咲 い た 。


「おい仏師!」
「俺はそんな名前じゃない」
「名前だって?生意気な。俺が妖孤ならお前は仏師で十分だろ」

頭が痛い。
包丁を研ぐ手を止めて辰巳は溜息を吐く。
門の方を振り返った。腕を組んで仁王立ちをしているのは、人型をしているだけの人間じゃないものだ。
つんと澄ました表情は人間のようであるが、それの正体は狐だった。

「お前仏師って何か知ってるか?」
「石を適当に彫るだけ」
「違う」
「どうでもいいからさーっ!入れてよー!!」
「それは無理な相談だ」

狐に背を向けて辰巳は包丁を軽く水に通した。
大分ましになった刃を見て満足そうに頷く。

「仏師ー!」
「辰巳」
「・・・たつみ。入れてよー」
「無理だって」

妖孤は大きく息を吐いて緊張を解く。
野生のものとは思えない狐がそこに落ち着いていた。その気配を感じ、辰巳はまた溜息を吐く。
何がどうなったのか知らないが、山にいると言われていた妖孤。
実際には以内というのが定説だったのにある日何故か庭先に現れ、

「ねーたつみー、好きだよ」

・・・一目惚れ、と奴は言い張る。

「・・・だから、言ってるだろう。俺は仏師、仏を彫るんだ」
「分かってるよ、仏と妖怪なんて相性悪すぎだけどさ」
「だろう、だから、結界の中に入れるようになってから言え。結界は俺が作ったわけじゃない、俺だって解けないんだから」

狐は鋭い目で辰巳を睨んだ。
そうかと思えば不意に人の姿になり、門の柱と柱の間、何もない部分にもたれ掛かる。
それは結界、仏師という仕事上近くの僧が張ったものだ。

「どうせ解いてくれるなんかない癖に」
「・・・お前は俺に何をさせたいんだ?」

「名前をつけて」

「・・・それは出来ない」
「ふんだ」

辰巳の足音を聞きながら、妖孤はしゃがみ込んで膨れっ面を作る。

「・・・おい、そこどけって。俺村に」
「行かせないもん」
「・・・・・・」

まいった、と小声で呟き、辰巳は家の方に戻っていく。
家と言っても粗末な平屋で、妖孤がもたれ掛かっているのも垣根がそこだけ切れていると言うだけだ。
妖孤がそこにいる間結界は高質化するため、辰巳も外に出ることが出来ない。
諦めた辰巳は彫りかけの仏像を見た。緑がかった石の名前を辰巳は知らない。
そう高いものではないと思うが、辰巳はそれを彫るだけだった。
どうせ村へ行くのならこれを彫り上げてからにしよう、
辰巳は腰を据えてみのを持つ。
仏の顔を彫るのが一番苦手だった。自分の精神状態で変わってしまう。
辰巳は神経を集中させてみのを当てた。






妖孤が去ったのはもう夕方だった。
山に自分のテリトリーがある限り妖孤は山に帰らなくてはいけない。
辰巳は彫り追えた像を布にくるみ村へと歩いていく。常人には見えない低級妖怪が目の端にちらついた。
火を持ってこなかったことを後悔する。帰り道はきっと暗い。
目的地は村唯一の寺。
声を掛けると馴染みの僧がすぐに出てくる。

「やぁ辰巳、」
「渋沢これ」
「あぁ、ありがとう」

渋沢はかなり上位の僧らしいのだが、辰巳は詳しくは知らない。
渋沢本人が余りそう言うことを気にしないからだろうか。
渡されたものにかけられた布をとり、渋沢は少し顔をしかめる。仏の表情を読みとったんだろう。

「・・・まだ狐出るのか」
「やっぱり分かるか。さっきまでいたよ。だからこんな時間になった」
「そうか・・・俺が出ようか?」
「いや・・・特に支障はないから別にいい。火を貰えるか?」
「ああ。用事頼んでもいいか、」
「三上か?」
「ああ」
「分かった」

辰巳は苦笑しながらろうそくを受け取る。
笑い事じゃない渋沢は溜息を吐いてそれに火を点け、辰巳を送り出す。

笠井は村に唯一の薬師だ。
しかしそれとは関係なく、人望のある彼の元には人が集まっていることがある。但し、夜になると状況は変わるのだ。
笠井の家からは明かりが漏れていたが、辰巳が近付くうちに消えてしまった。
どうしようかと思いつつ、今ならまだ平気だろうと辰巳は戸を叩く。
中から少し物音が聞こえ、そのうちにそっと戸が開いた。
着物を直しつつの薬師と、その奥に膨れっ面であぐらをかいた坊主がいる。

「あ、辰巳さん」
「そこの生臭坊主指名だ」
「お前に指名されたくねェ。渋沢か?」
「ああ」
「用もねぇんだから俺が何処で寝ようが同じだろ?クッソ・・・」
「笠井、ついでに傷薬貰えるか」
「あ、はい。どうしたんですか?」

笠井は辰巳を中に入るように勧め、奥の棚へ向かう。

「包丁研いでて切ったんだ」
「ダッセ!」
「狐がいきなり話しかけてきたんだよ」
「・・・まだ狐ウロついてんのか?」
「ああ・・・」
「俺が祓ってやろうか?」
「ていうかそれ以前に三上さんが辰巳さんちの結界の中に入れなくなりそうだけど」
「ああん?」
「尤もだな」
「うるせーよ」

生臭坊主と呼ばれたのは例えでも何でもなかった。
三上はさっき辰巳の立ち寄った寺の僧だが、事実上あそこに住んでいると言うだけだ。
見た目だけは外見麗しい僧である。

「名前をつけろと言われたよ」
「名前か、さっさとつけちゃえよ。こいつんちのバカ犬よか役に立ちそうじゃん」
「誠二を悪く言わないで下さいー」

妖怪に名前をつけるということは従属させると言うことだ。自ら望む妖怪も珍しい。
今日は不在らしいが、笠井も一匹妖怪を連れている。
というのは笠井の家は術者の家系らしく、昔からいる妖怪が先代の命で一緒にいると言うだけで、笠井が名前をつけたわけじゃない。

「そういえばあのバカ犬は結界平気だよな」
「あぁ、大昔に躾られたらしいですよ。邪気抜くために凄いことしたって。よっぽど酷かったらしく何したか教えてくれませんけど」
「ふーん・・・・・・あ、辰巳皮剥いで売れば?」
「坊主の発言じゃないぞ」
「どうせ生臭坊主です」
「はい辰巳さん薬・・・あ、そうだ」

薬を渡しかけ、笠井は戻って机の引き出しを開ける。そこから小さな袋を出した。
その袋に入っていたのは、小さな円形の玉だった。薬と一緒にそれをひとつ渡される。

「これは?」
「種なんです」
「種?」

全くの球体のそれは種らしくない。少なくとも辰巳は今まで見たことがなかった。
細長いわけでも楕円形でもない。幾何学的だ。

「誠二がくれたので人間の物じゃないんですけど。本当だったら咲くんです」
「何が?」
「気持ちが」
「・・・・・・」
「狐さんに渡してみたらどうですか?種によって花が違うのでどんな花か分かりませんけど」
「あ、じゃあ笠井俺にも頂戴」
「三上さんは絶対咲きそうにないので嫌です」
「あ、ヒデ!」
「・・・・・・」

辰巳は礼を言って家へ戻る。手の平の種が気になった。







「仏師オハヨー!」
「・・・早いな」
「うん、ちょっと早起きー。何か辰巳が早起きしてる気がしたから」
「・・・・・・」
「ねー辰巳、名前考えた?」
「つけないって言ってるだろ」

今日も門の前に狐が鎮座した。
辰巳の方をを剥いてあぐらをかき、どっしりと腰を据えている。

「・・・狐」
「何?」

少し悩んで、辰巳は昨日の種を投げた。
どういう原理何か知らないが、種は結界を抜けて狐の前に落ちる。

「・・・何コレ」
「種。昨日笠井に貰ったんだ」
「えー、そうじゃなくてさ。何でコレ人間が持ってんの?しかも何で俺に渡すの?」
「・・・・・・」
「ふふ、いいよ、咲かせたげる」

門の傍を適当に掘り、狐はそこに種を埋めた。
土を被せて立ち上がる。辰巳は狐を見ていた。

「花が咲いたら俺に名前つけてくれる?」
「・・・咲いたらな」
「咲くよ、絶対。俺が一番よく知ってる」
「・・・・・・」

その日から狐は毎日水を遣りに来る。
土に埋めた次の日には芽が出ていた。夜の間に成長するんだろうか、更に次の日にはにょろりと茎が伸びていた。
日に日に背の高くなっていく花。狐は毎朝勝ち誇ったように笑う。





「・・・早いんだな」
「だって俺は本気だから」
「・・・・・・」

茎の先に出来た蕾に、妖孤はそっと口づけた。何故か傍で見ていた辰巳がドキッとする。

「辰巳は最近暇なんだね」
「・・・お前がうろつくからな」
「あらぁ評判下げちゃった?でもその分辰巳が構ってくれるから嬉しい」
「・・・・・・」

蕾はどんどん大きくなった。
日に日に膨らんでいく、遂には種と同じ球形になる。
直径は茎の高さほどあり、そう太くもない茎なのに重そうな蕾を軽々支えていた。
もう今にも弾けそうになっている。

「ね、咲きそうでしょ」
「・・・狐」
「なーに?」

竹筒にくんできた水を花の根本にかけながら狐は応える。
その様子を見ながら、辰巳は傍にしゃがみ込む。
狐は朝と夕方水を遣りに来た。今日2度目のそれ。顔を合わすのも2度目だ。

「例えば、それが咲いて」
「咲くよ」
「咲いて、でもこの結界はどうするんだ?」
「・・・そうだった」

辰巳は結界に手を貼り付けてみる。何も触っていないのに、手はそれ以上前には出ない。
反対側から狐も手の平を張り合わせる。
傍目には触れ合っているようにしか見えないのに、実際は互いの熱さえも感じなかった。

「・・・何で俺なんだ?」
「えっとー、一目惚れ?」
「は?」
「山で狐助けたでしょ」
「・・・・・・それ まだ母さんが生きてた頃の大昔、しかも助けたのは親父」
「10年や20年俺には大した年月じゃないし、親父さんが死んじゃったのも知ってるよ。見届けたからね。
 でもそれとは関係ないよ、おれは恩返しに来たんじゃないんだから」
「・・・・・・」
「俺はあんたが好きだよ」

花が揺れた。狐が小さく声を漏らして花を見る。
その向こうで夕日が沈んでいくのを辰巳は見た。
すっと下りていく夕日、ほころび始める花の蕾、・・・・・・太陽が沈むのと花が開ききるのは同時だった。
パッと、暗くなるまもなく花が光る。
真っ白な、ほのかの発光する大輪。

「咲いた」
「・・・うわッ」

力を掛けていた結界が急に消え、辰巳が支えをなくし前に飛び込む。
狐がそれを抱き留め、そのまま辰巳を離さない。

「咲いたじゃん!ほらっ」
「え、結界」
「愛の力は偉大だね」
「・・・・・・」

さっきまで結界越しだった手が今はしっかりと握られている。
初めて感じる妖孤の体温。意外と高いのだと知る。

「コレで俺は辰巳のものでしょ?」
「・・・・・・」
「ねぇ、」





花は咲き続ける。
昼は眠るように閉じ、日の入りと同時に開く。
それがまるで証拠であるかのように。

狐が名前を貰ったのは数日後だ。

 

 


名前についてはタクティクスのパクり・・・
まぁ言わずもがな中西秀二と名前を貰うわけですが。

書きたかった部分は森寺・・・(出てきてない)
生臭坊主三上が高僧だったら面白いよね(最遊記かよ)辰巳は作務衣でお願いします。

031027

 

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