そ の 男


「・・・おい、まだボール残ってんぞ」
「ホントだ。三上先輩持って行」

ポン、
三上が軽く蹴ったボールはグランドを真っ直ぐ転がって笠井の脚にぶつかった。
それを目で追っていた笠井が三上を見る。疑いの視線。

「これはまさか俺に持って行けと言う意味ですか?」
「そう」
「何で俺が」
「最後触りー」
「小学生かあんた!」

あんた呼ばわりを気にもせず、三上はひらひらと手を振って更衣のため部室に戻っていく。

「あの、俺持っていきましょうか」
「あ、ありがと・・・いやでもいいよ、俺よりそっちの方が疲れてるだろ?」

3軍の後輩の言葉に笠井は優しく応える。
でも、と戸惑う後輩も尤もだ。先輩の、しかも1軍にボールの片付けなど。

「いいって、俺今日そんなに動いてないし」
「でも片付けは俺達ですから」
「そんなことないよ、俺だってボール使ったから。じゃあお疲れ様」
「あっ・・・お疲れ様! (・・・天使・・・)」

笠井がボールを持って行ってしまい、残された後輩はあんな先輩になろうと心に誓う。
明日も頑張ろうと意気込む彼は笠井を知らない。

(危ねー忘れてた、三上先輩の鞄に嫌がらせでお菓子突っ込んできたんだっけ)

悪魔に魅入られた彼は天使にはなりえない。
癒しと言うよりは洗脳という感じだ。

「あれ?入んねー」

倉庫でもたつく1年がいる。どうもボールを入れたカートがは何入らないらしい。
頑張っているところに気が引けるが、残りの仕事を押しつけられたらしい彼の背中を叩いた。
振り返った彼が笠井を見てびくりとする。
心外だ、三上先輩じゃあるまいし。そんなことは表に出さず笠井は笑う。

「お疲れ」
「あっ、お・・・お疲れ様です」
「これコツがいるんだ」

笠井は手に持っていたボールをカートに入れて、彼が押していたカートを一旦外に出す。
それから倉庫に入って先に入れていたカートを壁側に寄せた。

「先に入れた奴が置くまで入ってないと車輪が引っかかって入らないんだよ」
「あっ・・・」
「鍵閉めるの?ついでに返そうか、どうせ戻るし」
「え・・・いいんですか」
「いいよそれぐらい。・・・金子も早く帰りたいだろ?」
「あ・・・」

笠井が待っているのに気付き、名前を呼ばれた彼は慌てて鍵を掛けた。その鍵を受け取り、じゃあ、と笠井はその場を去っていく。
残された彼はぽつりと感嘆の声を漏らした。

「名前覚えられてたんだ・・・」

後輩に微かな期待をさせた罪作りな男はそんなことはつゆ知らず、鍵を指先に引っ掛けて回しつつ部室へ向かう。

(いるんだよなーシューズとか目立つところに名前書いちゃうやつ。後で後悔するんだよーアレ)

一人でも部員を覚えようとしているのだがさっきの彼の顔を既に思い出せない。
考えながら歩いていると誰かにぶつかり、その拍子に指から鍵が飛んでいく。

「あっ・・・」
「悪ィ」
「あ、先輩すみません。俺ぼーっとしてて」
「いや、俺の方も」

ぶつかったのは先輩、だが2軍の微妙な関係の先輩。
一緒に2軍にいたことがあるから仲は悪くないが、向こうの方はどうも笠井と付き合いにくいらしい。

「・・・鍵」
「え?」
「倉庫の鍵どっか飛んで行っちゃった」
「は?何でお前が鍵持ってんの?」
「どうせ部室戻るから預かったんですけどね。あーあ、まいったな・・・何処行ったんだろ」
「・・・俺が探すからお前は早く着替えてこい」
「え、でも」
「いいから。遅くなったら鍵閉められなくて渋沢が困るだろ」
「あ・・・そうですね。すみません、お願いします先輩」
「・・・・」

軽く礼をして笠井は部室へ走っていく。
その後ろ姿を見送り、彼は溜息を吐いて地面を見下ろした。

「三上さえいなきゃなぁ・・・」

残念ながら彼は笠井の好みではないのでそれは要らぬ心配だ。
笠井の方は手間が省けたのを喜んで部室に入っていく。

(見つけてくれたら先輩大好きとか言っとこ)
「・・・ご機嫌だな」
「・・・三上先輩まだ残ってたんですか」
「待っててやったんだろうがッお陰で渋沢にここの鍵預けられるしッ」
「それはご親切にどうも(お菓子ばれてない?)」
「・・・富田と何話してたんだよ」
「あ、どうせ暇なら先輩も鍵捜し手伝ってきて下さい」
「鍵ィ?」

将来が不安な男笠井は人間関係が広い。
それは性格故のことで無意識だろうが、三上の心配は絶えなかった。

 

 


小悪魔笠井を目指して挫折。
3軍は情報源が少ないので「三上先輩と笠井先輩は仲が良い」程度の情報しか持ち合わせてないのですよ。

040430

 

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