圏 外 (沖+土)


剃刀を手にした土方を、沖田がじっと見つめてくる。何を狙っているのかわからず手を止めると、何故か溜息を吐かれた。ムカつくガキだ。
洗面所で土方の隣に立ち、無精髭の生えた土方の顔の横に自分の顔を映す。鏡は現実をありのまま映し出し、沖田は眉を寄せて自分の顎を撫でた。

「土方さん、俺実は妖精なんじゃねぇかと思うんでさァ」
「ブッ!」
「前々から俺は少し他人より美しすぎる気がしてたんでさァ。だけどこうも見事に美少年だとどうも人間じゃねぇようで」
「安心しろ、お前は立派な妖怪だ。妖精が食事中に屁をこいたりするか」
「やだなぁ可愛い悪戯ですぜ」
「…テメェの体毛が薄いのは遺伝だ、諦めろ」
「……」

そのご自慢の可愛い顔でふてくされても本性を知る土方には通用しないし、そもそもそれは土方にどうこう出来る問題ではない。確かにこのむさ苦しい集団にあって、自分がいつまでも外見から少年のようではコンプレックスも刺激されるのかもしれないが。

「ちぇっ…ホルモンでも打つか…」
「やめろ!」

ぶつぶつ文句を言いながら、沖田は部屋へ帰っていく。入れ違いに近藤が入ってきて、髭引っ張られた、と涙目だった。

「総悟も思春期かなぁ、昨日も風呂で原田の筋肉とにらめっこしてたよ」
「ハァ?あいつだって確かに見た目はひょろいがしっかりつくもんついてるだろうが」
「でもトシもあーいうことしてたじゃないか」
「…し、してたっけ」
「一時期見るたびに筋トレしてたぞ」
「あぁ〜…あれァ…」

若かったなぁ俺も。思わず回想に浸りかける。あの頃は狙いの女を落とそうと必死だったのだ。

「…ん?」

 

*

 

その家の庭にはいつも女がひとり座っていた。晴れの日なら必ず、天気が悪い日はいないらしい。
壁際に置かれた舶来の揺り椅子に座り、大抵は本を読んでいる。それでも誰かが前を通ると顔を上げ、沖田が立ち止まると優しく笑うのだ。

「あの女はやめとけ」
「!」

沖田が飛び上がるのが見えたようで、土方は吹き出しそうになったのをこらえる。動揺で顔を赤くした沖田が物も言えずに土方を見上げてくるのを見ると、こっちが純情なのか土方がマセていたのか悩む。

「なっ…なんのことでィ!」
「最近ひとりで真面目に見廻り行くと思えばこれが狙いか。相手が悪ィな」
「だ、だから…」
「嬢ちゃん!いい天気だな」
「!」

土方が声のボリュームを上げると女は気付き、そうですねと声が返ってくる。沖田の様子を見れば、焦るよりも初めて聞いた声に意識を持って行かれている。

「だけど午後から雨みたいですよ」
「そうかい、ありがとよ」
「いいえ、お気をつけて」

日を受けて反射する白いドレス、作り物のように整った顔かたちに流れる黒髪。家の大きさから考えてもかなりのお嬢様だ。但し、普通の女なら。
沖田がここまで奥手だとは知らなかった。というよりも、まだまだ子どもだと思っていた。…否、奥手と言うより世間知らずか。

「ところで嬢ちゃん、あんたどんな男がタイプだ?」
「────…回答圏外です。質問を変更して下さい」
「!?」
「なんとかって星のからくり技師が作った天気予報の装置だ。外見は持ち主の趣味。…知らなかったか?」
「……」
「お前がどんだけ見てくれを気にしようが、土台相手になる女じゃねぇよ」

ぽかんと目を丸くした沖田は、感情がそれ以上に至らないのか、にこにこと笑ってこちらを見る女、の形をした無機物に釘付けになっている。

「…知らなかったのか。普段真面目に見廻りしてねぇからこうなるんだよ…総悟?」
「…土方さん、なんか奢って下せェ」
「今日だけな」

見上げた空は曇天、天気予報は当たりそうだ。

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