ズ ――― ム (沖+土山)


「昼間っから暇ですねィ」
「!」

沖田が声をかけると男はその場で飛び上がった。
おっすげぇ、垂直飛びの世界一狙えるぜ。沖田のふざけた声がどう聞こえたのか、男は動揺に震える手から何か落とした。それを沖田が見た途端、男はごめんなさいと一言叫んで走り去っていく。

「…ったく、ちっせぇ男だな」

男が立っていたのは、町外れにある銭湯の裏。狙いは当然とでも言うように女湯で、露天も楽しめるここは塀の向こうから女の明るい声が聞こえていた。
最近覗きが出る、と馴染みの番頭に相談されれば無視するわけにはいかず、嫌々ここまで来たがビンゴとは。今頃は逃げた先で他の隊士に捕まっているだろう。
ふと思い出し、さっきの男が落としていった物を拾う。これは────

「…カメラか」

いかついボディのそれは、写真屋が持つものほど大きくない。貧乏道場時代は勿論、今でも銃火器以外の機械の類には縁がなく、扱えるのは監察方の人間ぐらいだろう。
落として壊れたのではないかと適当にボタンを押してみると、かすかな音と共にレンズのはまった部分が伸びた。記憶を辿ってボタンを押すと、パシャとカメラ特有の音がする。小さな窓から覗く数字がおそらく残数だろう。まだ20枚ほど残っている。
いいものを見つけた。沖田の笑顔に、探しに来た隊士は回れ右で帰っていく。

 

*

 

どっこいしょとばかりに沖田が身を乗り上げたのは、押し入れの更に上の収納スペース。捨ててよいのかわからない古い書類が少しおいてあるだけで、沖田が入るには十分な広さだ。 こんなときのために、穴を開けておいてよかった。丸く切り抜かれた取っ手部分は、遠目には穴とわからない。 そこからレンズを通し、ナイスポジション、沖田は口笛を吹いてカメラを構える。自己流ながらも難しい機械ではないのでどうにか使いこなせそうだ。
レンズを向けた先、見つけた機能のズームを伸ばして見る先は、土方の自室。勿論今は無人だ。土方は今見廻り中のはずだ。沖田が隠れていたので、激怒しながら代わりに山崎を引っ張って。

しばらく帰りを待っていると、荒々しい足音が帰ってくる。まだ怒りを引きずっているとは、今日こそ本気でキレたらしい。乱暴に障子を開け放ち、帰ってきた鬼は部屋に獲物を放り込む。いてっとか何とか叫ぶのも無視して土方は部屋を閉め切った。
堪え性のねぇおっさん。沖田が呆れているのも知らず、土方は倒れた山崎の服に手をかける。既に頬に殴られた痕を作った山崎はもう何も言わない。不満げに口を尖らせてそれを見ている。

「…副長がいいならいいですけどぉ」
「あ?」
「……」

ちらりと山崎がこっちを見た。全く、油断のならない男だ。しかし土方は何も気付かないらしい。ぽいぽいと山崎を剥いていく。

(……山崎止めねーし…)

どうせバレると思って潜んでいたのに。成り行き如きで男同士のラブシーンを覗く気はさらさらない。覗くならばそれこそ女湯だ。
ズームにすると近すぎるほど近くに見える。懐かしい友人の紅潮した肌がリアルだ。親友とも呼べた昔の友は、今は立派に忠犬となった。あんな狼に忠義を貫くぐらいなら、俺の盾になって死ねばいいのに。
行為の課程を何枚か撮り、カメラは奥へ隠してふすまに手をかける。

「御用改めである!」
「!」

人間と言うのはやましいことをしているときはそうなのか、土方が飛び上がったように見えて沖田は思わず噴き出した。勢いよく振り返った土方が次の瞬間には顔を真っ赤にし、刀を抜いて向かってくる。言いたいことは言葉にならないらしい。

「…降りてこい」
「ラジャー」

跳び蹴りの要領で土方向かって飛び降りた。予想出来ていなかったのか、正面から受け止めてしまった土方は沖田の体重に沈む。あぁ、山崎が頭を抱えた。

「ばーか。何年俺と付き合ってんですかィ」
「……殺すッ!」
「いやん許してv」
「誰がッ」

弾かれたように沖田は部屋を飛び出した。間髪入れずに土方は追いかけてくる。
いつにも増して動揺しているらしいのは、やはりあんなシーンを見られたからだろう。あんたのポエム集の方がよっぽど恥ずかしいのに。言ったら怒るよなぁ。セリフを考えながら屯所中を駆け回る。
庭へ入ったり隊士部屋を抜けたりしながら、土方をまいて逃げ回り、姿がなくなってから土方の部屋に戻ってみた。部屋にはまだ山崎が残っていたが、あんたいい加減あの人で遊ぶのやめたらどうですかと言うだけだ。服は当然直している。

「あの人が遊ばれるのが悪いんだぜィ」
「…ハァ」

沖田を探す怒鳴り声が聞こえてきて、近所迷惑だなぁ、謝るの俺なのに、と山崎は溜息を吐いた。山崎を無視して沖田は再び押し入れの上へよじ登った。カメラを回収がてら、ここに隠れていればしばらく見つかるまい。奥へ隠したおもちゃを探す。

「────山崎」
「証拠品はちゃんと提出して下さいね」
「……」

ふくれっ面で山崎を見下ろす沖田に、優秀な監察は噴き出した。全く、つくづく油断ならない男だ。

「土方さんなんかに渡すの勿体ねぇや」
「ふたりで争ってくれてもいいですよ?」

笑う男が憎らしい。何か言ってやろうと思ったが土方の足音がして、ちくしょう誰が喋ったんでィ、山崎にジェスチャーで口止めをして沖田は奥へ潜り込んだ。

 

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