鉄 の 街


 

「・・・疲れた・・・足も痛いし最悪」

生まれて初めてこんなに歩いたんじゃないだろうか。
上條は綺麗な公園を見つけてベンチに座り込む。
今までずっと歩いてきたのはドラマで見るようなスラム街とは違ったが、やはり都市より汚れている。
何度目かの咳で喉が痛い。慣れない距離を歩き、足が悲鳴を上げていた。
やっと辿り着いたこの辺りは同じ地区とは思えないほど綺麗だった。さっきのストリートと違い人影は全くない。

「・・・・・・」

公園と言うよりは広場に近いそこは何だか無機質で、噴水から流れる水だけが動いている。ストリートとは酷く対照的だ。

「誰?」
「!」

そうだ、と思い当たった。
有希は居ない。
急に恐怖が込み上げ、上條は身を固くする。振り返れずにいると足音が近付いてきた。

「・・・顔上げて。何もしないから」
「・・・・・・」
「どうせ都市から来たんでしょ?見つけるのは3人目だよ」
「・・・?」

上條はゆっくりと顔を上げて振り返った。

「女の子は初めて見たけど」

白衣の男が立っていた。
少ししわの寄った白衣は何故か裾の方に水色のペンキが付いている。
ゆっくりと伸ばされた手が上條の頬に触れた。

「・・・ほら、目が赤い。都市から来てストリートなんか通るからだよ。喉もやられてるかな。うちにおいで」
「・・・・」
「大丈夫、医者だよ」

医者、
彼は上條の手を引いて立たせ、そのまま公園を横切った。

「よかったね見つけたのが俺で。下手な奴に見付かるとバラされるよ」
「!」
「・・・俺はしない。もうメスは捨てたから」
「え・・・?」
「もう誰が死にそうでも俺はメスを持たない」

 

 

「ごめん、見逃した」
「ううん、まだそんなに遠くに行ってないだろうし」
「ほんとマジごめん!この辺人少ないから尾行っつっても難しくて」
「いいって。ありがと」

悪いけど別の仕事が入ったから、と藤代は謝り倒してそこを去っていく。
笠井は公園を見回した。そこはさっきまで上條のいた公園。タッチの差で擦れ違ったようだ。

「・・・ごめんね小島さん」
「ううん、この近くにいるんでしょ?多分そんなに歩き回る元気もないと思う」

「何やってんの?」

笠井が声に反応して素早く振り返る。
そこに立っている少年の姿を確認し、笠井はほっと息を付いた。
出で立ちこそ少年であるが、纏う雰囲気は凛としていてただ者ではないことは小島にも分かった。
但し手には立派な大根が1本。

「何だ・・・翼さんですか」
「なんだじゃねーよ、誰が外で気ィ抜けって言ったんだ。気配も察知できてなかっただろ」
「えー、だって翼さん気配消すじゃないですか」
「消してない」
「痛ッ」

大根で殴られ笠井は無言でしゃがみ込む。
小島は取り敢えず黙ってふたりを見ておくことにした。とばっちりを食わないとも言いきれない。

「うう、嘘だー。気配なんかなかったー」
「これぐらいは分かってくれないと困るね。近い内に時間枠開けといてやるよ」
「嫌です」
「そのうち誘いに行くから。 ・・・あ、ごめんね。僕は椎名」
「はぁ」

小島は大根を気にしつつ挨拶をする。
少年と言うよりは表情によっては十分少女にも見えた。ただ雰囲気がそうさせない。
大根よりも女の子の好きそうな雑誌でにこりと笑っている方がお似合いだ。

「あーまだ痛い・・・小島さんこの人は俺の師匠・・・かな?ちっちゃいけど俺よりは強い」
「こらこら」
「いたっ」
「・・・・・・」

復活した笠井は再び(大根により)沈められる。椎名の笑顔が怖い。

「小島さんは何の用で?」
「あ・・・人捜しです」
「仕事か。どうせ情報屋使うならこんな爪の甘い奴じゃなくてうちにおいでよ」
「爪の甘いって何ですかー」
「あっさりと拉致されて怪我しないと何も出来なくてしかも助けに来て貰わなかったらどうなってたか分からないような奴のこと」
「う・・・」
「・・・あなたも情報屋なの?」
「僕は違うよ。情報屋さんの秘書兼奥様」
「奥様・・・」
「今日は大根で何するんですか?」
「さんまを焼こうかなと」
「いいなーさんま。・・・じゃなくて仕事しよう」
「でも今日は珍しいなー、女の子ふたりも見るなんて」
「・・・つ、翼さんその話詳しく!!」

 

 

「はいコレが目薬ね。2時間おきぐらいにさせばそのうちましになるよ。うがい薬もいるね」
「・・・あの・・・私カードしか」
「ああ、いらないよ。別に開業してるわけじゃないから」

医者は足を治療した救急箱を手にして上條を離れた。
離れた場所に椅子を引き寄せて腰を落ち着ける。
彼は自分を医者だと言ったが、その部屋は診察室とはほど遠い。台所だ。

「どこから来たのか知らないけど、もうストリートは通らないで帰りな。この辺りはまだ清浄機が効くから空気も綺麗だし。それに暗くなるしね」
「・・・いやよ」
「・・・・・・」
「帰らない」
「・・・名前は?」
「・・・先にそっちが名乗るのが通りよ」
「それは失礼。秩序も礼儀もないところに暮らしてるから。 俺は郭英士。元政府警察検察課」
「警察?」
「元だけどね。そっちは?」
「・・・麻衣子」
「・・・それだけ、わかった。十分だ。
 じゃあ気を付けてね、夜行性の奴が多いから危ないのはこれからだよ。ついでに言えばこの辺じゃカードは使えない。逆に言えば硬貨1枚でも何かが買える。服でも売れば?良いもの着てるし」
「・・・・・・」
「女の子がひとりで生きていこうと思ったらこの傍のラブホ街で立ってるしかないけど、まぁ君なら結構儲かるんじゃない?」
「な、な・・・!」
「だってしょうがないよ。それがここの現実で常識だから。半端な覚悟で出てきたのなら帰りな」
「・・・・・・」
「・・・前に会った、やっぱり都市から来た奴がね、こっちにきてから喋れなくなった。相当酷い目に遭ったみたいだけど教えてくれない。・・・何となく分かるけど。
 それでも彼は都市には絶対帰らない。帰れない訳じゃないんだ。でも絶対に彼を帰らせない何かを持ってる」
「・・・・・・」
「タクシーなら呼べるよ」
「・・・・・・」

こんこん、とドアがノックされた。
郭は立ち上がってドアを開けにいく。ドアを開けて初めてもう外が暗くなってることに気付いた。

「こんにちは」
「こんばんは・・・久しぶりだね笠井。何の用?」
「久しぶり。捜し物なんだけど、拾ってないかな?」
「・・・その捜し物は喋る?」
「喋りますね。髪は長くて足を怪我してるんじゃないかという予想」
「じゃあ拾ったかな。どうぞ」

お邪魔します、と客人が中へ入ってきた。
何となくドアを見ていた上條は、客に続いて入ってきた小島を見て思わず立ち上がる。

「麻衣子!」
「ゆ・・・有希」
「やっと見つけた!ちゃんと帰ってもらうからね!」
「・・・だって、私はお父様の駒じゃないのよ!」
「それはあたしじゃなくてご主人さまに言ってちょうだい」

小島は大きく溜息を吐く。
上條の傍に歩み寄り、しっかりとその手を捕まえた。上條に逃げる意志はなく、ただその手を緩く握り返す。

「ご迷惑をおかけしました」
「いいや。よかったら治療費として原因を教えてくれるかな」
「結婚を嫌がって逃げたんです」
「政略結婚か。懐かしい響きだね」

郭はそれを面白がるように笑った。
上條が俯いたまま顔をしかめる。小島と並ぶと上條の方が背が高いのに母子のようだと笠井は思った。
きっと上條は何処か少し安心しているんだろう。見知らぬ地で知人を見かけるのは嬉しいものだ。
郭は紙袋を上條に持たせた。
少しそれを見て、上條が袋を開ける。中に入っているのは目薬とうがい薬、そして地図。

「・・・これは・・・?」
「今度はストリートじゃなくてこっちの道でおいで」
「・・・あなたは」
「何?」
「・・・どうしてここへ来たの?」

郭はそれを受けて少し笑った。
それは笠井と同種の笑いだと小島は思う。「あいつ」と笠井が言う彼の名を出したときの。

「都市なんてね、俺には眩しすぎたんだ」

 

 

 

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ヤマなしオチなしですが意味はあるつもりです(しつこい)
郭麻衣!郭麻衣!(うるさい)
麻衣子はすごいお嬢で小島家はその使用人ですよ。使用人とは言え対等です(強いから)
また白衣かよ・・・とか思わないで下さい。

 

 

 

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