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「甘いものは幸せの味がする」

ココアのカップを両手で包んだが呟いたのを聞き流しながら、三上は無心にMDコンポに向かっていた。借りてきたCDの録音をしていたのだが、途中でがリモコンを踏んでしまったせいで撮り直しだ。相手じゃなければやらせるところだが、メカ音痴を極めた彼女には触らせたくない。

「三上と竹巳は同じ歌を聞いてる」
「ふうん」
「好きなものが沢山あるっていいね」
「お前好きな歌はねえの?そういう話しないけど」
「音楽で習ったのしかわかんない。喜びの歌を練習中」

三上も去年同じ曲を習ったが、が歌いだしたのは随分とアレンジのきいたものだった。慣れない外国語はうろ覚えなのだろう。

「楽しい歌」
「……また、いちご狩りでも行くか?」
「うーん、あのねえ、お芋掘りに行きたい」
「芋……」
「サツマイモだよ。秋になったら渋沢が連れて行ってくれるんだって。三上も行こうね」
「あいつ……」

渋沢から執着的な愛を送られているカナメは全く気に留めていないが、彼氏としては厄介だ。渋沢がもう少しまともに片思いをしてくれるのなら問題はないのだが。 渋沢のことを考えるついでに笠井のことを思い出した。途端に気分が憂鬱になる。知らない歌に耳を貸しながらCDのジャケットを眺めているを見て溜息を吐きそうになった。────笠井はの誕生日を知っているのだろうか。幼なじみだというから、一緒に祝ってきたのだろう。

「────誕生日プレゼント、何がいい」
「え?」
「何か欲しいもん言え」
「でも、こないだお花もらったし」
「あれは別だ。春ならいつでもいいんだろ」
「いい、何にもいらない」
「何でもいいんだよ、俺の気休めだから。食べ物だろうが何だろうが」
「いい」

珍しく強情なを訝しがって顔を上げる。三上と目が合うとすぐに視線を落とし、こっちを見ない。

?」
「……大丈夫、幸せだから、欲しいものはないの」

照れたような表情が場違いに見えて、三上は眉をひそめる。どういう意味なのか考えてしまう。あまり耳に馴染まない、幸せという言葉の意味。

「……お前と笠井って、どういう関係なの」
「どうって、幼なじみ」
「違うだろ」
「違わない。今は」
「……
「わかんないんだよ。あたし妾の子ってやつで、自分じゃ何も決められないの」
「……いきなりヘビーな話だな」

は笑ってココアを口に運ぶ。嘘をついたことはないから、下手な冗談か真実だ。何も言葉は続かないから真実なのだろう。リアクションに困って三上は黙り込んだ。何も考えていないのだと思っていた。三上と比べれば悩みなんてないように見えて、そんなところにも惹かれていたのだろう。 初めて人に言った、が小さく呟く。そう簡単にできる話じゃねえだろ、三上が返すとは他人事のように笑った。溜息を吐いて思わず笑返す。

「三上が好きだよ」

ひとつだけ自分で決めたこと。三上には言ってやらないで、は甘い唇をなめる。三上のことだけは自分で決めた。だからこれ以上、ほしいものは何もない。

「じゃあお散歩行こうよ。いい天気だよ」
「散歩……」

複雑そうな表情を笑い、そばへ行って袖を引く。花冠作ってあげる、三上が嫌そうな顔をするのを承知で誘った。

 

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