健 康 第 一


「水野〜、生きてる?」
「お前はもう邪魔だからくんな!」

笠井が藤代を追い払い、ブーイングをする藤代を大人しくさせるために寮母がさりげなく使いを頼んだ。正直藤代の大声は堪えていたのでありがたい。水野はベッドに沈む自分の無力さを呪う。

「水野くんの具合は?」
「さっき計ったら8度ありました」
「あらあら、しんどいわね」

さっきまで洗い物でもしていたのか、冷たい手が額に触れた。それも今の水野には心地よい。
寮で迎える季節の変わり目は自己調整がうまくいかなかった。笠井達は慣れたものだったんだろう鼻風邪ひとつひいた様子はない。

「ごめんな、俺声かければよかった。寮の部屋結構温度下がるんだよ」
「いや…俺も油断してたし」

こうなってくると母の存在が大きかったことを知る。入学した頃は洗濯やアイロンに閉口し、寮生活に慣れたと思っていたが甘かった。

「何か食べないと薬飲めないわね。食べれそう?」
「…」
「簡単なもの、何か作るわね。食べれるだけ食べたらいいから」
「すいません…」
「いいの、甘えてなさい。あなたは難しく考えすぎなのよ。…まるで三上くんね」
「え、」
「あら、口が滑ったわ。内緒よ、この話すると怒るの。じゃあ笠井くん、何かあったら呼んで」
「はい」

寮母が部屋を出ていき、笠井はベッドの傍に椅子を引っ張ってくる。
「寝る?」
「あ、いや…食べてから」
「ん。…でもほんとごめんね、俺ちょっと考えたら分かったのに。俺も中学でやったんだよな」
「そうなのか?」
「うん、…まぁ、三上先輩のせいでもあるんだけどね。人ほったらかして寝るし」
「……あぁ」

言わんとするところがわかって、水野は少し熱が上がった気がした。
笠井が同性の先輩と付き合っていると言う事実が、水野にはまだ受け入れがたい。しかも相手も相手だ。何故、と思う相手である。

「あ、洗濯してんの忘れてた。ちょい行ってくる」
「あ、うん」

笠井が部屋を出ていった。
…眠いなんて思っていなかったのに、話し相手のいなくなったその瞬間に水野の意識は途切れた。

 

 

 

優しい手が頬を撫でた。その感覚でかすかに意識が戻ってくる。体は依然としてだるい。
額に冷たいものが当てられた。薄く目を開けて見えるシルエット。

「────母さん」
「は?」
「あ…」

クリアになった頭で見えた視界に飛び込んだのは三上だ。状況がわかって、かっと全身の熱が回った。三上も少し困った顔をする。

「起きれるか」
「え…」
「飯」
「あ…食べる」
「ん」

水野が体を起こすのを待って、三上が盆に乗った粥を渡す。寝ている間に少し冷めて食べ頃になっていた。

(つうか、なんで三上…)
「初江さんはこれ作ったらでかけた。どうしても抜けれない用なんだと」
「…」
「ンな顔すんな。病人に嫌がらせするほどアホじゃねぇよ」
「いや…そういうわけじゃ」
「あ?」
「別に…(つうか病人じゃなかったら嫌がらせすんのかよ…)」
「…渋沢がいねぇと俺に世話役回ってくんだよ。あの人は俺のキャラをなんだと思ってるんだろうなぁ、ったく…」

ぶつぶつ言う三上を見ながら粥を口に運んでいく。気付けば額には冷却シートが貼られていた。さっき藤代が買いに行かされたものだろう。
ぼやきながらも頼まれたことはきちんとするらしい。根が真面目なのだろう、寮母が頼むのも納得出来る。彼はそう見られることは少ないが、面倒見がいい。

「これ薬な。…市販の薬平気か?」
「あ、多分」
「今まで平気ならいいだろ。水…あ〜、取ってくる」

三上がさっと部屋を出ていった。身の軽さに感心してしまう。
…こういう男だから、中学で10番を任されていたのだろう。3年の引退した後、やはり三上が背負っているが、春には自分も候補に上がる。桐原だって安易ではない、水野は今はチームワークで負けている。

「ばーか」
「!?」

声に驚いて盆を返しかけ、また同じ声が飛んできた。そっちを見れば、ベッドからだらりと腕を垂らし、笠井が水野を見ている。正直言って軽くホラーだ。

「か…笠井、いたのか…」
「いましたずっといました。…ちょっといい雰囲気じゃねーの」
「ばっ、バカ言うな!」
「俺より優しくしてもらってるし」
「……」
「いつでも好きになればいいよ」
「あのなぁ…」
「慣れてる」
「…」

笠井はそれきり布団を引っ張って潜り込んだ。水野は溜息を吐いて手を動かす。

「ほい水」
「…」

諸悪の根元が戻ってくる。水野が睨んでやると、あれだろ?と言わんばかりに笠井の方へ視線を送った。
薬の横に水のグラスをおいて、三上は静かに笠井に近寄る。顔を寄せて、何か小さな声で交わしているが、嫌な予感がしたので必死で顔を逸らした。薬を飲もうとするところで三上が戻ってきて、その顔はにやりと緩んでいる。

「お前絡みでからかうのが一番楽しい」
「…巻き込むのやめて下さい」

前言撤回だ。これは遠回しな水野潰しだろう。笠井の敵は中西の敵だ。

「もう絶対風邪なんかひくか…」
「何、いつでも先輩頼ってくれて構わねえぜ?」
「冗談」
「ま、風邪はひかねぇに越したことはねぇけどよ。貸せ、皿返してくる」
「…」

今となってはこれも好意なのか疑わしい。笠井には照れ隠しにさっきのような態度を取ったことはわかっているが、水野にはそれは感じられない。

「────『母さん』」
「!!」

三上の消えた部屋で笠井が呟く。布団からはみ出た手が握るのは携帯で、────何処からか藤代が爆笑するのが聞こえてきた。

 

 


水野熱上がりそう。笑 皆様も季節の変わり目ですからお気を付け下さいな。

051027

 

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