錆 の 決 意


「早野はッ?」
「・・・だからややこしいからお前はくるなっつーのに・・・不破のとこだ」
「! 怪我してるのかッ!?」

三上の店に駆け込んできた尾形は本当に急いできたらしい。意外と肉体派ではあるが息を荒くし、カウンターに突っ伏すようにして呼吸を整える。

「俺も見てないから詳しくは知らねぇ。詳しく知ってるやつは今上で辰巳に捕まってる」
「・・・この一大事に!」
「それ冗談?笑えねぇけど。辰巳は聖人でもなんでもねーよ、早野が死のうが関係ねぇ」
「・・・・」
「ま、まさか見捨てはしないだろうけどな。お前の腕は惜しいし」
「・・・・」
「・・・尾形?」
「なんだよ功刀、起きたのか」
「やかましか。お前が尾形?」
「? あぁ・・・」
「・・・あーーー・・・ますますわからん・・・有名人のオンパレードっちゃ。オガタ社の息子やん」
「あ・・・」
「あーそうか・・・難病やとか言いよったけど失踪やったんか・・・」

何かひとりでぶつぶつと呟いて自己完結し、功刀はカウンターに入ってコーヒーメーカーをセットする。あくびをしながらタオルを探してシンクで顔を洗った。

「お前な・・・洗面所まで行けよ・・・」
「お前は自分がやっても人がやったらいかんのか」
「ここは俺の城だっつの」
「しばらくのんびりしたら体が鈍った。なんか動けることないか」
「あーじゃあコーヒー豆買ってこい」
「舐めんな」
「俺と一緒に運動ってのもアリ」
「引っこ抜く」
「あー・・・じゃあ、ヤクザの下っ端とかになる気は?」
「ヤクザァ?」
「黒川組っつーんだけどよ、ほっといたらあの餓鬼調子乗りやがって」
「・・・黒川っつったか?」
「あぁ。黒川マサキ、漢字はどーだったっけかなぁ」
「・・・あー・・・そいつは無理っちゃ。顔割れとぉ」
「あ?知り合い?」
「悪く言えばヤクザか。都市でお偉いさんのボディーガードしとぉ連中やろ?俺前にそこおったし」
「・・・お尋ね者だろお前」
「政府と仲悪いお偉いさんもいるってことや」
「ふーん・・・」

あくびをかみ殺す功刀についに尾形が立ち上がる。ぐっとこぶしをかためて机を叩いた。

「世間話はどうでもいいから!」
「お前にとって早野って何」
「え、」
「何でそんなにこだわんの」
「・・・俺は、生まれたときからあいつと一緒だったんだよ」
「へぇ。早野が惟光ってとこか」
「だから・・・」

ぎっとドアを押し開けて辰巳が戻ってきた。三上の冷やかす視線を払いのけ、功刀が起きてるのを見て寄ってくる。

「功刀」
「断る」
「せめて聞いてから断ってくれ。お前黒川組にツテはあるか」
「ツテってほど大したもんはないっちゃ。知り合い程度」
「それで十分だ。ショーの客席に潜り込んでてくれないか」
「・・・ショーって、あのDVDのか。無理」
「大丈夫だ、予定では。今連絡があって俺が一番手らしいから、始まったら客席で騒ぎ起こしてほしい」
「・・・見返りは」
「お前の追跡ルート片っ端から消したのは俺、修復可能だ」
「・・・三上ッ!?」
「あー面倒だからこいつに任せた」
「・・・・・・!」
「観客は正装だけど向こうで貸してくれるだろ。頼む」
「・・・笠井じゃ駄目な理由」
「相手の動きが読みにくい。・・・笠井よりお前の方が実践慣れしてるだろ、失敗なんかしてられないんだ」
「笠井を信用してないってことか?」
「昔俺を殺しそこなってるぐらいだからな」
「辰巳なんか一番へなちょこなのにな」
「へな・・・」
「あーもう分かった」

場所はここ、と辰巳はすかさず地図をプリントアウトした紙を渡す。始めから断らせるつもりなんかなかったのは功刀だって承知していた。三上に行ってくる、と一声かけて、店を出ていく。

「・・・尾形は、早野のところに行くか」
「! そうする!」
「不破のところにもじっと出来ない。さっき聞いたら意識もあるし動けそうだから移動することにした。今移動中ぐらいか」
「何処に!?」
「知ってるのは笠井。俺が知ってない方がいいことだってある」
「・・・笠井は、」
「上。叩き起こして構わないと思う」

辰巳はいつもの定位置ではなくカウンターでノートパソコンを開いた。少しでも情報を増やそうとキーボードを叩く。
尾形はためらって、三上が黙ってコーヒーを出した。

「・・・辰巳、巻き込んで悪かったと思う」
「もういい」
「俺はどうでもいいんだ、早野が助かれば・・・」
「・・・俺にとっては、早野はどうでもいい。欲しいのはお前の技術。――――だけどそのために、早野が要るんだろ?」
「! そ、そうだ!」
「だから仕事はちゃんとやる」
「スッキリしたしな」
「・・・三上・・・」

そういうオチは、要らない。

 

 

 

「ッ・・・」

バチン、バチンと大きな音を立てながら、手首、そして指先を一本一本固定されていく。熱いほどのスポットライトで客席の様子はよく見えなかった。しかし特注の固定台の上、鋭く光る刃はしっかりと見える。流石の辰巳も手に汗をかいた。本来ならばここで恐怖を感じないよう、ステージへ上がる前に渡された薬が作用するのだろうが、飲んだふりをして捨ててしまった。
上半身を油で光らせた屈強な男は辰巳の手を固定し終え、唯一残した小指を名残惜しそうに撫でる。そして客席へ振り返れば、狂喜の声が沸き起こった。
何処かへ合図を出したのだろう、円形状の刃が回転を始める。ゆっくりと、そして徐々に早くなってギザギザの淵が滑らかに見えてきた。
・・・恐怖がこみ上げてくる。腹の底から湧き上がる恐怖で汗が噴き出す。

(頼むから、勝ってくれよ・・・)

高い金属音を響かせて、辰巳の小指へ向けて凶器は降りてきた。吸いつけられるように、計算された完璧な角度で。観客席からの緊張も伝わってくる。

「ッあ・・・!」

刃が肉を噛んだ。拳を握ることも出来ず、辰巳は歯を食いしばる。焦らすようにゆっくりと刃は食い込んで行き、そして・・・高く鳴り響いた、金属音。
異音に傍に控えていた男が動揺を見せた。勝った、辰巳は自由な右手の拳を握る。

「ッ、功刀!」

辰巳が叫んだ瞬間には、観客席から功刀が飛んできていた。辰巳の指を噛んだ刃物を蹴り飛ばしざまに傍の男を蹴り倒し、両足で床に繋ぎ止める。正装しているにもかかわらず動きはスムーズだ。もがく男を昏倒させ、大人しくなったのを確認して鍵を奪って辰巳に渡す。
何事かと騒然とした観客席から、以上を察した誰かが逃げ出そうとした。しかしそれも叶わず、出入り口はサクラが完全に封鎖している。天変地異でも起きたかのような大騒ぎだ。

「笠井は?」
「・・・・・・テメェの心配せろ。ぎゃーぎゃーやかましいけん三上が縛っておいてきた」
「それでいい」
「・・・ま、好きにせい」

辰巳は一本一本固定された指を解放していく。ジャケットの上着を脱ぎ、袖を裂いて功刀が待っている。

「しっかし無茶するな、エンコ詰めるとこやぞ」
「いや、これ」
「見せんな!なんっちゃ・・・」

功刀に差し出した左小指。えぐれた傷口から見えるのは、白い骨ではなく鈍い色をした金属。刃物で大分傷ついてはいるが、どう考えても切断されそうな様子はない。詐欺・・・功刀が眉をひそめたが、辰巳は布を受け取って傷を縛って止血する。
逃げ出せた人間はわずかだろう。功刀に誘わせ、連れてきていた黒川までもが一緒に囚われている。完全に包囲された観客を見ながらサクラと渋沢が話し合いをしていた。

「・・・ほんとにサクラに任せていいんか」
「処理が楽なんだ」
「・・・。俺先に戻るぞ、顔見知りおったら不味いっちゃ」
「ああ、助かった。・・・笠井にそのうち帰ると言ってくれ」
「せめてすぐ帰るぐらい言ってやれ」
「じゃあそれでいい」
「・・・・・・」

哀れな。功刀が言葉通りの表情で辰巳を責めた。

 

 

 

「あっけなかったねー」

何が可笑しいのかからから笑いながら、中西はディスクを弄ぶ。例のDVDの最新版、辰巳が小指を切断されかかったものだ。やはりここは無法地帯、何処からともなく流出して、警察まで出ていると逆に話題になっているものだ。

「ね、これでどれぐらい儲けた?」
「・・・何のつもりだ!なんで俺をハメたお前らに助けられなきゃなんねーんだよ!」
「やぁねー、粋がっちゃってかわいー。うだうだ言うなら食・う・よ?」
「・・・・・・」

するっと中西の手が太腿を這い、彼はびしっと背筋を伸ばした。
――――三上の喫茶店、辰巳が情報屋として使っているスペースの角に逃げられないように追い詰められたのは黒川。その隣に中西がきついほど詰めて座っていて、目の前の辰巳は複雑な表情でそれを見ている。小指の傷は殆ど塞がったが、傷跡は消さなければ消えないだろう。引きつったような跡が残っている。

「この場で剥いて羞恥プレイよ?なんなら回すよ?」
「やめてやれ・・・」
「だ、だから何の用なんだよっ・・・!」

カウンターで三上が必死で笑いを堪えている。よほどお気に入りのネタらしい。
それもそうだろう。精力的に力の領域を広げていた黒川組の頭の、彼が動く理由はただの人探しだったのだから。

「おい、いいから大人しくしとけよ。もうすぐ来るから」
「は?」
「ただいま帰りましたー」

きたきた、三上がカウンターに土足で乗りあがる。帰ってきた笠井が連れてきた人物、それは辰巳と笠井の体術の師匠の。

「――――翼!」
「マサキ・・・・・・笠井、用ってあれ?」
「あれです」
「・・・・・・」
「お、俺じゃないですよ!店長が!」
「みーかーみーくーん?」
「いいじゃねぇか、熱烈にこんなとこまで追ってきちゃってんだぜ?」
「・・・・・・」

あからさまに不満の表情を見せる椎名を、しかし黒川は気にしていられない。中西も押しのけ、机を乗り越えて椎名の腕を捕まえる。

「翼!」
「あーもー、はいはい久しぶりだね元気だった?んじゃ」
「待てよ、なんで出て行ったりしたんだよ!連絡ひとつなしで、ほんとに心配したんだ・・・」
「・・・・・・」
「外にいるって言うのは知ってたけど、こっちでどんな情報屋使っても見つからないし・・・翼、一緒に帰るぞ」
「やだよ。わかってる?お前から逃げてたのにお前と一緒に帰るはずないでしょ」
「翼!なんでだよ!」
「・・・甘やかしてくる親父にもお前にもうんざりしただけ。離して」
「翼・・・」

メロドラマの真っ最中だが、三上はカウンターの上で爆笑していた。笠井は修羅場に目を光らせて、こそこそと辰巳の隣に納まる。

「・・・俺は、お前がいないと・・・」
「・・・馬鹿だね、マサキ。お前はひとりでちゃんとやってたじゃないか。まぁやってたことは誉められたものじゃないけど、それでも自分は上に立つ力のある男だってわかっただろ?だったら早く帰りな、もうぼくは死んだものと思え」
「翼!」
「つーかほんとにさっさと帰れクソガキが、ぼくは早く帰って夕食の支度をしなきゃならいんだから」
「ゆ、夕食・・・?お前、そんなこと、お茶も汲めないのに」
「あのね、ぼくはお茶を汲めないんじゃなくて、誰も汲ませなかっただけだろ。もううんざりなんだよそんなの。ぼくはお前らの可愛い人形じゃない」
「・・・でも」
「いいから帰らせて、早くしないと仕事終えて疲れて帰ってくる旦那様をちゃんと迎えられないだろ」
「・・・・・・・・・・・・旦那様?」
「そう」
「・・・・・・え?」
「なんでぼくが情報屋に引っかからなかったと思ってるの?総元締めが操作してたに決まってるじゃん」

硬直した黒川の手を払い、椎名は三上と笠井を順に睨みつけて帰っていく。なんで俺も睨むかな。笠井が唇を尖らせた。
中西が黒川をつついてみて、彼はやっと生き返る。

「・・・・・・はぁッ!?」
「うん予想以上のリアクション」
「ちょっ、ま・・・え?」
「だからー、こないだお前らパクったときに動いてた渋沢ってのが情報屋取り仕切ってる総元締めで、それのイイヒトが椎名なの」
「・・・・・・」
「らぶらぶよ」
「・・・・・・翼・・・」

 

 

 

「黒川どうするかな」
「さぁな」

黒川組解散後の情勢を把握すべく、辰巳の手は忙しなくキーボードを叩いている。目はやはり画面を追っているが、笠井に適当に相槌を打ったわけではない。それがわかっている笠井はコーヒーを入れて辰巳に持っていく。

「・・・隣いいですか」
「ああ」

包帯の巻かれた指はそれでも器用に動くが、やはり仕事はしにくいようだ。笠井は落ち込み、そっと手を合わせる。辰巳が手を止めて笠井を見る。

「・・・もう無茶しないで」
「・・・ああ」
「次こんなことするときは絶対俺使って下さい」
「笠井」
「あんたのために死なせて下さい」
「・・・約束はしない」
「・・・・・・」

顔を傾けて、一瞬ほどキスをする。誤魔化された。笠井が呟く。

「・・・俺は、黒川の気持ちがわかるから」
「・・・・・・」
「いなくなったりしないで下さいね」
「・・・ああ」

「そこでラブコメ禁止」

カウンターから顔を出した三上の一声に、笠井は顔を真っ赤にして喫茶店を飛び出した。

 

 


実は黒川が書きたかっただけなので尾形は途中で忘れました。そのうち書き直すよ。
没予定のネタ続行したので無理矢理感溢れてますね。軽くうえすとげーとぱーくパロです。

 

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