忘 れ 物


ポケットに重みがない。
笠井は血の気が引くのを感じながら、ないと知りながらも中を確認した。やっぱりない。ついさっきまで使っていた携帯電話。

「…あっ…」

うわぁ。頭を抱えて足を止める。不思議そうに藤代が名を呼んで顔を上げた。情けない表情をしているのだろう 。

「…携帯忘れた」
「まじで?やべーじゃん」
「うん、取ってくるッ」

笠井は身を返して走り出す。さっきまで話し込んでいたファーストフードの店にあるのは確かだ。
やばい、やばい、やばい。さっきまでメールをしていた相手は三上、内容は露骨だ。誰かに読まれれば関係は見える。三上が高等部に上がり、携帯の利用率はぐっと上がった。
あそこの店舗は同じ学校の生徒を多く見かける。三上を知らない人ならばごまかせるかもしれないが、それを期 待するほど悠長にはしてられない。店に飛び込み、レジ前に並ぶ人から視線を受けながら座っていた席を探す。外が見える窓側、────客の姿。 トレイは机に置かれ、ふたり席についている。ひとりが手にしているのは笠井の携帯だ。動悸がする。息を飲んで、自分を落ち着かせながら近づいた。

「あのッ」
「あ?」
「あの、携帯…忘れて、それ俺のです」
「…」

ふたりが目を合わせた。高校生ぐらいだろうか、私服なのではっきりとはわからない。しかし何処かで見たことがある気がするのは、もしかしたら卒業生なのではないだろうか。

「…証拠は?」
「あ…プ、プロフィール見て下さい。笠井竹巳です」
「ふぅん…でもそれだけじゃな」
「あの、番号とか覚えてないんですけど」
「付き合ってる人の名前は?」
「!」
「昨日、その人と何した…?」
「────」

足元からぐらりと崩れていく。

 

 

 

「中学生だろ?」
「…」
「笠井くん、ね」
「…あの」

連れ込まれた人気のない公園、警戒するなと言う方が無理だ。逃げるチャンスを伺う笠井だが、携帯を返しても らえないままでは帰れない。相手はひとりになっているから、隙さえあれば逃げられそうなのに。門限が気になる。辺りは少し暗くなって、すぐにでも夜へ変わるだろう。

「あの、返して下さい…」
「やだ」
「!」

腕を掴まれて引き寄せられる。恐怖。血の気が引いて足がすくんだ。

「男同士ってどうなの?」
「ゥ、や…」
「そんな警戒するなよ。ちょっと相手してくれたら返すから」
「やッ────」
「笠井!」
「!」

三上の声だ。腕を振り払い、体を返して逃げる。笠井を見つけた三上が走ってきた。

「あらら」

のんきに呟いた男は笠井に携帯を差し出した。警戒している笠井は受け取れない。

「太田先輩!」
「…え?」
「なんでバレたかな」
「岸本先輩が来ました!」
「あ、そっか。畜生」
「あんたね〜…」

笠井を自分の背中に隠し、三上は携帯を奪い返した。

「先輩…」
「あ〜、悪ィ…俺が巻き込んだ…」
「はい?」
「まぁ今回は三上が男もいけるってのがわかっただけで十分か。じゃあね、笠井くん」
「…」

なんだったんだ。去っていく男を見ながら、笠井はまだ緊張が解けない。三上が振り返って謝ってくる。

「…知り合いですか?」
「…先輩…」
「……」
「…なんか…俺…あの人に狙われてて…」
「…は…」

脱力して三上の腕にすがりつく。

「悪い」
「…悪いと思うなら変態くさいメール送るのやめて下さいよ」
「…ハイ」
「────あ〜…怖かった…」
「…悪い」
「…ほんとに怖かったんですよ」
「ごめん……じゃねーよッ、お前が携帯なんか忘れんのが悪いんだろーが!俺晩飯抜けてくんの大変だったんだ からな!」
「ご、ごめんなさい…」
「…帰るぞ」

笠井の腕を捕まえて、三上は真っ直ぐ歩きだした。公園を抜けて寮へ向かう。

「あの、ひとりで大丈夫です」
「いいんだよ。────折角会えたんだ」 「…」

笠井は黙って三上に従って歩く。携帯が着信を告げて震えたけれど、笠井は藤代だと思いながらも確認しなかっ た。

「…先輩」
「ん?」
「やっぱり携帯より、会う方がいいよ」
「…うん」

高等部って遠いね。笠井が小さく呟いた。

 

 


笠井ちゃんがそのまま手込めに…なんてことはしたくないわけです。
太田先輩と言う彼はずっと脳内に存在しながらも日の目を見ていなかった、入学してきま三上に目をつけた先輩。サッカー部。

051018

 

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