廃 ビ ル


「・・・やっべえ・・・かも・・・」

自分の間抜けさを少し呪う。
近所の廃ビル、そこで肝試しをすることになった。
それで証拠として取ってくるための物を置きに行くのを任された。昼間のビルは何も恐いことなどなく、だから藤代もそれを引き受けたのだが。
辺りも薄暗くなってきた時間、藤代はまだビルの中にいた。

「げーっ・・・やっべー」

探し疲れて藤代は適当な場所にしゃがみこむ。
鍵をなくした。
小学生なりのショックで溜息を吐く。
何もない日なら諦めて怒られる覚悟で帰る。しかし今日は状況が違った。
親戚が急に病気になり、両親がそっちへ行ってしまった。
もう少し年を重ねればそうでもないのかもしれないが、フキンシンだと思いつつもひとりでの留守番が少し嬉しかった。
親戚とは言っても藤代は殆ど知らない人だ。

「どうしよう・・・俺今夜こんなトコで野宿?」

自分で言ってから鳥肌が立って腕をさすった。
このビルは建設中止になったビルなので、何が出ると言う噂がないのが幸いだろう。

「どうしたの?」
「ぎゃあっ!」
「うわっ」

叫んでから藤代は恐る恐る振り返る。
見かけない男が藤代を見下ろしていた。

「・・・おじさん誰?」
「は?」
「お兄さん」
「俺はここの持ち主」
「・・・ご、ごめんなさいっ!」
「イヤいいけどね、別に。ホントは元持ち主だし」
「・・・・」
「世の中の物は大抵誰かの持ち物だから。気をつけろよ、こういうトコのはヤクザ屋さんにつながってることあるし」
「うわ、恐ェ」

藤代のリアクションに男は笑う。

「こんなところで何してたの?もう暗くなるから危ないし。廃材で怪我して動けなくなっても外まで声なんか届かないよ」
「う・・・帰るにも家の鍵なくしちゃって」
「鍵?・・・もしかしてこれ?」

男はポケットを探って長いチェーンのついた鍵を取り出した。
ちゃりんと目の前に踊った鍵を藤代は反射的にそれを捕まえる。

「君の?」
「俺の!ありがとうおっちゃん」
「は?」
「お兄さん」
「気をつけて帰れよ」
「おにーさんは何してんの?」
「・・・俺も探しモノ、」
「何探してんの?」
「・・・愛?」
「うわダセェ!」
「・・・・」

男の視線に藤代は口をふさいだ。
黒いシャツに黒いズボン。整った顔立ちが憂いの表情をつくる。

(分かった、ホストだ・・・!)

知ってる知識を総動員して男の職業を推測する。
男は足元の板を器用に靴で押し退けて、体を屈めて目を凝らす。

「・・・なー、名前は?」
「中西」
「なかにし、聞いたことある、うちのクラスにもいる」
「ふうん、珍しくないしね」
「俺ね、藤代誠二!」
「・・・・・・藤代、ね。はいはい、じゃあ藤代君危ないから早く帰りな」
「俺も一緒に探したげる!」
「・・・・」
「俺しょっちゅうここで遊んでっからさ、中西より」
「さん」
「中西さん、よりこん中詳しいと思うんだけど」
「・・・・」
「俺帰っても誰もいないんだよねー、探し物手伝ってやるよ!」
「・・・生意気〜。危ないから帰りな」

藤代の頭を軽く叩いて中西は歩きだした。
あ、と藤代が言うのにも無視を決め込む。

「そこ危な」

バキィッ

「・・・いよ、雨漏りするから腐ってんだ」
「・・・・」





「中西の探し物は何?」
「・・・指輪」

もう呼び方を修正するのも諦めて、中西は辺りを見回しながら言う。

「愛だって言ったでしょ」
「指輪かー」

緊急時用に持ってきたペンライトが役に立った。人の入り込めない奥の方をそれで照らし、藤代は光るものを探す。
中西が頭上で煙草に火を点けた。

「あー、好きな人とかにあげた奴だったりして!」
「うーん当たらずと言えども遠からず」
「は?」
「世の中の物は大抵誰かの物だったってこと」
「・・・・」
「こんないい男捨てるなんて何考えてたのかねぇあの女は。なぁチビ?」
「いやー俺にふられてもなー。じゃあ指輪捨てたんだ」
「・・・いや、彼女にあげた」
「テキトーに売っちゃえばいいのに」
「お前なんかむかつく」
「よく言われる」

藤代はけたけた笑って足を進めた。

「あっちの方は?」
「んー、俺は平気だけど中西はどうかなー。重そうだし」
「は?」
「俺と比べて!見てくるからちょっと待ってろよ、煙草目印にするから火点けてて」
「あ」

中西が止める間もなく、藤代は辛うじてKEEP OUTと書かれているのが読める紐をくぐった。
中西は複雑そうにその前で煙草をふかす。
ここが建設中止になった理由のひとつは火事だった。そのときの名残だろうか。
少し藤代が心配になる。

「うぎゃっ」
「おいっ!?」
「びびったーっ、猫だった。ちぇーっ、光ってるから指輪かと思ったのに」

中西はほっと息を吐いた。猫の目が光ったんだろう。
きっと藤代は偽の宝箱を見付けたぐらいにしか思っていない。
怪我でもする前に呼び戻そうとして、中西はさっき煙草を落としてしまったことに気付く。
落ちているのを靴でもみ消していると猫が出てきた。痩せた猫が黒く汚れているのはススの所為なんだろうか。
光る両目が中西を射る。

「・・・おい、藤代、戻ってこい」
「えー?だってまだ」
「いいから!危ない」

中西もライターを点けて少し中に入る。
床が軋むが恐怖はない。藤代を巻き込むことの方が恐かった。
そこまで考えて笑いが込み上げてくる。いつから他者を気遣うなんて芸当が出来るようになったのか。
バカは死んでも治らないというが、・・・・。

「もーっ、大切なものなんだろ!」
「うん、でもお前が死んだら困る」

ペンライトの明かりが少しずつ近付いてくる。
もういいと言ってるのにまだ探している様で、小さな明かりは足元をしきりに行き来した。

「「あ」」

何かが一瞬光る。
ペンライトの光が慌てて戻った。

「あった・・・」






「何でこんなところにあるんだろう」
「はぁ?」

左手の薬指にはめた指輪をかざし中西は首を傾げる。
女物の指輪は関節につかえてそれ以上は入らなかった。これの持ち主になるはずだった人を想う。

「待てよ中西、じゃあ、ないと思ってるのに探してたのか!?俺動き損じゃんかぁ〜ッ」
「まぁ、でもこうして見つかったわけだし」

少し苦労しながら指輪を抜く。
飾り気のなにもない銀の曲線は綺麗なままだ。

「質屋に売ったって言ってたのに」
「・・・おねーさんも中西のこと好きだったんじゃないの?」
「そんなこと・・・いや・・・もう言ってもしょうがないか」
「・・・・」

中西は指輪を握って煙草に火を点ける。
話ながら歩いて出口に着いた。藤代は未だそこにいる。

「・・・なぁ・・・お前兄弟いる?」
「ねーちゃんが1匹」
「ひき・・・結婚は?」
「・・・んー、何か、俺が思ってたのと違う人と結婚した」
「・・・・」

中西は無言で指輪を差し出した。

「あげるよ」
「・・・・」
「俺は持っていけないから」

あげるよ、
藤代の中で言葉が反芻される。

あげる、
何を?
俺はあの時何を貰った?
・・・紙、・・・名刺だ。

「・・・中西秀二」

中西が一瞬驚いた顔をする。
それからゆっくり笑って、藤代の手に指輪を握らせた。
一度握った手を開いてみる。
銀の指輪。内側にfrom S。

エス。

さしすせそ

しゅうじのエス。

「バイバイ」

はっとして顔を上げるとそこには誰も居なかった。
指輪を人差し指にはめてみる。ぶかぶかだ。

「ねーちゃんに宜しく」

反射的に頷いた。







「・・・・」

玄関の鍵を開けて藤代は硬直した。
鬼がそこに仁王立ちで待ち構えている。

「ね、ねーちゃん・・・」
「こんなに遅い時間まで何処うろついてたわけッ!?どれだけ心配したと思ってるのよ!」
「ね、ねーちゃん何で」
「母さん達があんたをひとりにするはずがないでしょ!もー・・・ほんっと迷惑しかかけないし・・・」

家族の中じゃ姉が一番恐ろしい。
藤代は肩をすくめて説教を聞き、唐突にポケットの中身を思い出した。何故一瞬でも忘れていたのか。

「・・・ねーちゃん、偶然じゃないぞ、運命だ」
「は?漫画の読みすぎでホントにバカになった?」
「うん、そうかも。ねーちゃん左手貸して」
「あのね、あたしはあんたが帰ってきたって何件に電話かけないといけないと思う?」
「いいから!」

言いだしたら聞かない年の離れた弟に溜息をつき、彼女は仕方なく左手を差し出す。
弟はポケットから何かを出して、握ったまま見せない。
虫とかの類じゃないだろうか、引きかけた手を捕まえて、藤代はじっと指を見る。

「・・・何よ」
「貰っちゃった」
「は?」

何を、と聞くことは出来なかった。
小さな弟の指先が薬指に指輪を差し込む。カチンと金属音、そこには先約。

「あ・・・んた・・・」
「俺はねーちゃんにプロポーズなんかしないけど、ねーちゃんにやるよ」
「何処で拾ってきたのよこんなの!」
「俺は中西に貰ったんだ!」

中西の名前が出て彼女はビクリと動きを止める。
恐る恐る指輪を外し、内側を見た。

from S

「・・・どうして拾ってきたのよ。・・・あのビルで拾ったんでしょ?」
「だから中西に貰ったんだって」
「だってあいつは死んだのに」
「知らないよ。俺はあそこで中西に会ったんだ」
「・・・・・・」

あの名刺は確かポケットの中に入れて、そのまま洗濯されて読めなくなった。
そんなことを思い出し、藤代は何となく笑う。

「・・・誠二」
「何?」
「これ、アンタが持ってて」
「・・・分かった。預かるだけな」

持っていくことが出来ない人と、受け取ることが出来ない人と。
ならどっちも出来る俺が預かろう。

少し誇らしかった。






それから何年かして、あそこの火事で中西は死んだらしいと聞いた。
だからあそこに指輪を返したらしい。
その時の火事は放火で、中西はヤバい仕事をしていた。
でも全て憶測だ。生きているかもしれない。

あのビルは取り壊された。
今は駐車場になっている。

指輪だけは何も変わらず、今日も俺のポケットの中にあった。

 

 


なんつーパラレル・・・!
おまえいくらパラレルでもほどがあるよ。
でも個人的には結構スキ系・・・かも・・・?

030724

 

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