目
指 す 夢
「……」 ガチャン!三上の手からグラスが落ちて、床で弾けた。割れたガラスに、傍の部員が危ねぇなと距離をおく。 ────代表選手が決まり、初めての試合。選手発表のときに名前を挙げられることのなかったひとりの選手。 「…コーチ?」 グラスの破片をスリッパで踏み、三上はテレビの前へ行く。折角だからと三上は寮へ来て部員達と試合を見るつもりだった。笠井は実家で親と見ているはずだ。…体が震える。指先がじんと痺れた。 「風祭…」 三上の声は真剣だった。人口密度の高い談話室が一気に静まる。
「…コーチ、こいつ、凄いの?」
部屋は完全な静寂だった。テレビからは選手を激励する観客の叫びや、アナウンサーの興奮した声が確かに聞こえているのに、三上の声は真っ直ぐ部屋に広がる。 「…馬鹿みたいに牛乳飲んでたことしか覚えてねぇ。あぁ…あと、リフティングと走り込みとボール磨きなんかは完璧だったんじゃねぇの?一年以上それしかさせてもらえねぇんだから」
三軍もまともな練習が出来てるのは。押し付けるつもりはない。だけどわかって欲しい。 「何人も三軍はやめてく。サッカー部なのにサッカー出来ねぇんだもんな。遂にこいつもやめた」 信じられない。今でも信じられない。この男があのまま武蔵森にいたら、今頃サラリーマンでもしていたかもしれない。自分で切り開く勇気。サッカーに賭ける情熱。 「サッカーするために入った学校でサッカー出来なかったから、サッカーするために転校した。…出来るか」
風祭は今はベンチだった。他のメンバーにからかわれながら、試合が始まるのを静かに待っている。すぐに画面から消えた。一瞬映った松下の姿。────使わないはずがない。確信だ。 「…転校先の弱小サッカー部でも弱かった。サッカーの仕方知らねぇんだもんな。そこに水野がいた」 タイムリーに水野が映る。郭と何か言葉を交わした。 「水野は水野で事情あったんだけどな」 試合は始まっている。敵はがっしりとした鍛えられた体型の選手が多い。アジア人がずっと幼く見える。 「…ありゃ化け物だ。よく見とけ、…どう成長してきたか、俺もわかんねぇけど」
試合が終わった。勝利を喜ぶより早く、彼らの心は捕らわれている。周りの選手から次から次へと叩かれ、突き飛ばされてはへらへらとぼろぼろの笑顔を向ける彼に。 「…あれが、お前らの敵だ」 敵だ。夢だ。 お前らの待っていたものだ。 「…いいなぁ」 三上の呟きに誰かが顔を上げたが、反応しなかった。今は完全に過去に戻っていた。 「俺も行きてぇ」 同じフィールドで土を蹴って、ボールにかじりついてくる男を見たい。 「…コーチ、何でプロやめたの?」 手に入れにくい物を優先したら、サッカーが後回しになってしまった。 |
photo by ukihana
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