落ち着きのない待合室、丸い目と視線がぶつかる。
何を考えているのかよく分からなかった。

それでも一緒に過ごしてきた時間は確かにある。
それでも込み上げるのは何故か後悔。


二 酸 化 炭 素 マ ジ ッ ク


「・・・あれ」

今日は日曜だ。
それなのにその店は電気が消され、代わりにドアに紙が貼り付けてある。

勝手ながら本日は休業とさせていただきます。

メニューと同じ字。参ったな。
あたしはしばらくドアの前に立ちつくした。帰りたくはない。だけど他に行く当てもない。

「・・・何かあったのかな」

この店の定休日は木曜日だ。あたしはその木曜日でもたまに入れて貰うけど。
店内を見ようと暗いガラスに目を凝らす。人影は全くない。
見慣れていたと思った場所だけど、ガラス1枚を隔てるとあたしの特等席さえ寂しく見える。

?」
「・・・よぉ木田。今日休みなの?」
「・・・ああ」

振り返るとこの店の店員。
中学生に見られないとは言え、喫茶店で働いてて全く違和感を感じなさすぎる男。
同じクラスのこの男は、この可愛らしい喫茶店の可愛らしい店長さんの息子だ。あたしは逆だと思っている。

「開けようか?」
「いいの?」
「ああ・・・といっても今日は何もないけどな」
「いいよ別に、暇つぶしが出来る場所が欲しかっただけだし」
「余裕だな。テストは?」
「あーもー聞きたくない」

木田は苦笑しながら店のドアを開ける。張り紙は剥がさない。

「奥に座った方がいい?」
「・・・ああ、そうだな」

店が閉まっているのに窓側に座るのも気が引ける。いつもと違う位置に腰を落ち着けた。
基本的に窓側の決まったテーブルを陣取るけど、先客がいる場合はしょうがない。この席は初めてだ。
木田があたしの上だけ電気をつける。そのまま奥に引っ込んでしまった。

「────もーさぁ、やんなっちゃうよ、テストテストって」
成績だけはいいからな」
「ハイハイごめんなさいね内申悪くて。いいもん高校なんか行かないから。そんで、ここで働く」

返事はない。期待はしてなかったけど。
半分本気で半分諦め。
木田がグラスをひとつ、今日はお盆にも載せずに持ってきた。
あたしの前に置かれたのはいつものコーヒーとはほど遠い、しゅわしゅわ泡立つ透明のもの。
ソーダのそこに沈んでいるのはピンクのさくらんぼ。マメな男だ。

「・・・そんなに意外っスか、あたしが勉強するの」
「・・・まぁ、見た目だけじゃそう思われるんじゃないか?」
「ふーん、もう髪も大分黒いのにな」

木田が正面に座っている。それは普段余り見ない光景だ。
エプロンもしてないし(似合わない)制服も着てない、今日は従業員でもクラスメイトでもない木田。
何だか知らない人に見える。つか中学生に見えない。

「・・・あたしってもしやファザコン?」
「は?」
「いえいえこっちの話。 ほんとはさ、今家にいなきゃいけないんだよね。カテキョ来てるんだけど逃げてきた」
「家庭教師なんかつけてるのか」
「そりゃ、ね。授業サボり倒してる分家でやらされてるワケよ」
「意味ないな」
「ほんとにね。まぁ学校の先生嫌いだからいいんだけど。あー、でもあのカテキョも嫌いだな!あたしのことイジメられっこと勘違いしてんの。それで登校拒否はみんなイジメられっこじゃねえっつの」
「逆なのに」
「違います」

んなの時間の無駄だ。イジメカッコワルイ、し?
そんな時間があるならあたしはこの店に通う。家よりずっと過ごしやすいこの空間。
ざわめいた普段の雰囲気もいいけど、今日のように静かなのもいいかもしれない。
・・・いや、ほんとは分かってるんだ。木田がいれば家だって学校だって何処だっていい。

グラスを持ち上げてひとり乾杯。何故なら木田は持ってないから。
口の中で炭酸が弾けた。二酸化炭素摂取中。

「・・・明日は何だっけ」
「ん?テスト?数学と英語だったと思う」
「・・・終わった」

木田が溜息と一緒にセリフを吐き出す。
あたしの手からグラスを取ってひとくち。

「せめて国語があれば良かったんだけど」
「まーねー、国語なんか勉強殆ど要らないし」
「もう今日は何もできない」
「・・・・・・木田さん?」

かつん、とグラスが静かにテーブルに戻る。
椅子にどっしりと深く腰掛けた木田は薄く笑った。

「モカが今、病院なんだ」
「・・・・・・」
「長く生きた方だけど。・・・ああ・・・何歳か知らないけど」
「・・・ここにいていいの?」
「ああ、母さん達いるから。・・・何もできなくて、嫌になるし」
「・・・・・・」

ああ。
この男はまた大きくなるのかもしれない。
目を伏せて、開けて。

「・・・モカは盲導犬だったんだ」
「え?」
「盲導犬も年を取るだろ、ずっと仕事は出来ないんだ。引退した老犬を引き取ってきて」
「・・・・・・」
「だから覚悟はしてたんだ」

覚悟。
あたしの知らない感情だ。
ペットを飼ったことはないし、身内はみんなバカみたいにピンピンしてる。

「・・・・・・わかってて、引き取ったの?」
「ああ」
「何で?」
「さぁ・・・忘れたな・・・」

目を伏せて、俯く。
あたしは窓の方を見た。
日当たりのいい、モカ婆ちゃんの特等席。今日はちょっと天気が悪い。
もうぼけてる婆ちゃん。足の悪いモカ婆ちゃん。看板娘。
・・・あれ、どんな顔してたっけ?

 

「・・・木田、でかいよね」
「・・・・・・」
「何かごつくて怖いしね」

炭酸水には切ない思い出が残りそうだ。

「泣きにくいね」

しゅわり。
炭酸は悲しみも切なさも消す気がなかった。

 

 

 

「あー・・・そろそろ帰ろっかなー。もう流石にセンセも帰っただろうし」
「いいのかそんなことで」
「いーんだよ、あんな人いっそいない方が集中できる」

グラスのそこに貼り付いてしまったさくらんぼが出てこない。
ソーダを全部飲んでしまったグラスに指を突っ込んでみでも届かなくて、あたしは早々に諦めた。
缶詰の不自然なピンクのさくらんぼ、味に期待は出来ないし。

「・・・・・・帰りたくないけど」
「・・・・」
「あんねー、知ってると思うけど、うちの父さん社長らしいのよ。何やってるか知らないけど」
「親の仕事だろ?」
「だって知らないんだもん。あいつだってきっとあたしのこと知らないよ」
「・・・・・・」
「でもさ、アタシはきっと私立の高校行かされるんだ」
「・・・・」
「ねぇ、どうしよう」
「・・・俺には分からない」
「いじわる。 あたし、木田と一緒なら何処でもいいよ」
「・・・・・・告白みたいだな」
「愛の告白だよ」

机の上に身を乗り出す。グラスが倒れた。
机が壊れる、何て木田は言わない。

「・・・、」
「つか、分かってるっしょ?」

わかるよね、こんだけ毎日のようにつきまとわれて。

「モカなら大丈夫だよ」
「・・・・・・」
「大丈夫だ」

「・・・送るよ」
「・・・・」
「そのまま、病院行く」
「・・・うん」

木田が立ち上がってあたしは机を降りた。
グラスに残ったさくらんぼを指を突っ込んで出してくれる。少し悔しい。
それを口にして外に出た。一旦奥に戻った木田が出てくるのを待つ。
あぁ、確実に寒くなっていく。
木田が出てきて鍵を閉めた。あたしはその手を捕まえて歩き出す。

「・・・おい」
「いいじゃん」
「・・・・・・」

グラスを洗ってきたのか、木田の手はしっとり冷たい。

「はは・・・」
「・・・何だよ」
「木田、うちに婿に来たら玉の輿だよ」
「遠慮する」
「そうね、あたしは木田んちに嫁入り希望」
「さぁな」

木田が薄く笑った。

ああ・・・缶詰とソーダを買って帰ろう。

 

 

 

「おはよー」
「・・・珍しいな、おはようの時間に」
「あっはっはテストだかんな」

腹に拳を当てると木田が少し呻いた。手から教科書が落ちる。

「モカは?」
「持ちなおした」
「・・・そりゃよかった」

不覚にも薄ら笑いを漏らす。
よかった、と心底思った。
でもあたしはモカを心配しているフリをして自分と木田の心配をしてる。

「テスト終わった頃には帰ってくると思う」
「ほんとに?じゃあ木田、テスト終わったら木田んち行くね」
「・・・今更」
「はは。ちゃんとモカの顔見るよ」

女々しいけど女だからいいだろう。
ひとつでも多く同じ記憶を共有させて。

「武蔵森受験決定したんだ」

 

 


実は彼女の設定をちゃんと考えてました。
不良っ子だったはずがほとんど分からなくなってますがね・・・

あー、何か常に受験を目の前にされる所為かこんなネタに落ち着いてしまう・・・
もう時制とか考えてはダメ。

031017

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