い っ て ら っ し ゃ い


行ってらっしゃい、
優しい笑顔が三上に告げた。
毎朝聞いていたその言葉はもうしばらく聞けないのだと、自分で決めたことが、今一度少しだけ揺らぐ。
彼女はそれに気付いて、しかしいつも通りに、忘れ物はないわねと聞いて。

「・・・忘れ物は忘れてから忘れ物なんだよ」
「あらそうね。また持って来てって電話しないでね」
「しねーよ! ・・・ほんじゃ、」

行ってきます。

 

 

「・・・何それ」
「プリン」
「いや分かるけどよ」

コンビニの袋にごろっと入ったそれは机に置くとバランスを崩して袋から出た。
三上は椅子を引いて近藤の隣に座る。テレビではお笑い芸人がコントの最中だったが近藤は笑うタイミングを外した。

「・・・あ、しかも今から食うんだ」
「食っちゃ悪いか」
「いやいいけど」

いいけど、3つも食うのか。
三上がプリンを好きらしいと言うのは承知しているがそこまで好きだとは知らなかった。門限を過ぎてこっそり寮を抜け出して買ってくるほどに好きなのか。

「・・・なんか文句あるならゆって下さいー」
「じゃあ言うけどよ」
「やっぱ言うな」
「お前が妙な行動に出るときはロクなことじゃねェよな」
「うっせぇなー・・・俺だってホームシックぐらいなるんですー」
「・・・ホームシック」
「多実子に会いてぇ・・・」
「・・・誰・・・」
「おかん」
「・・・お前結構マザコンだよな」
「失礼な。俺はマザコンじゃなくて純粋に女としておかんが好きだ」
「死んだ方がよくねぇ?」
「お前も絶対惚れるって。つーか惚れたら殺すけどな」
「・・・・」

入学してから数ヶ月、同じくラスで何となく仲がよくなった感じの友人ははっきり言って今まで付き合ったことのないタイプだ。
はっきり言わないが田舎から出てきた感じらしい。関西と言ったが喋るのは標準語だ。
何もしてないのに、何となく立ってるだけでいきなりフェンスの向こうから名前を聞かれていた男。それでも何となく憎めない男はこうして寮にいる間は己をさらけ出すからだろう。

「・・・急に何でホームシックだよ」
「夢見た」
「死んどけ、な」
「だから多実子かわいーんだって」
「マザコン・・・」

ここまではっきりしてくれると嫌悪もない。
もの凄く偏見で言うなら三上が生理的に受け付けない人間ならすっぱりはっきり気持ち悪いだろう。
幸か不幸か三上はどっちかと言えば顔も整っているし話も合うし適度にえろい。

「あー、俺多実子より好きになるヤツできなかったらどうしよう」
「知るかよ。母親襲ったりすんなよ〜」
「ンなコトするかっつの。俺は多実子に行ってらっしゃいとお帰りなさいを言って欲しいだけー」

プリンを口に運ぶ三上を先輩達が冷やかしながら談話室を出ていった。
・・・多分三上は素直なんだろう。何故かひねくれているように見えるのは素直すぎるせい。それを隠そうとするから。
でもそれがあまり上手くないから嫌いな人からは敵意を返され、好きな人からは好意が返ってくる。

「多実子ー」
「あーもー電話でも何でもすりゃいいだろうがよ」
「そんなの帰りたくなるじゃん、電話切れねーよ俺」
「俺が切ってやるよ」
「俺と多実子を引き裂こうったってそうはいかねぇ」
「バーカ」

ひっひ、とからかいの応酬をふたりで笑う。

「これで三上が男とか好きになったらおもしれーのにな!」
「面白くねーよ、つかそれあんま笑えねーし・・・」
「なんで?」
「・・・イヤ別に」

顔をしかめる三上の兄がホモだと知ったのはもう少し後のことだが。

 

 

「行ってらっしゃいv」
「・・・・・・もしもし笠井さん」
「行ってらっしゃいv」
「おい」
「行ってらっしゃいv」
「・・・・・・」

ぐっと握った拳を三上が持ち上げた。
笠井はそれを黙って振り払う。きっと笠井の手が痛い。が、笠井は眉ひとつ動かさず、満面の笑みで三上を見送っていた。

「・・・おーい・・・三上ー」
「近藤先行ってろ!!」
「そんなこと言われても班員そろわねーとバス乗れねーだろー」
「ほら三上先輩行ってらっしゃいv」
「お前何でそんなに楽しげなんだよ!」
「えーだって三上先輩が2泊3日もいないなんて・・・ねえ?」
「っだー!」
「中西先輩がいなくなるのは寂しいですけどそれを差し引いたって・・・ねえ?」
「お・ま・え・な・・・」
「お土産は要らないから帰ってこなくて良いですよ」
「・・・・・・」

京女と恋に落ちてもしらねェからな!
無茶苦茶な捨て台詞を残し、三上は不機嫌な顔で歩いてきた。
凶悪。 近藤は隣を歩くのを嫌がりつつも仕方なくついて歩いてやる。

「くっそ・・・あいつ・・・」
「・・・お前も修学旅行ぐらいで何熱くなってんだよ・・・」

しかも容易に想像が出来ることだというのに。
溜息を吐いてやるが三上は気にも留めない。

「チクショー、俺このまま清水寺なんか行かねぇで多実子のとこ帰ろうかな」
「・・・久しぶりに聞いたな多実子さん」
「・・・・・・」
「すげぇなー笠井」
「・・・なんだよ」
「いいや」

三上が13年間思い続けた母親に勝ったのだから、凄いとしか言えないが。
何だかんだ言いつつもただいまを聞くために三上は既に帰りたいんじゃないかと思う。

「・・・俺が京女つかまえてぇなー・・・」
「京女怒るとコエェぞ」
「・・・・・・」
「京言葉が綺麗だと思うな、それは綺麗に使ったときの場合だ」
「や、やめろ、俺の夢を壊すな・・・!」

 

 


こんな三上はどう考えても「傷付いてるのは俺の方さ!」なんてひねくれたお子には育たない・・・。

040709

 

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