「むっ・・・・・・来る!!!」
l u n c h t i m e
「三上ー、」
「!」
呼ばれたのは三上なのに渋沢が返事をする。
その浮ついた声に、教室中の呼吸をしている人間全ては氷河期の感覚を感じた。
声の主は女の子。やたら細くてやたら小さい子だった。教室の入り口から中を覗き込んでいる。
渋沢が足を机にぶつけたのも気にせずに駆け寄ったのは一瞬。
次の瞬間には彼女を手を取り、うっとりとした眼差しで少女を見つめている渋沢の姿がそこにはあった。
「どうしたんだ。俺に会いに来たか?」
「ううん、三上」
「俺は会いたかったぞ」
「昨日会ったよ」
「あれからもう11時間45分も経ってる」
「今時計壊れてて」
氷河期は永遠に続くかと思われた。
そこへやってきた救世主・三上亮。
イってしまってる渋沢を押しのけて廊下に放り出し、少女を中に入れて戸を閉めた。
机を固定してドアを開かないようにし、後ろのドアも同様に閉めてから話しかける。
「どうした?」
「・・・渋沢は?」
「どうした?」
「・・・あのね、アタシ三上の部屋に財布忘れてなかった?」
それ以上詳しく追求せずに少女は三上を見上げて聞いた。
三上より大分小柄な彼女は妹と言われても可笑しくは見えない。只「三上」と名字で呼んでいるのでそのセンはないだろう。
「財布?さぁ・・・見てねぇな。ないのか?」
「うん」
「また夢の島の宝になったんじゃねえ?」
「そうかも・・・どうしよう昼・・・」
「俺の弁当をやろう!」
外側の窓から突如として現れた渋沢に、教室中は混乱と悲鳴に見舞われた。
「さぁ!」
何処に持っていたのか、渋沢は大判のハンカチに包まれた弁当箱を取り出して少女に突き出す。
三上が慣れた手付きでそれをたたき落とした。
「じゃ金貸すか?」
「いいや、誰かに分けてもらう」
「とか何とか言って食わねえ気だろ。・・・じゃあいい、お前昼来い。いつもんトコで食うから」
「んー・・・ん、わかった」
「じゃあ俺と食おう!俺が食わせてやっ」
二人の周りをうろつく渋沢に三上は冷静に、笑顔のままで裏拳を決めた。
帰る少女のために三上は机のバリケードを解き、廊下まで送り出す。
彼女の見えない中の位置で、三上の足は渋沢と必死に戦っていた。
彼女が行ってしまったらしく三上が教室内に戻り、渋沢を引きずって椅子まで戻る。
「〜〜〜〜」
「黙れ変態」
じたばたする渋沢を、三上はどこからか出したロープで椅子に縛り付けた。
その様子をクラスメートはただただ見守るばかり。
「〜〜〜」
「・・・あぁ、気にするな。ほっとけば治る」
クラス中の視線に気付いて三上は言った。
しかし遂に泣き出した渋沢を気にするなと言われても無理だ。
「み・・・三上・・・」
やっと、ある一人が勇気を振り絞って切り出した。
「い、今の子は?」
まずは妥当だろうと思われるところから質問。
確かにアレが原因ではある。多少の状況は理解できよう。
「同じ学年じゃないよな?」
「ああ。藤代と同じクラスだ。1コ下。俺のカノジョ」
「違うっ!はそんなやつの彼女なんかじゃないっっ!俺の姫だぁっ」
「変態は黙っとけ!」
次に何をどう聞けばいいのか判らない。
と言うか、渋沢に恐れをなして次の質問が出てこない。
「あの小さい俺の姫がお前のモノになる訳がないだろう!
ああ・・・あの細くて柔らかな髪、白くて滑らかな肌、可愛らしい唇に細い手足、未だ育ちきらない幼い体の曲線・・・」
悦。
嗚呼、これが武蔵森の守護神・渋沢克朗。
クラス中が、これでもかって程に思い切り、引いている。
我らが渋沢克朗が。
ファンの子が卒倒した。
「ちゃーん、何処行ってたのー?」
「藤代」
教室に戻った少女にサッカー部のエース・藤代誠二が話しかける。
少女の名前は 。
どんな手段を使ったのやら、人知れずいつの間にやら三上亮の彼女に収まっていた女だ。
まだ三上がフリーだと思ってる人が多いのも頷ける。容姿も人並み、目立つ子ではない、言うなれば普通以下。
それでも人望はしっかりと持ち合わせている彼女は普通以下に収まっては居ない。少なくとも、サッカー部員3人も虜にしておいて普通な訳がない。
しかし知らぬは本人ばかりなり。
「三上のトコ」
「えー?なんでぇ?」
「財布なくしてお昼なくて」
「あ、俺のあげよっかー?朝渋沢キャプテンがついでに作ってくれたんだけど」
「・・・にんじん入ってるんだ?」
「―――――てんこ盛りっす」
がくりと大げさに肩を落としてみせる藤代には笑った。
心地よい彼女の声が聞きたくて、藤代は更に話しかける。
「だからあげるって言うか、もらってくんない?」
「じゃあ藤代はどうするの?」
「買えばいいし」
「あー、でももう三上と約束したしなぁ・・・」
「なら俺後で言っとくよ。キャプテンに用事有るからついでに」
「そう?」
藤代の笑顔の裏にあった、スタンダードな企みには欠片さえも気付かない。
当然、渋沢に用事などない。あってもが絡むなら、死ぬかもしれないから行かない。
「ちゃんいっつも何処でお昼食べてる?」
「んー、呼ばれたトコ。主に弁当に嫌いな野菜類が入ってる人のところかな」
「アハハ、成程ね。ちゃん野菜は好きだもんねー。にんじんなんて人間の食べるモノじゃないと思ってたんだけどなー」
「アタシが人間じゃないって?」
「んー?そうだねー、羊ってところかなぁ?」
細くていかにも不味そうな羊なのにオオカミ達はソイツを狙う。
そんなイメージだろうか。
「藤代は犬だね」
「えー?」
「お手」
「ワン!」
ふざけての手に『お手』をして、またが笑うので藤代も笑う。
「じゃ、今日は約束ない?一緒に食べようよ」
「うん、いいよ」
やったぁと藤代は飛び跳ねてを驚かせた。
どうしてあそこまでぶつけられて判らないんだろう、とクラスメイトはイライラする。
そしてやってきたランチタイム。
勿論藤代は三上に報告してないし、も気付かない。
「ハイ弁当」
「どうも」
藤代は買ってきたパンの類を持ってきて、の前の席の椅子を拝借した。
「ちょっと揺らした」
「んー大丈夫」
が包みをほどいて弁当箱のふたを開けた。
成程。
オレンジのモノが7割は占めている。
「・・・藤代コレ食べれる?」
「食べれない。部活あるのにさぁ、俺が空腹でぶっ倒れたらどうする気なんだろうねキャプテン」
「全くだね。アタシには嫌いなモノは無理して食べなくても俺が食うとか調子のいいこと言っといて」
「えっ!?そんなこと言ってんのあの人」
「うん。前に作ってもらった弁当殆ど三上に食べてもらっちゃった」
「今度は俺が食ってあげるから呼んでねー」
「そうする。じゃ、いただきます」
「いただきます」
パンの袋をがさがさ言わせて藤代はパンを頬張った。
は綺麗な食べ方でオレンジのモノを減らしていく。
「よくここまでにんじんだけで弁当作れるね、あのヒトは」
「・・・美味しい?」
「美味しい。食べる?」
「ヤダ。俺人間だから」
「あ、コレ嫌い」
彼女が見つけたのは大抵の人は嫌いではない鳥の唐揚げ。
ご丁寧に渋沢キャプテン、自分で揚げている。朝練もあったはずなのに、いったい何時に起きたのだろうか。
「嫌い?あぁ、ちゃんベジタリアンかぁ」
「・・・藤代、あー」
「あ?」
あ、と口を開けた瞬間に、ソレは藤代の口の中へと消えた。
目撃していたクラスの女子が沸く。遠目には「はい、あーんv」にしか見えなかっただろう。
ゴクン、唐揚げを食べてしまってから藤代はしばらく視線を泳がせた。
「・・・平気?」
「何が?」
「えー・・・その・・・」
「―――――あぁ、イヤだった?間接キス」
好きな人の口からサラリとそんなセリフが吐かれた。
一瞬心拍数が上がる。
「いやっ、イヤじゃないけど」
むしろ嬉しいけど普通しないだろう、同姓ならまだしも。
かといって藤代が同姓としてみられているわけではない。
は誰に対してもこんな感じだ。彼氏である三上ならまだしも、渋沢まで呼び捨てにしているのはこの性格故。
只あまりにオープンで、男としてはちょっと悲しいこともある。
「もう一個」
「た、食べる」
口に入れられる前に藤代が弁当箱からつまんで食べた。
イヤではないがこの調子で付き合うと色々と保たない。
「渋沢にんじんまだあるかなぁ・・・」
藤代の複雑な感情にも気付かずに、キャロットケーキって食べたことないんだよなぁとが呟いた。
「それなら藤代でも食えるんじゃん?」
「えーでもヤダなー」
「渋沢のユニフォームってにんじん色・・・?」
の言葉に2人はぶはっと吹き出した。
特別面白い内容ではなかったのだが妙にツボをついたらしい。
自分の声がどれかすら判らないほど2人は大爆笑をする。
「は、腹イテ〜」
「にんじっ・・・じんじん色っ・・・!!!」
クラスがシン・・・としたのも、はじめから耳に入っていなかったので気付かない。
と言うか大爆笑していて気付くに気づけない。
危機がすぐ傍まで来ていたこと。
5メートル。
4メートル。
3メートル。
2。
1。
0。
「で?コレはどっちに言い訳させたら良いんだろうなぁ?」
気付いたとき既に遅し。
三上の笑顔が二人を見ていた。
「あ、三上。どうしたの?」
「・・・と言うことは藤代かぁ?」
笑顔だ。
ひたすら笑顔で、三上は藤代を見た。
「せ・・・せんぱ・・・・・・」
「・・・?」
状況はよく飲み込めないが、藤代の方が不利らしいと言うことはにも判る。
しかし手は依然として弁当をつついていた。
「ど、どの辺りから?」
「にんじん色」
とりあえず一息。
ソレより前だったら危なかった。三上に渋沢を仕向られていたに違いない。
「んー・・・三上、渋沢は?」
「あ?ああ、ちょいとクラスに犠牲になってもらってな」
「えー?」
やはり笑顔で三上は答える。は意味が分かってないが藤代は痛いほど判った。
極めつけに叫び声が聞こえた。空耳であってほしい。
藤代はキリスト教徒ではないが、犠牲者のために十字を切った。そして、自分の為。
「ん〜・・・あ、藤代が言い忘れてたんだ?」
行儀良く、が箸で藤代をさして言った。
「そっ、そう!」
女神の声に藤代が飛びつかないはずがない。
三上がチッと舌打ちをした。しかしすぐに笑顔は戻る。
「・・・何食ってんの?」
「渋沢のにんじん弁当。藤代にもらったの」
「ふーん・・・嫌いなモン入ってた?」
「藤代に食ってもらったよ」
「・・・もうない?」
「タブン。殆どにんじんだし」
「そうか。お前たまには自分で食えよなー、だから肉つかねぇんだよ」
「遠回しに胸ナイというのやめてください。三上はもう食べ終えた?」
「ああ」
食べ終わってるわけがない。
今までずっと待っていたのだから。
「・・・藤代ぉ、にんじん食ってみねえ?」
「えっ」
「一口ぐらい食べたって損はないぜぇ?」
「でっ、でもないしー・・・」
「未だ弁当箱に残ってるだろ?」
が三上の視線に促され弁当箱を渡した。
三上は利き手に割り箸を持っていた。何処から出したのだろう。ずいぶんと用意周到だ。
歯を使って綺麗に真ん中で割いた三上はを感動させた。彼女はどうやら綺麗に割れたことがないらしい。
「さーぁどれ行ってみようかなぁ〜」
「どれも遠慮しときますっ」
「いやいや、遠慮するな。折角渋沢がお前のために作ってくれたんだ、一口ぐらい食べないと失礼だろう」
「いやっいいですっ」
「・・・言うぞ」
「え?」
三上からついに笑顔が消えた。
「渋沢に『お前の作った唐揚げはが「はい、あーんv」って藤代に食わせた』って言うぞ」
「見てたんじゃないですかぁぁっっ」
「見てないけどの行動ぐらい読める」
「う゛」
自爆。
「はいっ藤代君、『あーんv』」
・・・・・・・・・・・・・・・。
その後三上は弁当からが嫌いだろうと思われるモノを、あえての使っていた方の箸で食べてから教室へ帰った。
どうしようもなくガキ臭くて、クラスメイトはコメントのしようもない。
再びにんじんを食べ始めたの前には大型犬の半死体。
「・・・そんなににんじん嫌い?」
「なんてぇかもう駄目〜〜〜」
半死体から情けない声が漏れる。
にんじんだけじゃない。
三上はああ言ったが、例え藤代がにんじんを口にしようがしまいが三上は100%一語一句違えずに渋沢に報告するだろう。
ああ、緊急に渋沢キャプテン部活に出れないー、なんてことにならないだろうか。
盲腸とか。蜘蛛膜下出血とか。何でもイイ。
そんな恐ろしいことを藤代はぼんやりとした頭で考える。
そうして迎えた本日の部活は、生憎監督も顧問もコーチも留守で、渋沢のやりたい放題だったとか。
次の日には筋肉痛でサッカー部員の半分が学校を休んだというのは確かではない。
それでも、帰ってからも寮の周りを延々と走らされた藤代の姿は今でも寮に語り継がれているらしい。
また後日。
「三上、財布忘れた」
2度あることは?
・・・ええと・・・。
ヒロインのキャラが妙・・・。天然書きにく・・・。
そして変態キャプが実は主役です(オォイ)。
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