星 空


「…上がれるんだ、屋上」

誰も話題にしないからつい最近まで水野はその存在も知らなかった。
何となく階段を上がってみれば、鍵もかかっていない。外へ出てみた。昼間とは変わって夜の風は少し冷たい。

「だからッ、しばらく帰らねぇって」

どこからか聞こえた声に水野は慌てて振り返った。
ドアの側に立った三上がちらっと水野を一瞥する。携帯で話をしているらしい。

「いや帰るけど、俺だって予定が…あ?遊びだよ!遊びの予定で悪いか!お前が楽したいだけじゃねぇか…開き直るな!おとんに交通費よろしくって言っとけ」

相手の返事を待たないうちに三上は携帯を切る。

「水野」

三上が水野へ向かうとすかさず携帯が鳴り出した。三上は誰へとでもなしにガーッと喚いて、画面も見ずに電源を切ってしまう。

「何してんの、歩くルールブック」
「歩く18禁は今夜はお一人ですか」
「クッソ生意気な…。屋上は一応立ち入り禁止だろ、おまけに消灯時間も過ぎてる」
「たまたま目が覚めて、────」
「…脚、どうだ」
「…」

水野は自分の脚を見た。包帯の巻かれた左足。

「ま、お前があっち引きつけてくれたお陰の優勝だけどな」
「…」
「面白いほど『武蔵森一年レギュラー』に引っかかってたもんな」
「…あんたは俺をどう思う」
「お前なんかどうでもいい」
「…」
「俺はただ俺がムカつく」

はっと自嘲的に三上が笑い、その場にごろんと横になった。水野が場を持て余していると誰かが屋上のドアを押し開ける。

「先輩、帰る日決まった?あれ、水野」
「あ、笠井、さっき電話かかってた。…さっきっつか割と前だけど」
「え、まじ?そっか、部屋に携帯忘れてた」

ポケットを探って携帯がないのを確認しながら、笠井は三上の方へ歩いて行く。
そう言えば同室の笠井は今日は三上の部屋へ行っていた。戻ってくるとは言っていたが結局そのままだったらしい。
真っ直ぐ歩いてきた笠井は寝転がる三上の腹を踏みつけ、呻いた声を聞かない。

「水野がこんな時間にうろついてるの珍しいね、脚痛い?」
「あ、いや」
「まぁ夏休みだもんね」
「足どけろ…」
「水野ここの床が喋った」
「…」
「先輩何で拗ねてんの?」

笠井が笑いながら三上の側にしゃがみ込む。拗ねてねぇよと拗ねた様子で三上は言った。

「またお姉さんに喧嘩ふっかけたんですか?」
「あのクソババァがうるせーんだよ」
「で、いつまで寮に?」
「……当分」
「はは、意地っ張り」

三上の頭を笠井は撫でた。三上が振り払ったのにむっとしたのか、乱暴に頭をかき回す。

「イテェよ!」
「素直じゃないですね、ホームシックのくせに」
「違ェよ!」
「帰りたい癖に〜」
「誰がッ」
「多実ちゃんに慰めてもらいたいんでしょ?」
「人の母親を軽々しく呼ぶな」
「俺じゃ足りないんだよねー先輩は」
「…妬いてんの?」
「うざがってんの」
「…」
「水野は屋上で何してたの?」
「いや、別に」
「ふぅん。…水野は昔から東京?」
「え?」
「俺はさ、生まれてから東京だから星なんてろくに見たことないんだよ。なのにこの人は東京の空は気持ち悪いって」
「気持ち悪いだろうが、曇りならともかくよ。星のねぇ夜空、アイデンティティの崩壊じゃねぇか」
「何言ってんだか」
「…三上は実家は?」
「三上先輩山に住んでんだよ、動物達と愉快に共存してんの」
「来たことない奴が言うな!」
「先輩いつか連れてくって言ってそれきりじゃん」
「誰かさんが行かねぇって言うからだろうが」
「どの面下げて行けって?」
「そのクソ生意気な面」
「…」

よくもまぁ舌が回るものだと関心もするが、そのリズミカルな会話に呆れてしまう。
水野は話すのはあまりうまくはないと自分でも自覚はあるので会話に混ざろうとはしない。飲まれてしまうだけだ。

「…星空だって、メルヘンだ。星の王子様」
「メルヘン上等」
「俺達もメルヘンだったら尚上等だったんですけどね?」
「…」

三上はしばらくじっとして、それからぱっと体を起こす。笠井はチャコールグレーの空を見上げて笑っていた。

「水野、後ろ向いてろ」
「え?」
「回れ右!」

三上の声に慌てて体を回す。後ろのふたりの会話は途切れ、水野だって何が起きているのかわかった。
わかったってどうしようもない。照れるのは向こうのはずが、自分の方が赤くなった。

「────バカー!」
「イッテェ!」

何事かと思わず振り向けば、バタバタと笠井が部屋へ逃げていく。三上は顎を押さえてうずくまっていて、何が起きたかは察しがついた。

「イッテェ〜…月モノじゃあるまいし…」
「あのな…もうちょっと、人目をはばかってそう言うことしろよ…」
「だからはばかっただろーが」
「…」
「あ〜チクショ〜…」

顎をさする三上はなんとも間抜けだ。サッカーをしてる姿を思うと別人のよう。

「…三上は、笠井とサッカー、どっちが上なんだ?」
「…核心つくな〜お前…その話してたんだよ、さっきまで」
「…」

少し風が出てきたようだ。何となく肌寒くなってくる。

「俺が、高校出てからも、このままってわけにはいかねぇだろ」
「…」

メルヘンだったらどんなにいいか。
現実は年を取らないわけにはいかないし、ふたりで森の中で暮らすわけにもいかない。

「…どうなるんだ?」
「さぁ?…でも両方ってのは、無理だろうな」
「…」

それから何となく、星空のはずの夜空を見上げた。
こんな空じゃきっと願いを叶える流れ星も見えないのだろう。

 

 


水野が書きたくなって。やっぱ難しいわ。

050620

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