井が独り言のように言った。

「今は多分、プロになるのが夢」
「うん」
「やっぱ、夢追うのも、オトナの方が近い」
「うん」
「忍耐力も持久力もあるつもりだけど、やっぱり早く、・・・終わりたい」

夢を追っている間の時間はかくも苦痛。





親戚の一回忌。
笠井は実家へ帰る。一泊して帰ってくるはずだった。





予定は真実ではない。

笠井が俺に教えてくれた。

それは最悪の方法で。





・・・笠井は帰ってこなかった。
代わりに、笠井の両親が、残された笠井を全部持って帰った。

でも
俺の中に残った笠井は持ち去れない。
いっそ持っていってくれればどんなに楽か。




・・・・

俺がそれを聞いたのは随分後だった。
出掛けていたわけでもなく、只寝ていたわけでもなく、部屋で笠井に借りた本を読んでいた。
・・・その本は今は返してしまったけど。笠井ではなく、笠井の親に。
藤代が部屋に入った途端「居た!」と叫んで、かなりびっくりしたことを妙に良く覚えていたりする。

その時の藤代の表情にも気付かずに
怒鳴ろうとした矢先に渋沢が部屋に入ってきた。
視線で俺をなだめて、そのままその視線で壁に掛けた俺の制服を一瞥する。

「・・・釦、つけないとな」
「あぁ?」
「・・・その・・・、・・・下手に言えば余計に傷付くだけだろうからはっきりと言わせてもらうが」
「何だよ」

今思えば、渋沢も相当動揺していたに違いない。
自分が言うのは嫌だっただろう。出来ることなら言わずにいたかっただろう。
自分の口から発するそれは余計にリアルで。
渋沢がそれを伝える前に藤代がその場にしゃがみ込んだ。腕に顔を埋めて、肩が小さく痙攣している。

「・・・笠井が、・・・」




 死 ん だ 




─────制服に釦を付けて。
葬式に出た。
親戚。サッカー部員。クラスメイト。
辛気くさい涙の中で。

悪いけど、泣けなかった。

だって非現実的。


何、いきなり、居なくなってんの?


だけど実際、笠井の部屋には笠井のモノは一切なく。
ルームメイトの藤代のモノの方が圧倒的に多かったのにも関わらず、一人分の生活に関わっていたモノがぽこんと抜けるとそこはどうしようもなく淋しい部屋になっていた。

まだ帰ってこねぇな、
そう言いたくなって、多分その時に俺はやっと泣いた。
部活中にふと思って、走っていた足を止めて泣いた。
帰ってくるはずがない。

ランニングしてる間はサッカーと違って、色々なことを考えてしまってイヤだった。
サッカーなら戦略でも。攻め方でも。
ランニングしている間は何を考えたらいい。
頭に浮かんでくるのは笠井。

走っていた足を止めて泣いた。
やっと哀しいと思って泣いた。
藤代にも感染してふたりで泣いた。
その場で泣いた。
校外の道路だったけど泣いた。
どっかのおっさんが不審げな目で見てきたけど泣いた。
気付けば渋沢も目を拭った。

哀しいとしか、思えない。

交通事故だと聞いた。
だからホラ、お前藤代に色んなコト言うけど自分だって普段結構いい加減なところあるし。
ああそれか、また本でも読みながら歩いてたんじゃないだろうか。

・・・バカだろ。

何で俺は、「後悔」なんかしてるんだろう。
今まで十分な生活を送ってきたはずなのに、どうして後悔するんだろう。
何に後悔?




悲しんでばかりいたら笠井が悲しむだろ。

・・・ああ渋沢、お前はイイヤツだ。
そう、その通り。

・・・だけど笠井が幾ら悲しもうが、俺に何も出来ないじゃないか。
慰めてくれることも、怒ることも、笠井は俺に出来やしない。


学校行くのもイヤになって

あそこに立ってたこともあったし
あそこで笑ってたこともあったし
あの階段で転けてたり
あそこの席に座ってたのは妙に覚えてて
あいつと話ししてたの見た事ある

部活に行くのもイヤになって

ボール蹴ってたし
ボールと走ってたし
ゴールを守ってたし
ボールを追ってたし
夢を追ってたし

しまいにゃ寮にいるのもイヤになって

ココで泣いてたり
ココで怒ってたり
ココで喜んでたり

泣かせたり
怒らせたり
喜ばせたり


これから何して良いのか判らない


そう思っているのに俺は毎日学校へ行き
そう思っているのに俺は毎日寮で生活し
そう思っているのに俺は毎日喜怒哀楽




「三上・・・アレ・・・笠井、の、両親じゃねぇ?」

根岸が少し辛そうにその名前を口にして、俺の後ろの方を指差す。
その方向に振り返ると、ああ確かに、見たことのある夫婦らしきカップルと渋沢が話をしている。
俺はあまり似てるとは思わなかったのだが、みんなに言わせれば母親の方が笠井に似ているらしい。
イヤ、似ているのは笠井の方だが。・・・だった、の方が適切か?

渋沢がこっちを見る。
目が合うと、こっちに来いと手振りで示した。
・・・イヤダ。イキタクナイ。

顔には中途半端な笑顔を張り付けて、機械的に足を動かして歩いていく。
こんにちは、と軽く会釈。
会釈を返されてふとみれば、・・・あぁ・・・

笠井。

何でお前母親に似てるわけ。

一瞬だけ逢ったような感覚。

葬式の時よりもやせた気はするけど、あの時みたいに顔色は悪くない。
荷物を整理していて出てきた。

母親は言って、鞄から封筒を出した。
見た事ある。
笠井の部屋で。
見た。
それは封が開けてあった。

「・・・先輩へ、とだけ書いてあったんです。私たちが見て良いものか正しい判断は出来なかったんですけど」

何度も読んだんだろう。
何度か涙を流しただろう。
すっと差し出されたそれを受け取った。

先輩へとしかないのに俺にって事は。
いつか挨拶に行こうと冗談で言ってたけど、こんなカタチで知られることになったのか。




あいつはこんな字だったっけと思って哀しくなった。
一番お互いを深く知っていたつもりでそんなことが判らなかった。
だって記号なんて要らなかったから。
言葉があれば良かったから。
言葉がなくても、いてくれれば良かったから。

多分、ミスってる。間違えてる。
封筒には先輩へと書いてあるのに、コレはおそらく「先輩」宛じゃない。
先輩への中身は何処へ消えたんだろう。
この手紙が入るはずだった封筒は何処だろう。

手紙の冒頭は

生んでくれてありがとう





国語のテストのようだった。
このときの主人公の気持ちは何でしょう。

主人公じゃないので知りません。

今父さん達がコレを読んでいるとき俺は何をしてるか知らないけど、今から話すのは中学時代の話。
俺は結婚式で渡そうと計画してるんだけど、出来るのかなぁ。結婚ね。
今一番好きなヒトとは出来ないから。
その、明日にはもう代わってるかもしれないんだけど。
俺の好きなヒトは


俺の名前がフルネームで入っている。
・・・何、お前、初め「りょう」って読んでたワケ。初耳だよ。
年齢。一つ上。部活。同じ。
性別。・・・・・・オトコ。


深い意味があって書いてるわけじゃない。
ただ、一生黙っておくことになるのはイヤだったから。
今この瞬間に伝えることは出来ないけど、何年後かなら言っても時効かもしれないし。
今の気持ちを残しておきたい。
いつか先輩を嫌いになっても、今は確かに好きだから。




早くオトナになりたいと言った笠井は
強制的にコドモのままで
一生ネバーランドに閉じこめられた。

オトナになりたくないと思って俺は
必然的にオトナになり
一生ネバーランドには戻れない。



三上先輩宛にも書こうと思ってたんだけど。
・・・ゼッタイ馬鹿にするらやめる。
先輩には想いは伝えきってるから、こんなモノ要らないって言われるかもしれないし。
どうせそんなに書くことはないだろうから。
父さん達には沢山あるのにね。


それが3枚目。

手紙は書いている途中だったらしい。
文章が中余半端なところで終わっている。インクが切れたようなかすれた跡があった。
3枚目の余白部分が透けて、後ろの便せんの罫線が見える。
・・・そこに何故か、文字が見えた。

手紙にもなれない4枚目。
それは1枚目だった。
2枚目はないけど、それはそれで完成なんだろう。ちゃんと下の方に、「笠井竹巳」と入っている。



三上先輩へ















ありがとう















・・・オワリ。


泣かせろ。
なぁ渋沢。
誰か来たら適当にフォローしとけ。
ただ泣かせてくれ。

哀しいんじゃない。

悔しい。

泣かせろ。
なぁ笠井。
俺を泣かせて楽しいか。
静かに泣かせてくれ

もう泣きたくないけれど
だってそうでもしないと忘れてしまいそう
もう2度と笑いたくないんだ
もう2度と悲しみたくないんだ
泣くのをやめたいけど
さっさと忘れてしまいたいけど
お前の所為で忘れられない
頼むから早く忘れて
もう2度と泣きたくないんだ







たまたまポケットにシャーペンが入っていたのを思い出して。

最初で最後の笠井の手紙の裏に手紙を書いた。


笠井へ


どういたしまして



涙が落ちたけど気にしない。
涙ごと受け取れ。
悲しみごと受け取れ。

初めの3枚と一緒に封筒に入れて、ただ俺を見守っていてくれた笠井の母親にそれを返した。
笠井に良く似た彼女も涙ぐんでいた。

「あの馬鹿に渡しといて下さい」

俺はしばらく会えそうにないんで




父親が彼女の肩をそっと抱いて、じっと俺の方を見た。

「・・・一度うちに来たことあるな」
「はい。・・・夏休みに」
「覚えてる」

「・・・俺」

あー・・・鼻水のお陰で鼻声気味だ。
カッコワリィ。


「多分・・・つか絶対、これから誰かを好きになるし、その人とキスもするだろうしセックスもする」


笠井ほど好きになる奴はいないかもしれないし、もっと好きになる奴もいるかもしれない。
それは男か女か判らないけど。
笠井の時の、感情をぶつけることしかできなかった恋愛よりももっとスマートに恋愛できるかもしれないし、ひょっとしたらもっと泥沼かもしれない。
だけど俺は


「誰を好きになってもどんな恋愛しても笠井のことは忘れない」



酒が飲めるようになっても
煙草が吸えるようになっても
親としての義務を果たしていても
白髪になってももしくは禿げても


ネバーランドの君の事は忘れない

 

 

 


松原さんリクドウモ。そしてゴメンナサイ。
笠井君死にネタ。
何つぅかもうコレはコメントも難しいですな。

20020422

 

 

 

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