autumn

 

「桜だ」
「……」

さっきまで寒いといっていた笠井の言葉に顔を上げる。
何年か前の卒業生の植えていった、そんなに大きくない桜の木。少し見上げると葉の殆どが落ちた枝に、ぽつぽつと薄桃の花が見える。

「桜だよね」
「…あぁ」
「最近暖かかったもんねー、春 ちゃんと咲くのかなぁ」
「…」

狂い咲いた桜の花。何故か何となく不安を感じて目をそらした。

 

*

 

「…秋って嫌い」
「…冬みたいな格好してる奴が言うな」
「だって寒いー」

セーターの袖を引っ張って手を全部隠した。三上が呆れた表情で窓の外を見る。窓閉めてよ、昼食のゴミを投げつけてやるが無視された。
例によっていつもの被服室前で。そろそろ廊下で飯も寒い。床冷たいもんなぁ。

「お、辰巳いるぞ」
「…あ、体育か」
「…時間割把握してんのかお前」
「たまたま聞いたの」

立ち上がって三上の隣に立つ。
窓から下を見下ろせば辰巳と目が合って、手を振ってみると軽くお辞儀された。隣にいた笠井も気付いて見上げてくる。

「辰巳今笑ったー」
「…笑ったのか?アレ…」
「笠井睨んでるよ」
「それこそ気のせいだっつの」
「何したのよー」
「何もしてねー。…アレ、桜咲いてねぇ?」
「……あ、ホントだ。まぬけな木ねぇ」
「そのコメントもどうかと思うが」
「今年 暖かくなったり台風やたら来たりしてるしね」
「中西先輩!」
「なぁにー?」

辰巳の呼びかけに咄嗟に答えた声に、三上が露骨に顔をしかめた。そっちを見ずに蹴ってやる。

「時間!」
「時間?───あッ、ノーチャイム!」
「やべッ」

月に1度のノーチャイムデー、一日チャイムを鳴らさず、生徒が時計を見て自分で判断して行動出来るようにしようと言う企画らしい。はっきり言って無意味。
ポケットの携帯で時間を確認して、三上が慌ててゴミを拾いつつ走り出した。俺は何となくタイミングを逃し、辰巳にまた手を振ってから窓を閉める。
諦めたような辰巳の表情に頬が緩んだ。辰巳は逆に顔をしかめる。
あぁ俺って目がよくてよかったなー。後ろ髪を惹かれる思いでゆっくりそこを離れた。

秋は嫌いだ。寒くなっていく季節。
郷愁とかそういう思いはなく、秋というのは人間が本能的に切なくなる季節らしい。
古代の大昔、冬になっていく秋の季節はこれから死人の増える兆候だった。
寒さで飢えて死ぬなんて現代の日本じゃ一般的にないことだけど、それでも遺伝子的にそんなのが組み込まれているのかもしれない。
確かに別れは近い季節。

グランドに体育教師が現れて、まだぶらぶらしている俺を気にしながら辰巳は集合していった。体育のジャージ姿なんか初めて見たな。
…あーあ。面倒臭くなってきた…途中で教室入るのいやだしなぁ。サボろうかなぁ、ここで辰巳でも見とこうか。
思いがけずいい案が出たと思ったらところで、辰巳に軽く手振りをされたので諦めて教室に向かった。

 

*

 

「…中西先輩 しばらく見てたね」
「……」
「寂しいのかな」

リフティングを繰り返しながら笠井は呟いた。
振り返ってみるとさっきの場所に姿は見えないが、ちゃんと教室に帰ったんだろうか。

「あーあ、試合したいなー。リフティングなんか後でもやるしー」
「そりゃ俺たちはな」
「あ、宮元下手くそ。上に蹴るんだよ前じゃなくて」
「やってるっての!」
「うわっ危ないな!こっち飛ばすな!」
「……」

俺はやっぱり、頼りないんだろうか。
言いたいことがあるなら言えばいいのに、中西先輩は何も言わない。残るのは太陽光線みたいな視線。
先輩、俺は超能力は持ってないから、黙ってるあなたを分かることは不可能なのに。

 

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