人は天気を気持ちとシンクロさせたがる。
今日は雨。憂鬱だ。

傘なんて持ってきてないっつの。


雨 天 決 行


「・・・えーと」

どこだったかな、なんてフリをしながらどれにしようかな、と物色。
妥当なのは無色透明のビニール傘。メジャーかつ量産型故、傘立てのあちこちで咲き誇っている。
あった、なんて小さく呟いて、傘を1本自分のもののように引き抜いた。

傘を持ってきてなかった生徒が、しとしとと陰気に降る雨を見て昇降口で停滞している。
折り畳み傘を広げるのに時間をかけていたり、止みそうもない雨に途方に暮れてみたり、諦めて中へ戻って事務室に向かったり。
校門までの地面に咲く傘は相合い傘ばかりだ。遠くの景色はぼやけている。
は傘を広げ、1回回してそれを見た。
どうも遅刻ギリギリ組の傘らしく、既に水滴がついている。雨が降り出したのは朝のHR開始の10分ほど前だ。
遅刻する気だったは、車で送られ間に合ってしまった。

「かーえろ」

木田は今日は委員会だったはずだ。自分も今日は家庭教師が来るはずの日。 いつもいつも真面目に勉強なんてしないのに、こりずによく来る人だと他人事のように感心する。

「・・・委員会じゃなくて生徒会だったっけ」

少し考えて、どうでも良いかと首を振っては雨の中に踏み出した。

拝借した他人の傘越しに見る空は、暗い。
酷く気分を憂鬱にさせる空の重さだ。あんな空から降る雨を被れば、それこそ銅像が溶けたって不思議はない。
きっと雨には憂鬱成分が入っている。
それはしとしとと大人しく、時に騒がしく、確実に滴から飛び出してヒトの中に入り込む。

「・・・あー・・・気圧の復習、しないとな」

静かな雨は長雨。
教科書の図を思い出す。だけど他の図と混ざってよく思い出せない。

相合い傘の間を縫って歩く。
は他人の傘の下にひとり。
・・・もう何本目?
行き先がなくて自分の部屋に溜め込んだ、持ち主の分からない傘の花畑。
傘を回す。傘を留める紐が目の前を横切った。 ふと、傘を止めた。
ついでに足も止めてしまい、後ろから小学生の傘にぶつかられた。
後方不注意なのはこちらだが、先方不注意なのはそっち。睨み付けてやると、謝りもせずに逃げていく。
だけどにはそんなことどうでも良かった。

木田。

確かに、木田と書いてある。
・・・・・・あの男は、こんな数百円のビニール傘にも名前を書いているんだろうか。
縦に書いてあるので、彼の名前が左右対称の漢字であることに気付く。字の癖の感じから、外側から書かれたものだと分かったが。

「・・・えーと」

そう言えば彼は今日、遅刻をした。
いつも大抵は遅刻ギリギリだが、今日は傘を取りに戻って遅刻したと言った。
は身を翻し、学校へ戻っていく。

空の灰色には少しずつ黒が混ぜられていった。
憂鬱、憂鬱。
空は鬱憤ばらしに雨を降らせてるんだろうか?
なら、明日はきっと晴れて欲しい。特に意味はないけれど。

昇降口では相変わらず人が立っている。
だから、止まないっつーの。
そんなことを呟きながら視線を巡らすと、・・・・・・木田を発見。でかいのは便利だ、なんて思いながら近付いていく。

「ハロー木田」
「・・・どうした、忘れ物?」
「うん、木田を忘れてきた」
「・・・・」
「傘どうしたの?」
「なくなった」
「事務室で借りてくれば?」
「出払ってた」
「あらま。あたしと相合い傘でもする?」
「・・・入ると思うか?」
「あー、はみ出るね。じゃあ、はい。傘かしてあげる」
「え」

ははは、なんてわざとらしく笑いながら濡れた傘を押しつけた。

「あたしやっぱり帰るの面倒だから、迎えに来て貰うことにするわ」
「・・・いいのか?」
「いいよー」

だめだ、笑いが止まらない。
木田は全く気付いてないようで、それが更にを笑わせる。
罪悪感なんてものは、全くなかった。自分が滑稽だった。

「・・・あー・・・でも、」
「でも?」
「朝、言おうと思って忘れてたけど」
「なんスか」
「今日、新作作るからって」
「・・・・・・」
「試食しにおいでって、伝言なんだけど」
「行く」

木田の手から傘を奪い、パッと広げて。
軽く上下させて水滴を落とし、肩に預けて傘を差す。

「やっぱし相合い傘っスね」
「・・・んで俺が濡れる方なんだろ」
「どっちでもいーわよぉ」
「いいよ」

木田がから傘を奪い、隣に立って歩き出す。
少し遅れては雨の中に踏み出し、木田の隣を歩いた。傘が少し傾く。

「あんさ、デートとかしない?今度の土日ー」
「テスト前だろ、」
「どうでもいいし。どっか遊び行こー」
「どっかって言われてもな・・・そもそも今週は選抜だし」
「選抜?」
「サッカー」
「ああ、」

いつだったかに会った彼の仲間を思い出した。
そういえば、この男はサッカーなんてやっているのだ。忘れていた。

「木田さ、ユニフォームよりエプロンの方が似合うんでない?」
「どうだか」
さんは武蔵森のブランド制服より喫茶店のウエイトレスの方が似合うと思わない?」
「似合うんじゃないか?制服」
「ふん。・・・あれさー、絶対高く売れると思うんだよね。ましてやさんが着ちゃったら相当高く売れるね」
「売るな」
「脱ぎたてとかどうよ」
「やめろって」

呆れて溜息を吐く木田に、はふざけて笑い返す。
殆ど何も入っていない鞄が完全に傘の外だった。それでも肩の出てる木田に比べればましな方。

「・・・じゃあ選抜とやら見に行っちゃ駄目かな」
「・・・が嫌いそうな雰囲気だけど」
「何で?あ、もしや女ばかりの動物園とか」
「・・・その表現はどうかと思うけど」
「何それ、そんなに格好いいんですか、未来のサッカー選手達」
「さあな・・・。まぁ、そのうち追い返されるんだけど」
「ふーん・・・あ、じゃあそれ終わるの何時ぐらい?迎えに行くから、それから一緒に遊ぼーぜ」
「それから?」

赤信号で立ち止まり、木田は少し考えた。
何か変なことを言っただろうか、
は隣の男を見上げる。それにしてもでかい男だ。

「・・・汗くさいかもしれない」
「うわ」
「ジャージだし」
「うわ」
「トーキョーとか書いてある」
「うわ」

信号はまだ赤だったが、車の来る気配がなかったのでは歩き出した。
木田が諦めて追いかける。は笑い出した。

「ははっ、いいじゃんそれ。それでいこう、映画とか」
「うわ」
「んで帰りに綺麗な店で飯食うんだよ」
「うわ」
「ジャージでフォークとナイフとかさ」
「誰が行くか」
「はっは」

笑い出したが止まらない。
止まらない止まらない。降りだした雨のように。止むのを待つ雨のように。


「あははっ・・・何?」
「多分笑わない方がいい」
「・・・あたしそんなに笑った顔不細工?」
「・・・・・・」

濡れたアスファルトは少し怖い。
暗くて、何処が落とし穴か分からない。

「木田」
「何?」
「多分好き」

だって笑ってないと不安でしょう?

 

 

試食品を有り難く頂き、その間に雨は止んでいく。
雨は嫌い、と呟いてみるが、生憎返事をくれる人は居なかった。
やがて世界を濡らしきった雨は、満足して何処かに消えていった。
人に憂鬱ばかりを残し、自分だけ。

「・・・あーあ」

天気が悪いのはそのままで、晴れた日のよりもずっと早く夕方が始まった。
帰るよ、と木田に声を掛けて立ち上がる。

「あ」

ちょっと待って、と引き留められて、木田が店の外までついてきた。

「はい、」
「・・・降ってませんが」

ビニール傘を差し出され、は少し顔をしかめた。

「つーか、それ、木田のだしね」
「やるよ」
「・・・・・・」
「降るかもしれないだろ」
「・・・いらないよ。木田のものなんてさ」
「そうか?」
「うん」

傘なら沢山持ってるんだ。
他人の傘を、ベッドの下に。
自分の傘は1本もない。貰ったら、それは自分の傘になってしまう。

「じゃあこっち」

ホントは似合うなんて思ってないエプロンの、ポケットから出てきたのは飴。
木田にピンクってシュールだ、なんて呟くと無理矢理押しつけられる。

「気を付けて帰れよ」
「・・・うん」
「あと」
「まだあるんですか」
「土曜は暇」
「・・・・・・」

お前むかつく。
正面の男を睨み付ける。

「また明日な」
「・・・おう、明日は遅刻すんなよ」

うるさいな。
今日で皆勤賞を逃した男は顔をしかめ、は笑ってそこを離れた。

 

 


だって雨降ってるから・・・(どんな言い訳だ)。
雨が降ってるのを家の中で見てるのは好きなんだけどね。
雨天決行というのは雨天時のみ決行という感じで。

20031129

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