銀 色 の 刺


 

「センセー」
「・・・またお前か」
「そう言わず。センセーなしで生きられない体にしたのはアナタでしょ?」
「座れ」

不破は溜息を吐いて椅子を差した。
中西は笑いながら、軋むパイプ椅子に腰を下ろす。
────薄暗いその部屋は不破の研究室兼住居兼診察室だ。部屋の掃除までは手が回らないものの、着ている白衣はきちんとアイロンも掛けてあり清潔感がある。

「どうした?」
「味覚死んだっぽいんだけど」
「・・・口開けて」

不破は事務机の上の小瓶を手に取り、中の液体を中西の口内に零す。
小瓶を机に戻す延長の動作で本棚のノートを1冊抜いた。それは中西専用のカルテ。

「何?」
「目薬」
「・・・・」
「何も感じないみたいだな。何したんだ?」

何を考えているのか分からない黒目がちの目が中西を探る。
目がやらしいよ、と茶化してみても無反応で、中西は苦笑しながら肩を上下させる。

「外人マッチョと一戦。二度とごめんだけど」
「いつか死ぬな」
「また治してねv」
「お前より先に俺が死ぬだろうな」
「出来れば手術やなんだけどー」
「じゃあ苦い」
「・・・でも味感じないんだよね」
「少しずつ戻るぞ。最後の仕上げまで続くかどうかだ」
「うー・・・でも手術だと入院だよね?やっぱ」
「不都合が?」
「ちょっとペットの世話がー・・・─────あ」

中西が不意に不破を指さした。
不破は特に気を害した様子もなく、何だと聞き返す。

「不破センセーってシードキーいじれる?」







「・・・やだよ」

排水溝に流れていく、自分の体から流れた泡を見ながら設楽が小さく呟いた。
そう広くない風呂場では小さな声は何重かに覆ったような声になる。

「もう白衣着た人間なんか見たくないもん」
「・・・着てなきゃいいじゃんっつー問題でもないか」

俯く設楽の頭に中西はシャワーのお湯を当てる。
一通り濡らして頭を洗い始めた。赤い髪の隙間に泡が生まれる。
裸の設楽に対して中西は服を着たままだ。

「・・・中西、シードキーって何なの?」
「えー、聞く?」
「・・・聞かないのも怖い」
「そりゃそうだよね。大丈夫だよ 別にそれの所為で設楽が死んだりとか言うことはないから。寧ろ問題なのは設楽が死んでから」

設楽が顔を上げようとしたのを押さえ、中西は一気に泡を流した。設楽が反射的に目を瞑る。

「まぁあの功刀が言うならホントならだけど。多分確かだろうね。賞金までかけられてるし。
 設楽が使われてたのはマリア計画じゃない。設楽の登録番号のMはMurderのM。生物兵器を差す」
「・・・・・・」
「シードキーってのはまぁ、時限爆弾的なものかな。いつ爆発するか分からないけどね。
 設楽の心臓とリンクしてると思う。設楽が死んだら発動して特殊な電波を流す。それは・・・範囲は未知数だけどとにかく広範囲に広がる」

中西がシャワーを止めた。
前髪を掻き上げるように髪をまとめて軽く絞る。中西の手から逃げた髪が頬に貼り付いた。

「そうすると大抵の・・・ま、電波を使ってる今の技術のものは大抵は昇天だろうね。
 だけそもそもシードキー自体が大規模な実験をされてないんだ。だって実験なんかして成功だったら困るからね。だから、それがどの程度のものなのか誰も分からない。だからこそ最強の武器だよ」
「・・・・・・それが俺ん中に入ってんだ」
「そう。だから政府が探してるだろうね、そこらへんで死なれたら困るから。
 三上が金持ちに預けてたのは正解だよ、あぁいうやつらは政府警察を信用しないからまずばれない」
「・・・・・・」
「はい、風呂入ってー」
「・・・中西は」
「ん?」

急かすように設楽を風呂に入れ、自分は辺りに残った泡を流していく。
バスタブの縁から顔を覗かせて設楽は中西をじっと見る。

「俺はここに居ても良いと思う?」
「いいんじゃないの?」
「・・・どうでも『いい』?」
「ま、そうね」

中西が顔を上げて笑う。

「設楽もここに居ていいの?」
「・・・何で?」
「俺はいざとなったらお前を殺すよ」







「動くか?」
「・・・はい。ありがとう」

手首を回してみて笠井は不破に礼を言った。

「無茶するなよ、あまりやると癖になる」
「はは・・・気を付けます」

笠井は席を立ってカウンターに向かった。
やる気のない三上が不破の前に腰を下ろし、笠井にコーヒーを注文する。

「・・・って店長」
「宜しく」
「・・・・・・」
「珍しいじゃねえか、不破があそこ出てくるって」
「中西の所に寄ったついでだ」

笠井がコーヒーを運んでくるが不破の前にだけ置いていった。三上の視線を無視し、笠井はカウンターに戻る。
ギィと大きくドアを軋ませ、辰巳が店内に入ってくる。

「あ、お帰りなさいーv」
「ただいま・・・手首治ったのか?」
「はい、不破先生が」
「不破?・・・珍しいな」

店内に視線を巡らせた辰巳が不破を見つけ、そこに近付く。
不破の方も辰巳に気付き、挨拶代わりに軽く片手を上げた。

「生きてたのか。あれから姿を見せないから死んだものだと思っていた」
「きついな。遠いから通うのが億劫だっただけだ」
「ついでだ、手見せてみろ」
「大分前の話だぞ?」

辰巳は苦笑しながら不破に右手を差し出した。
三上が訝しげにそれを見ながら、不破に出されたコーヒーをすする。

「お前怪我なんかしたっけ?」
「指を折ったんだ」
「そうだっけ?」
「言わなかったかもしれないな」
「ふーん・・・」
「拒絶反応とかはなかったか?」
「ああ、慣れるのに手間取った程度」
「ならいいが」
「今日はどうしたんだ?」
「中西の所に。興味深かったので例のMを見てきた」
「・・・そうか、不破ならシードキーを摘出できるのかも」
「さぁな、やってみなくてはわからないが。第一取り出せたとしても瞬間にシードキーを壊せる者が必要だ」
「・・・そうか、摘出するのも心臓が止まるのも同じだな・・・」
「それ以前に俺は近付けもしないが」
「え?」

笠井が諦めたように新しくコーヒーを入れて不破の前に置いた。
ついでに辰巳もカップを受け取る。

「トラウマとでも言うのか。医者や科学者と言った種類の人間に拒絶反応を示すようだ」
「・・・それは難しいな」
「でも設楽死んだらヤバくね?」
「死ななければいいのだろう、中西の所にいれば事故の確率を除けば安全だろうな」
「その事故がこえーんだよ。ここは何が起きても可笑しくねェ場所だぞ、今まで生きてたのが不思議なぐらいだ」

不破はコーヒーを半分ほど飲み、そしてスッと立ち上がる。

「長居した」
「おい、気ィつけて帰れよ」
「三上も余り顔色が良くない。たまには外に出ることだな」
「・・・お前みたいな引きこもりに言われたくねェよ」

不破が店を出ていった。
笠井はカウンターを出て辰巳の傍へ行く。

「辰巳さん」
「ん?」
「手って、もしかして俺の所為ですか」
「ああ・・・確かにあの時の怪我だけど」
「ご、ごめんなさい・・・」
「俺の分かんない話は他でやってくんねェ?バカップルが。笠井コーヒーお代わり」
「胃 死にますよ」
「上等」
「ていうか自分でやってくださーい」
「面倒臭い」
「・・・・・・・」

笠井は諦めて、カップを持ってカウンターに戻った。辰巳は苦笑しながらいつもの席へと向かう。

「────でも、あの不破先生も変な人だな」
「変ってお前・・・不破は生体形成の権威だぞ」
「えっ、それって偉い人ですか」
「偉い人だよ」
「・・・何でこんなトコにいるんですか」
「さぁな。医者は変人が多いかんなー」
「ほら変なんじゃん」
「都市からきた人間ってのは大抵何かしら理由があんだよ」
「店長も?」
「・・・ま、俺は逃げてきただけっつーか」
「驚いたな」

声に笠井が振り返ると、奥の部屋から寝癖の残る功刀がのそりと出てきた。
寝起きではあるようだが、声も足取りもしっかりしている。

「よう、珍しいな」
「フワって今いた奴か?えっらい気配の」
「・・・お前熟睡してた癖に敏感ー。この辺の医者だ。殆ど専属」
「フワって破れずって字の?」
「そう」
「・・・・・・何なんやこの街」

功刀はがしがしと頭をかきながらカウンターに入り、コーヒーポットに残ったコーヒーをカップに注ぐ。それを持って三上の前に腰を下ろした。

「そいつって、元指名手配犯やろ?」
「元な」
「真犯人が出たわけでもないのにそれが解かれた」
「あー、犯人出てねェの?よく逃げたな」
「・・・お前絡んでるな?」
「俺じゃない。あそこの情報屋さんが神の手で政府のコンピューターを手懐けたんだよ」
「・・・・・・本当は?」
「さぁ?犯人なんじゃねーの?」
「・・・・・・」

もう醒めているはずの意識をそれでも起こそうと、功刀はブラックのままコーヒーを口にした。

「そう言う街だ。嫌なら出てけよ」
「・・・嫌なわけじゃなか。居心地はよすぎる」
「何ならお前が死んだことにもしてくれるぜ」
「・・・遠慮する。お前が守ってくれるんやろ?」
「わー告白みてぇ。ベッドん中でも守ってやるっつってんのに」
「黙れ加害者」

「・・・店長何したんですか?」
「何も?」

コーヒーを被ったその姿は酷く説得力がない。

 

 

 

「殺したかったら殺していいよ」
「・・・ふうん」
「いつでも殺して」
「うん」

中西は設楽に背を向けて座っていた。
小さなケースのふたをくるくると回して開けて、中のクリームの手に取って両腕に塗り込む。

「設楽背中やって」
「うん」

さらさらしたクリームを手に取り、設楽は両手に広げた。
シャツを脱いだ中西の背中に丁寧に塗りつける。

「何のクリーム?」
「んー?・・・人工皮膚だからさ、手入れが要るのよ」
「・・・人工」

「─────俺 昔ね、」
「うん?」
「その辺に刺青あったんだよ」
「・・・彫ったの?」
「うん、でもなくなっちゃった。チームでお揃いだったんだけどね」
「・・・ふーん・・・何でなくなったの?」
「・・・秘密」

設楽はまたクリームを取った。足りなかった辺りに塗っていく。

「俺は今までに2度死んでる」
「・・・・・・」
「1度目で名前を捨てた。2度目は体をなくした」
「・・・痛かった?」
「うん・・・───色んなものもなくなったし」

設楽が手を止めた。中西の後頭部に額を当てる。

 

「もう何も怖くない」

 

 

 


不破ー!白衣です。万歳。
やりたかったネタ。中西の主治医的に・・・
因みに笠井の怪我は前回からの引っ張り。三上は治してやらなかったらしい。
シードキーの名前の由来は忘れました。バス持ってるときに「コレだ!」と思いついたことしか覚えてない・・・
中西さんの華麗な生活を書いてみたい。

 

 

 

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