鎖 の 結 束
「鎖の男を知らないか」
客はいきなりそう言った。
辰巳さんは聞いてなかったフリをしてキーボードを叩く。
机の上にはノートパソコンが2台と携帯が数台広げてあった。
客はしばらく考えて、被っていたキャップを脱いで正面の席に座る。ビル4階の喫茶店の一角。
そこが辰巳さんのオフィスだ。
喫茶店に居候し、別個にオフィスを持たないのはただ性に合わないから、というだけらしい。お客さんが来たのでコーヒーを運んでいった。ちょっと秘書っぽくない?
それを見て客はただ笑った。なんかムカつく。
ふと階下の街を見下ろせば、一体何人が同じ格好をしているだろうと言う派手になりすぎない流行の格好。
辰巳さんが顔をしかめているのを見ると、余りいい客ではないらしい。
そもそも辰巳さんの所にやってくる客に「いい客」というのがあるとするならの話だけど。「あんたが辰巳だろ?」
「ああ」
「んでこっちが笠井か」急に名前を呼ばれて戸惑って辰巳さんを見る。
俺はネームプレートというものをしていない。「別に、驚く事じゃないだろ?こんな仕事してるのは辰巳だけじゃないんだから」
「・・・わざわざ他の情報屋に俺のことを聞いてまでして俺から何を買いに来た」
「買いに、ときたか。人良さそうな顔して結構厳しいね」客は笑ってコーヒーのすする。
辰巳さんが俺に小さく声をかけて下がらせた。まだ不安が残るけど、邪魔をしちゃいけないので大人しく下がる。「じゃあ早速だが仕事の話をしよう。俺は中西、仮にね」
「・・・・・・」
「欲しい情報はさっき聞いたように鎖の男のことだ。
右の肩から背中、腰に掛けて鎖の刺青が入ってる。知ってるか?」
「俺は自分の知ってる情報は売らない、調べた情報だけだ」
「ふぅん、なるほど。どれぐらいかかる?」
「明日には」
「分かった。金は?」
「いくらでも」
「・・・ってのは?」
「前金は10万。その後は自分がその情報に見合うと思った金額。だから明日でいい」
「ふーん・・・お前赤字だろ」
「いいや」
「ふーん?まぁいいや、取り敢えず前金と、あとは明日」客は10万を机にポンと置いてひょいと立って出ていく。
遠目に見たけどもう見慣れた物で、10枚ある分厚さだと言うことは数えなくても分かった。
扉が閉まったのを見計らってコーヒーカップの回収に行った、のはただの言い訳。
さっきまで男が座っていた席に腰掛けて、早速キーボードを叩き始めた辰巳さんの顔を覗き込む。「さっきのただのお客さん?」
「俺のトコにただの客なんて来るか?」
「そうだけど・・・俺のことまで知ってるなんて気持ち悪い」
「俺がしてる仕事も変わらないよ」
「・・・・・・」辰巳さんは情報屋だ。
インターネットや携帯の普及によって最近結構増えてるらしいけど俺は詳しいことはよく知らない。
インターネットなんて、パソコンにも触ったことないよ。
何たって店の売り上げは家計簿式。ていうか何でバイトの俺がつけてんだ?「嫌な客?」
「あんまりいい客じゃない。変装してただろ」
「変装?」別に眼鏡もマスクもなかったけど。
変装らしい変装と言えばキャップだけど、あれも脱いでしまっている。「じゃああいつの特徴言えるか?」
「・・・・・・えーと」
「賢いよ、流行の格好が一番個性を消す方法だって知ってる」「・・・俺と辰巳さんのことも知ってるのかな?」
「・・・笠井」
「はい?」
「机の裏、覗いてみてくれ」
「はぁい」取り敢えず言われたとおりに机の裏を覗いてみる。
・・・シール?
丁寧に剥がして裏返せば、小さな黒いチップがあった。「・・・あの客絶対可笑しい、盗聴器までつけていくなんて」
何だか無性に腹が立ってシールで丸めてついでに思い切り潰してやる。
辰巳さんは淡々と仕事を続ける。多分明日も何も言わないんだろう。
今俺に出来ることは、明日もあの嫌な客にコーヒーを入れることだ。「・・・何か手伝えることがあったら何でもするからね」
もう一つあった。
辰巳さんにお茶を入れることだ。
早速お茶を入れに戻ろうとすると、手首を捕まれて立ち止まる。「笠井、仕事」
「はいっ!」やった、仕事だ。
エプロンを脱ぎ捨ててカウンターの奥に向かう。「店長、俺仕事行ってきますーv」
「はぁっ!?これから忙しい時間だろうが!」
「だってー人多い時間セクハラ多いからイヤなんですよ。店長頑張って下さい!」
「くっそ割にあわねー!」ていうか仕事しろよ店長。
店長の三上さんは俺が辰巳さんの仕事を手伝うとき、つまり店に誰も居なくなるときしか出てこない。
ラジオと競馬新聞片手にいやいや出てきた店長にエプロンを押しつける。「辰巳さん俺何処に行けば?」
「張り込みいけるか?」
「大丈夫ですけどー・・・いつまで?」
「出来れば朝まで」
「・・・はぁい」露骨に嫌そうな声で返事をしてやると辰巳さんは苦笑した。
ふんだ、どうせ俺はガキですよ。
その分張り込みするのには都合がいいんだけどさ。何たって街は24時間ガキで溢れてるから。
辰巳さんはパソコンの前から離れない。
そして俺はパソコンと携帯だけじゃ手に入れられない情報を探す手伝いをする。「イヤだったら」
「やりますっ」
「分かった。場所は遠くない。ここだ」パソコン上に出された地図を頭にたたき込む。
今の時間帯も考えての最短ルート、よし。「多分中西が来るはずだから」
「分かりました。いってきますっ」ぎゅっと思い切り辰巳さんの頑固頭を抱きしめてやってから店の外に飛び出した。
俺はちょっと卑怯なのかもしれないけどさ。
少しの間ぐらい俺のこと考えてくれてもいいでしょう。
「人の店でいちゃつくなー」
「・・・不可抗力」
「くそ、ふざけんなよ」だるそうにエプロンをつけながら三上が辰巳の前までやってくる。
どっかと前に腰を下ろし、目の前のお金を手にとって勘定した。「お前いつかバチ当たって死ぬぞ」
「確かに詐欺みたいな仕事だけど」
「でなくて、こっちの盗聴器にも気付いてたろ?」
「まぁね」お札の隙間から三上は黒いチップを出してくる。
溜息をつきながらそれを水の入ったコップに落とした。
小さな気泡を吐き出しながら、よろよろとそれは沈んでいく。「笠井はおとりか。中西誘い出しただろ」
「まず味方から、ってやつ」
「かわいそー。つーかお前がこんなトコ居なきゃ俺のモンにしてるんだけどなー」
「だから俺はここで仕事してるんだよ」
「こーのバカップルめが・・・」
────辰巳さん御免なさい。
クソ、アホか俺は。
あーもう、あいつがただの客じゃないって分かってたのに!
・・・ビルの壁に押しつけられてまだ1分と経ってない。「こっちも情報屋だったんだね」
「・・・俺は手伝いをしてるだけ」
「ふぅん」意味深に中西と言う男は笑う。
何かムカつく!さっきから押さえられた腕が動かないのが余計に苛立たせた。
それなりに体術だって出来るつもりだ、だから手伝いをしていたのに。「でもね、お前は騙されてる」
「何を・・・」
「一緒に寝たことないだろ。子どもの質問じゃないのは分かるよな?」
「ッ・・・」そりゃ、確かに。何もないのは事実だ。
でもそれは辰巳さんが朝も昼も関係なく仕事のために待機しているから。
・・・不満はあるけどそれも承知で傍にいる。「だってしてたら分かってるはずなんだよ」
「何が・・・?」
「鎖の男はあの男だって」
「はっ・・・!?」
「辰巳が、鎖の男」・・・辰巳さんの背中なんて見たことない。
いつも俺が見る背中の、布1枚向こうに、鎖なんて描かれてるんだろうか。
いや、疑うことはしない。事実かもしれないけれど。「俺は辰巳さんを信じてるんだ」
「・・・ま、誰が泣きを見ようと俺には関係ないけど」ようやく中西が離れていく。
少しだけ勝った気分だった。でもさ。
格好つけてみたけれど。そりゃそうは思うけど
疑わずに
いられるか?って話。
「・・・笠井」
「どうせ俺の何処かに盗聴器ついてるんでしょう」
「・・・・・・」もう明かりを落とした喫茶店の店内を照らすのは、階下の街の明かりだけだった。
都心の夜は眠らない。
その街で辰巳さんも殆ど眠ることはない。
睡眠時間は取るけど熟睡はしてないんだろう、いつ携帯に連絡が入ってもすぐに跳ね起きる。
薄暗い店の中で、少し緊張しながら辰巳さんに迫る。
窓側のその席に逃げ場はない。「見せて」
「・・・・・・」手を伸ばしてシャツの釦を外していく。
辰巳さんは何も言わず、何もしてこない。
シャツを脱がして、辰巳さんがゆっくり後ろを向いた。
鎖。
右肩から指でなぞると辰巳さんの背中が少し緊張する。「・・・ふーん」
「笠井」
「いいもん、どうせ俺は足手まといですから」
「違う」強い口調で言われて怯む。
初めて聞いた声。
あ
・・・ちょっとヤバイ。辰巳さんが机を行けるところまで向こうに押しやる。
電源がついたままのノートパソコンを閉じると一気に辺りが暗くなった。
地上の光はそんなに届いてなかったらしい。「笠井」
「・・・はい」
「言っとくけど俺に仕事放棄させたのお前が初めてだからな」・・・部屋が暗い。
「笠井」
「ん・・・辰巳さ」
「ごめん服着て」
「・・・あ」あ・・・朝日!!しまった!
だけど俺に出来る精一杯は革張りの椅子に伏せることだった。
は、恥ずかしすぎる・・・
視界の端に閉じられたノートパソコンが見えた。
しかも俺は仕事の邪魔をしたんだ。最悪。「・・・ごめん、大丈夫か?」
「大丈夫です・・・辰巳さんが謝らないで下さい」のそりと起き上がってくしゃくしゃの服を着た。
くそ、仕事の邪魔だけは絶対にしたくなかったのに。「お早うバカップル」
「ッ・・・店長ッ!?」思いっ切り叫びたい心境に駆られるのに声が出ない。
店の奥から出てきたのは店長。
にやりと笑ってラジオを片手に近付いてきた。「あ・・・あ・・・」
「何?笠井は俺が別宅でも持ってると思った?残念ながらここが俺の家でもあるんで」
「・・・辰巳さんッ!?」
「・・・その・・・途中で思い出したんだが・・・」
「・・・はぁっ!?ちょっと待ってよ!」それは、ずっと店長隣にいたってこと!?
ちょっと待て〜〜〜!
一気に顔が火照ってまた伏せた。
俺、昨日の夜何言ったっけ!?「やー、イイ声出るじゃん竹巳ちゃん。今度俺のお相手もして貰おうか?」
「ッ・・・変態ッ」
「だッ!てめ・・・店長殴るなよ!クビにすっぞ!?」
「寄るな〜〜!」
「・・・・・・・」
「辰巳さんも逃げるなっ 天誅!」
「イッ・・・」さり気なく机を直している辰巳さんにもかかと落としを食らわせる。
何が途中で思い出しただ!むっつりめ!
恥ずかしいついでにあちこち痛い!「この店は朝から賑やかねー」
あっ
・・・中西、だ。
店の鍵は開いてないはずなのに。「・・・お、何だよ、まだ開店してねーぞ」
「そりゃ三上の店はね。辰巳の店は24時間365日・・・ってなーに、そのパソコン」中西がノートパソコンに近付いてそれを叩く。
意味深に笑いかける中西に辰巳さんが頭をかいた。「携帯も電源切ってるし」
・・・それは途中にかかってきて。
うんあれはちょっと嬉しかった・・・・・・って仕事の邪魔してる・・・。「俺の時でも開きっぱなしだったのにねぇ」
は?
反射的に辰巳さんを睨み付ける。まぁ、と手で制されても誤魔化されない。
店長にエプロンを押しつけられる。「客だろ」
「・・・俺今日休み下さい」
「いやでーす。俺の相手をするなら休」
「やります」
「・・・ホントつれない奴ー。損するぞ」
「ほっといて下さいッ」軋む体に鞭打って立ち上がる。
エプロンをしながらカウンターに立ってコーヒーを入れた。
くそ、雑巾絞った水で入れてやろうかな。勿論辰巳さんの分も、だ。
マニュアル通りにコーヒーを入れて運んでいく。
中西の前と辰巳さんの前と、それから俺。辰巳さんの隣に無理矢理腰掛けた。「・・・笠井、昨日の報告」
「・・・10時駅前ビルに中西がタクシーで着く。ビルから出てきた30代後半のスーツの男が迎える。しばらく話をした後長4の封筒と盗聴器を受け取った。
そのあと真っ直ぐ俺の方に向かってきて辰巳さんが鎖の男だと言いました」
「・・・ありがとう」辰巳さんがノートパソコンを開く。
俺を見て中西が笑った。くそ、くそ、何か見下されてる感じ!「そのビルはある情報屋のビルだ。うちとは違って組織的、悪く言えば人海戦術。スーツの男は恐らくリーダー。年齢は38。業界を仕切ってるのもこの男。そして中西は本名、そこの要員。
その他の情報と総合した結果、鎖の男は俺と中西」
「は?」
「はいせーいかーい」パチパチパチと妙に気の抜けた拍手。
中西と店長の拍手だ。「・・・三上」
「悪いねー俺もグルでした」
「だろうな」
「ち、ちょっとまって辰巳さん、意味が分かんない」
「ちょっと待ってねー笠井、先に免許更新するから」
「はぁ?」
「知らない?知らないか、こんな生活してると却って分かんないのかもね」
「何がですか」
「情報屋は実は非合法なグループと合法的なグループに分かれます。勿論非合法なのは検挙対象ね。合法的に情報屋をやって行くには免許が必要になってきます。実力に応じて実はショバが決まってるわけで、辰巳は実力があるので街の中。
そんで、俺はその大元締めの下っ端で一応公務員、免許更新係です。まぁ抜き打ちテストだね」
「・・・・・・何ですかそれ」
「いや・・・俺は一度は笠井に言ったと思うが」・・・そう言えば免許みたいなの見せて貰ったような。
でもちょっと待て、それってさ。「・・・俺だけはめられた?」
「やだなー、だって笠井は免許持ってないでしょ。あ、ホントは君非合法ね。
俺と辰巳は確かに知り合いだけど知り合いだったって感じ?この顔になってから会うのは初めてだし」
「声も変わってる」
「ついでに指紋も変わってまーす」辰巳さんの前で手を振って中西が笑う。
何だか分からなくなってきた。「・・・笠井、中西とは昔一緒に仕事してたんだ」
「辰巳が独立する前の大昔の話。そこの三上も一緒」
「・・・店長も?」
「あ、お前なんだよその顔。いっとくけどなぁ、辰巳のパソコン作ったの俺だぞ?」
「はぁっ!?」
「まぁ三上はただのパソコンオタクだったからそれぐらいしかしてなかったけど」
「嘘吐いてんなよ女王様が」
「いやー確かに俺は何もしてなかったけど。
ま、3人でやってたときのキーワードが鎖だったワケよ」
「鎖・・・」
「あ、ついでに三上も剥いてみ?三上は腹にだけど鎖あるから。みんな彫ってんのよ」
「脱ぐ?」
「イイです」あ、なんで悔しそうなんだ店長。
変態だ変態。「あ、そうだった。はい辰巳免許出して」
「あぁ・・・」辰巳さんが出してきたのは・・・ペラペラのカードだ。レンタルショップのカードみたいな、磁気を帯びた奴。
中西がそれをポケットから出してきた機械に通す。ピッと機械音。
それそこレンタルショップのカードのように、あっという間にカードは返された。「そういや俺さー、結局鎖無くなっちゃったワケよ」
「・・・そうか」
「まぁ命あってのもんだろ」
「え、な、何でですか」
「ヤクザんトコ忍び込んで背中に放火されちゃってさー」
「放火って・・・」
「あ、笠井も免許取るなら昨日のビルまでおいで。
辰巳みたいにパソコンからの奴と、俺とか笠井みたいに探偵みたいに直接調べるのじゃ免許違うからさ、お前にも取れるよ」
「はぁ・・・」
「そんじゃー何年後に又テストあるからね。あ、辰巳、今度はちゃんと準備してから」
「みなまで言うな」準備・・・って中西にも聞かれてるのか・・・!
再び机に伏せる。もうイヤだ。中西と入れ替わりに最初の客が入ってきた。普通の、喫茶店へのお客さんだ。
俺が動こうとしないので、三上さんが諦めて水を入れに行く。「・・・笠井」
「何でもっと早く言ってくれないんですか」
「・・・あんまり思い出したくなかった」
「・・・・・・」
「俺が、中西を殺しかけた。俺の指示だったんだよ。だから笠井にも余り無茶なことはさせないし」
「・・・じゃあ、それは良いとして」
「ん?」
「中西の時はノートパソコン閉じなかったってどういう意味ですか」
「・・・あー・・・・・・」若気の至り、
小さな声で辰巳さんが答える。
俺は黙って立ち上がってカウンターに向かった。
注文のコーヒーを入れていた店長がすぐに俺に押しつける。「笠井笠井」
「はい?」
「お前が免許取るなら、俺も又情報屋やってもいいよ。お前にも鎖彫ってやるし」
「・・・あれ店長が彫ったんですか?」
「そう。鎖の結束」
「・・・・・・」振り返って辰巳さんを見る。
パソコンをセッティングし直しながら、俺がさっき入れたコーヒーを飲んだ。
街はもう数時間も前に動き出している。「・・・考えときます」
「あ、そお?」
「と思ったけど店長に肌見せるの危なそうなのでやめときます」
「ふざけんなコラ。そう言う口を叩くならキスマークぐらい隠して下さい」
「嘘ッ!!?」コーヒーを押しつけ返してトイレに駆け込んだ。唯一鏡のある場所だ。
首筋に、確かに。
ついでに又顔が火照ってきたのでしばらく閉じこもった。鎖
鎖
イイかもしれない、鎖の結束。
俺にも免許取れるかなぁ。しびれを切らした店長が怒鳴り込んでくるまで俺はトイレで考え込んでいた。
スゲー無駄に長くなったよー・・・
しかも中西お題と言いつつ中西余り関係なくない??みたいなね☆(待てコラ)
笠井と三上を書くのが楽しかったです。
辰笠ー030731
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