近 道


笠井、名前に反応して振り返った瞬間には腕を引っ張られていた。走っていた勢いのまま引っ張られ、笠井は足をもつれさせながらそれについて行く。

「ちょ、中西先輩ッ!?」
「こっちのが近道」
「ッ…」

本当は決められた通学路以外を通ってはいけない決まりだ。そもそも武蔵森は通学路が一番早いルートだったように思う。しかし遅刻しそうな状況で、笠井にはそこまで考える余裕はなかった。前を走る中西の足は迷わず道を選んでいく。
────そして中西の言葉通りに、確かに予定より早く学校へついた。思わず呆然として中西を見る。その視線に気付いた中西は指を口に添えて笑った。

「内緒ね」

 

 

 

「あらあら、そんなことあったっけ?あったかな?」

中西は楽しそうに笑って笠井の話を聞く。ありましたよ、拗ねた様子の笠井にまた笑った。

「笠井ちゃん笠井ちゃん、中西の情報源って全部俺よ?」
「そう、俺が純粋じゃなくなったのは全部この人の仕業」
「うわッ」

中西はソファーの後ろから顔を出した遠野のネクタイを引っ張った。子どものように拗ねた表情を作る遠野に、中西は応戦するような笑顔で返した。
遠野は高等部の副キャプテンだ。笠井が中学に入学した時はキャプテンをしていた。あまり親しくなかった、と言うよりは中西によって徹底的に遠ざけられていたので人柄はよく知らないが、渋沢と違ったタイプであることは確かだ。

「中西くーん…こんなに顔近いと先輩むらっとしちゃうよ〜?」
「は?先輩何」

中西が言い切る前に遠野がその口を塞ぐ。流石の中西も不意をつかれて、目を見開いたまま硬直していた。話をしていたのは笠井だけではなかったが、誰も身動きが取れない。そんな中、辰巳が本を片手に通りかかる。笠井が視線で助けを求めると状況に気付き、足音を殺して近寄ってきた。

「あっごめんなさい」
「!!」

決定的瞬間を見た笠井達はまたも硬直する。辰巳が持っていた本を何気なく持ち直した瞬間に、遠野の頭をそれで殴りつけた。中西から離れた遠野はソファーに寄りかかって悶える。

「…あ、辰巳…」
「あー先輩大丈夫ですか」
「〜〜〜〜……ちょっとちょっと辰巳クン…先輩様に手を上げるとはいい度胸ね…」
「まさか。本が落ちただけですって」
「角がか」
「角も落ちます。きっと先輩のことが好きなんですね。はい、有難うございました」
「…あぁ、もう読んだの?」
「はい」

イッテェ〜…後頭部をさすりながら遠野は本を受け取る。背表紙は恐ろしい字面であったので笠井は見なかったことにした。
中西は辰巳にきらきらと視線を送っている。さっきの辰巳の行動はスイッチを入れるのに十分だったらしい。辰巳は逃げ遅れた。中西がソファー越しに辰巳に抱きついてがっちり固定する。今更辰巳が逃げようとしたってもう遅い。

「辰巳〜〜〜」
「……」
「今助けてくれたんだよね?」
「……偶然だろ」
「遠野先輩に嫉妬したんだよね〜〜〜v」
「違う」
「照れなくていいよ。俺愛されてるなぁ。ちゅーしたげる」
「嫌だ!」
「なんでぇ〜」
「何が悲しくてこの人と間接キス」
「あ〜」
「ちょっとヒドくない?遠野先輩バイキン違う」
「似たようなもんです」
「でもしちゃうッ」
「!」

伸び上がった中西の唇が一瞬辰巳のそれを捕らえた。すぐに中西を押し返し、そうかと思えば辰巳は中西の手を引いて談話室を出て行く。出てすぐのところに隠れ、しばらく様子を伺っていると辰巳だけ部屋に帰るのが見えた。遠野がそわそわと部屋の出入り口へ近付き、中西をつついているらしい動きをする。

「遠野先輩とどっちがいい?」
「辰巳…」
「え、でもほら、遠野先輩うまくなってるかもしれないよ。試してから決めない?」
「やだ」
「…」

そのうち遠野は諦めて戻ってきた。中西がいた場所に座り、女王よろしくふんぞり返って足を組む。

「笠井ちゃん俺としてみない?」
「結構です」
「水野は?」
「えぇっ!?」
「あ、ちょっと傷ついた」
「水野いじめるのやめて下さい」
「反応が新鮮で可愛いからさ〜。中西も始めはそうだったんだけどな。色々やりすぎた。大人の階段ショートカットで上らせたからね」
「「……」」

あの魔王を作ったのはあんたか!
思い切り罵倒したい気持ちに駆られた一同だったが、中西を手懐けたという彼に逆らえる者などいない。この男が中西、長じては、あの辰巳を作ったのだ。

(…なんて余計なことをした男)

中西に守られてきてよかったと痛切に感じた笠井だった。

 

 


遠野先輩書きたかっただけかも。

051123

 

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