ペ ン シ ル


「あ・・・ッ」

きつい金属音に肩をすくめる。
それは隣の人も同じ様で、音が止んでからもしばらく目を瞑ったまま待った。
向こうの足音でやっと目を開ける。
しまった、僕はいつもトロいんだ。
階段の下を見下ろせば、さっきぶつかった人が落ちたものを拾ってくれてる。

「す、すみませんっ」

慌てて階段を駆け下りるけど途中で躓き、また彼のお世話になった。
抱き留めて貰ったときに一瞬、・・・あれは、香水?うちの姉ちゃんと同じ匂いだ。
カッターシャツのイニシャル、S.F。2年の赤。同じだ。

「ごめんなさい・・・」
「いいよ」

取り敢えず手近な色鉛筆を拾った。
ふと見れば色鉛筆のケースの蓋が取れてしまっている。・・・どうしよう。
色鉛筆を集めながら階段を見上げる。さっき居たところだ。

「色鉛筆だけ?」
「あ、はいっ、すみませんっ」

集めて貰った色鉛筆を取り敢えずケースに入れる。
何本か芯が折れていた。あの高さから落ちたんじゃきっと中の芯もぼきぼきに折れてるだろう。
ふと気付けば彼の上履きは青だった。これは3年。
・・・・・・あれ?

「ごめんね、ぶつかって」
「あ、いえ、ぼーっとしてた俺が悪いんで」

優しく笑って彼は最後の色鉛筆を渡し、階段を上っていく。
しばらくして2年じゃないだろうと気付いた。
あれだけ綺麗に笑える人が居たらもっと早くに気付いてる。




「やっぱり駄目だ・・・」

鉛筆削りを置いて嘆いた。
さらば色鉛筆。あんまり使ってないのになぁ。

「残念だったなー」
「ははー、やっちゃいました」

部長が前の席に座って悲惨な削りかすを見た。
削ってる段階でぽろぽろ落ちた芯が切ない。

「階段から落としちゃったんですよねー」
「また人にぶつかられたのか?」
「ぶつかったんですよ、悪いのは僕だし」

笑いながら部長がカッターナイフを手にする。
僕は美術部だ。武蔵森に入学して、取り敢えず何か部活に入らなきゃいけなかったので暇そうな美術部に入った。
ところが結構本格的な部活で、それなりに感化され、ちょっと進路も考えてみたりする。

部長はちょっと憧れの人だ。
入部する決定打になったのはこの人の絵。色鉛筆で書かれた幻想的な世界だった。
部長は削りかすの中から水色の芯を取り上げ、スケッチブックを広げる。
器用にその上で芯をカッターで削った。水色の粉がスケッチブックに降る。
黙ってみている間に粉は綺麗に散って、部長はそれを指で押しつぶしながら紙に擦りつけた。
ぼんやりと紙に水色。

「まぁこういう用途もあるわけだ」
「これ、先輩文化祭の時の絵にもやってましたよね」
「まぁね、気を付けないと逆に汚くなるけど」
「でも良い機会だから覚えときます、芯残してて」
「これだけ使おうと思うと大変だけどな」
「ホントですね」

笑いながら削りかすの中から芯を選んで取り出し、要らない紙で包んで筆箱に突っ込んだ。
取り敢えず当面の問題は、明日からの活動をどうするかだ。
あーあ・・・水彩色鉛筆買ってなくて良かった。







「12色?」
「はは・・・これしかなかったんで」
「俺の貸そうか?」
「い、いえっとんでもない!また折っちゃうし」

折れてしまった色鉛筆の代打は12色の色鉛筆。厳密に言えば黒がないので11色だ。
部長の本当の商売道具は色鉛筆じゃない。水彩画だ。
油絵は余り好きじゃないという。あれは絵の具で下絵を描いて、その上から着色していく。下の色は全く消えてしまう。
部長はそれがイヤだという。僕もそう思う。

「あぁ、そうだ。お前が昨日ぶつかった奴って何年だった?」
「・・・・・・分かりません」
「上履きとか見てないか?」
「・・・上履きが青でシャツのイニシャルが赤でした」
「そりゃわかんねェな。でもそれ多分、うちのクラスの奴かもしんない」
「はぁ・・・?」

お邪魔しまーすと誰かが美術室に入ってくる。
部長が顔を上げて、よう、と声をかけたので振り返った。
・・・あ、昨日ぶつかった人だ。

「中西、こいつだろぶつかったのって」
「・・・あー、うん、多分ね」

今日も上履きは青だったけど昨日のものとは違う感じ。
昨日のにはあった落書きが消えている。

「あの、昨日はすみませんでした」
「あぁ、こいつだ」
「・・・・・・」

何だか妙に理不尽なのは何故だろう。

「ごめんね、俺人の顔覚えるの苦手で、声は覚えられるんだけど。はい」
「え?」

はいって。
差し出されたのは色鉛筆。傷のないケースの蓋に色鉛筆の写真、36色との明記。
・・・36?

「・・・あの」
「昨日のお詫び」
「えっ、え、いや、いいですよそんなっ」
「もらっとけもらっとけ、こいつバカみてーに金持ちだから」
「だ、だって悪いのは僕だったし」
「未来の芸術家に贈り物だと思って」

「なかにし先輩」は笑って僕に色鉛筆を押しつけた。
うーん、その顔は卑怯。
笑ってないでしょ。

「中西今日部活は?」
「俺ー?ちょっと立ちくらみが」
「サボんなよー」
「うっそー。たまには休みぐらいあるのよ」

椅子を引いて「なかにし」先輩が俺の正面に座る。
居座るのか、しかもここに。
今日のカッターシャツはイニシャルが青だった。だけどイニシャルがR.T。「なかにし」じゃない。

「いいね、ここ静かで」
「美術室端っこだもんな」
「俺ここで寝てていー?根岸が帰ってゲーム三昧って騒いでたから多分部屋煩いんだよね」
「お前授業中散々寝てた癖に」
「うふふ夜寝かせてくれなくてvお休みー」
「既に寝る気かよ」

だけど部長も別に止める気はないらしい。
なかにし先輩はそのまま机に伏せて寝る体勢になる。
しかもここ。

「・・・ぶちょー」
「ほっとけよ、そいつ寝言も寝相もないどころか全くうごかねぇから。石膏代わりにでもすれば?」
「石膏・・・」

人物デッサンと言うことだろうか。石膏の方がずっと簡単だ。
・・・まぁ、モノは試しと言うことで。
出来れば先輩が起きません様にと祈りつつクロッキー帳を開く。






「・・・もし」
「うわぁっ、あっ、お早うございますっ」
「はは、おはよう」

夕日を受けて中西先輩が笑う。
咄嗟にクロッキー帳を伏せた。鉛筆を落とす。あ、芯折れた。

「・・・ここの部長は?」
「あ、先生に呼ばれて」
「そう・・・あー結構寝たなぁ。何描いてたの?」
「う・・・」

あとで思ったんだけどここで俺は適当に嘘を吐けば良かったんだ。
前に描いた奴でも見せてれば先輩を描いてたことなんてばれなかったんだからさ。

「何?」
「・・・・・・すいません」
「何で?」
「・・・せんぱいかいてました」
「俺?」
「はい・・・」

余りモデルを喜ぶ人は居ない(俺が下手だからだけど)。
それでもモデルをやった人って言うのは大抵

「見せて」

・・・ほら・・・!

「い・・・いやです」
「何で?モデル料だと思って」
「駄目です」
「いいから」
「あっ」

ね、と子どもみたいに諭されて、その隙にクロッキー帳が奪われる。
うへぇ・・・見せられるようなモノ描けてないんだけどなぁ・・・

「俺?」
「・・・です」
「下手?」
「う・・・・・・・」

どうせ下手ですよーだ。
くそ、ただ者じゃない。クラスメイトはこれでも上手いと言ってくれる。

「でも俺、寝てるときこんな顔してるんだね」
「・・・先輩、」
「ん?」
「普段のっぺらぼうみたいですもんね」
「・・・・・・」
「・・・あっすみませんっ何か失礼なこと」
「何で分かっちゃうのかなぁ」
「え?」
「絵描きってヤダね、ここの部長にも同じこと言われたよ」

そう言って苦笑したなかにし先輩はやっぱりのっぺらぼうに見えた。




それから美術室に残されたのは36色の色鉛筆。まだ1度も使っていない。
なかにし先輩はあれから時々美術室に来る。
その度にモデルをやってくれる。その度に僕に下手と言い、僕はのっぺらぼうと言い返す。
ただなかにし先輩には最近目と口が出来たけど、どうも僕の画力は上がってないらしい。
なのでもう少し上手くなるまで色鉛筆は使わずに置いておくことにする。
・・・先に部長が使ってしまいそうだけど。

因みに中西先輩が自分のカッターシャツを着てきたことはない。

 

 


notほもー!!
ほもじゃないよー!!(ホントかよ)
部長もほもじゃねーぞー!
居るとしたら中西がほも。

030724

 

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