「今日は監督も斎藤コーチもいないので俺が一応指示出します、まぁでも監督が普段どうしてるか知らないので基本的には自主的に動いて下さい」

何だか異様に見られている気がする。1軍の少年達を見渡し、三上はどうにか溜息を押し殺す。
武蔵森サッカー部のコーチと言えば聞こえはいいが、三上は普段は2軍3軍しかみていない。自分達の頃に比べたら十分だろう、少なくとも2軍が3軍をこき使っていたあの状況は改善されたのだ。
しかし…代わりにこの1軍の士気のなさはどうだろう。確かに自分達が中学の頃は調子に乗りすぎていたとは思うが。

「予定は?大会終わったしミーティングで何か出ただろ?」
「…あの、ミーティングやってないんで」
「そうなのか?…まぁいいか、予定ないならミニゲームでもするか。こないだのスタメン対控え。お前らのコンデションわかんねぇから、とりあえずジャンケンでも何でもいいから控えから11人」
「えっ、すぐですか?」
「何だ?」
「体操とか、」
「…まだか?何だよ、俺来たの遅れただろ?集まって何してたんだよ」
「…」

ちらちらと周りを伺い合う視線にうんざりする。

「あ〜…じゃあ今から体操。声かけは宮城」
「俺ッ?」
「お前普段から声足りないから。俺ちょっと3軍見てくるわ、すぐ戻る」

困惑する部員を残して三上はそこを離れた。頭痛がしそうだ。
自分の記憶とはかなり様子が変わってきている。桐原のときはもっと部全体のムードもパリッとしていたと思うのだが。

「お前ら体操終わったか〜?」
「あ、コーチおかえりー。外周終わってこれからストレッチ」
「んじゃ丁度いい、あっち行って1軍と一緒にやるから移動」
「1軍とッ!?」
「2回も指示出すのめんどくせぇだろ。あいつらにミニゲームさせるから見てろ」
「おっしゃ!試合だと近くで見れないもんな〜」
「観戦すんじゃねーぞ、偵察だ」
「はいはい」
「あ、東野!2軍にミニゲームしろって言っといて!あとで見に行く!」

2軍の部員を捕まえて、すぐに彼を送らせる。

「コーチ忙しいな〜」
「忙しいよ…ったく、俺ふられたらテメェらのせいだかんな、デートも出来ねぇ。
 ───ようし1軍!体操終わったな!3軍隣に入ってストレッチ。声かけは最近彼女が出来た相沢く〜ん!」

3軍の部員が何か真っ赤になって言いかけたのを、三上は笑ってやり過ごす。

「こ…コーチ!」
「何?」
「3軍も一緒ですか?」
「一緒。不満か?」
「…」

あからさまにはしないがそんな雰囲気。3軍も居心地の悪さを感じて躊躇している。

「…まぁいいや、俺が声かけるわ。はい座ってー、前屈ー。1 2 3…なんだ1軍体堅いな、4 5 6…」

部員の間をぬって歩きながら、気になった部員の背を押していく。

「次、両足開いてー、右手は左の股に載せたまま、左手で右の爪先に触ってー。ちゃんと耳の後ろから腕回してー、1 2…」

あちこちから悲鳴が聞こえるのを笑いながら、三上はやはり手を抜いている者を見つけては注意していく。普段しっかりやっていないのだろう。

「次反対!1 2…おい1軍普段ちゃんとやってるか?3軍見てみろよ」
「だって三上コーチ体操ばっかだしな」
「ばかか、準備体操もちゃんと出来ねぇやつが強くなれるかっての。次腹筋20回ー、号令返してこいよ。1…1…いーち」

返ってきた声がまばらで、三上は何度か1を繰り返す。人数の半分ほどの声しか聞こえない。途中で2軍を見に行こうと思っていたが、どうも不安だ。

「…1軍だけ声返せ、ハイ1…2…2…やる気ないならもういい、ハイ3軍、1 2 3 4…1軍も腹筋はやめるなよ。橋本号令任せた、俺2軍見てくる。終わったら校門前集合」
「! コーチ、俺ら外周終わったって!」
「もっかい。さっきちらっとテニス部見かけたからうまく行けばスコート集団拝めるぜ」

3軍を冷やかしながら三上は彼らの間を抜けた。
───疲れた。監督は普段何をしているのか。どうも三上は好きになれない男だったが、この様子では大した男ではなさそうだ。

(桐原泣くぜぇ〜…)

 

*

 

「…おーい…号令しょぼいなー、気張れよキャプテン」
「ッ…」
「あっコーチきた!おいコーチも一緒に走ろうって」
「俺はもう年だからいいんだよ」
「そんなこと言ってスタミナねぇと彼女にふられるって!」
「いいんだよスタミナじゃなくてテクで勝負すっから」
「うわっコーチ最低!」
「ハイ三上コーチ号令〜!」
「あー、もーお前ら嫌い。一般道通ってんだから広がるなよー。ごうれーい、」

先頭切って走り出した三上に困惑しつつ、1軍も3軍と声を返す。
今まで監督やコーチが一緒に外周を走ったことはない。見ていないことの方が多いので、自然とさぼりがちになっていた。
ふと前方に、やはり外周中らしい女子の集団が現れる。
お、三上が号令をやめて、前の集団に声をかけた。

「よぅ、バレー部大会一位だって?」
「あっ、三上コーチじゃん〜久しぶり〜!最近見ないからクビになったのかと思ってた!」
「何でだよ、こんな真面目な俺知り合い連中が気味悪がるっつの」
「ほら、生徒に手ェ出したとか」
「男にかよ」

三上は最後尾の女子に並んで走る。後ろを走っていた部員はそれを見ていた。

「…コーチ喋りなから走ってんだけど」
「つか女子って外周してんだ?」

「…三上コーチー、今日人数多くない?」
「あぁ、1軍一緒だからな」
「1軍?え、いつも走ってんの1軍かと思ってた」
「ちげぇよ、いつも走ってんのは下っ端の3軍」
「まじで?なんだぁ。そうだよね〜、三上コーチみたいなヘタレが1軍見てるわけないか〜」
「なっ、ヘタレっ…」
「あっ、ナツコ、外周終わるよ」
「まじ?あたしコーチと一緒にもっかい走ろっかな〜」
「まじで〜?じゃあ号令かけてよ」
「え〜」
「こいつら気合い足んねーんだもん。ダッセーの」
「ちょっ、コーチッ!?」
「自覚なしかお前等」
「あっ高橋君だっけ?」
「いや、こっちの兄貴の方。いつもの弟は3軍だから」
「あっほんとだ、気づかなかった。弟とそっくりだねー高橋君」
「え、あぁ…」
「なんだ高橋、いつものお喋りはどうした?」
「ッ、…」
「三上コーチが高橋君いじめたー」
「俺かよ。あ、じゃあ俺ら外周終わるから」
「あっ一緒に走っちゃったじゃん!コーチのバカ!」
「知るか!次の大会いつ?」
「来週!見に来てよ〜差し入れ持って!」
「俺もデート返上で部活ですー」
「あはは彼女かわいそー!」

バイバーイとバレー部と別れ、三上は校門を曲がる。
あとから続く部員の多さにうんざりしながら、三上は歩いてグランドへ戻るよう指示を出した。
ぼそぼそと何か話す高橋達に気付き、三上は困って顔をしかめる。

「…コーチっていっつもあんな感じで外周してるんですか」
「…監督には黙ってろよ」
「…」
「めんどくさそうに走ってんの見てると嫌になって、いっぺん声かけたら懐かれた。なんで女子ってあんだけ喋りながら走れるんだろうなぁ」
「…コーチも喋ってますよね」
「…俺の体力を女子中学生と一緒にすんなよ。あんな走ってないような速度」

三上コーチ、と戻ったはずの3軍が戻ってくる。高橋の弟の方だ。

「1軍グランド使うんスよね、さっきビブスとってきたけど他になんかいる?」
「あー…いや。俺ってなんでガキに懐かれてんだろうなぁ」
「ガキって俺!?」
「自覚があるならいいんだ」
「ガキじゃねーし。そういやさー、さっきの外周、ペース遅くねぇ?」
「あぁ、1軍に合わせてたから。先頭で女子バレー部に会ったしな」
「えー狡いー。短パンだった?」
「ジャージ」
「じゃあいいや」
「エロガキが」
「三上コーチよりましー」
「おい、お前らもいくぞ。1軍いねぇと話にならねぇ」
「…、」

彼らは顔を見合わせた。

 

*

 

「はいそれでは本日は1軍の方々によるミニゲームでした〜。3軍は最後に各個人、感謝の気持ちを込めて片付けお願いしま〜す。
 遅くなったから寮には俺が後で賄賂持ってごまかしに行きますがー、極力早く帰って下さい。寮母さんに心配かけたやつは俺がしばきます」
「コーチいっつもそれじゃん」
「えー、俺らのとき寮母さんと賭けてたんだけど。門限間に合わなかったら廊下掃除」

下校時刻告げる放送の中、1軍達はそれぞれ顔を見合わせた。
3軍を解散させ、帰っていく部員の中で数名ためらったように待っている。どうした、声をかけてやるとまた困った顔をされた。

「…コーチって武蔵森だったんですか」
「……凄い今更な質問有難う。俺がいかに存在薄いか身に染みた」
「じ、じゃなくて!その…監督が、弱いみたいなこと言って…」
「あ〜…まぁ強くはねぇな、女子にヘタレとか言われるし。一応中学は10番背負ってたんだけどな…つか監督に至っては同じチームだったんだけどなぁあのおっさん…いやいや監督殿…」
「…」
「10番だったんですか、」
「まぁなぁ、高校は水野に取られたけど」
「水野ッ!?って!」
「…ソノ水野」
「同世代!?」
「…イヤイヤながら」
「え、じゃあ三上コーチって藤代選手の頃の10番スか?」
「お前らなんでそんな過去の情報知ってんの?何、高橋あの駄犬のファンとか言う?」
「駄犬って」
「馬鹿代。食えばこぼすわ歩けば壊すわ、ロクなやつじゃねぇ」
「…そうなんスか」
「ほら着替えてこい、話があるなら帰りながら聞いてやる」

ほらほらと追い出し、三上は溜息を吐いた。
監督がロクでもないのは承知していたが、これは問題だ。

(「言うことを聞く1軍」作ってんなあのおっさん…)

道理で実力のあるのが2軍に紛れてるわけだ。どうもすっきりしない。
片付けも着替えも終えて、3軍の部員が入れ違いに戻ってきた。

「コーチ帰ろー」
「おぅ、お前ら着替えるの早いな。ちょっと待ってろ、お前んとこの兄貴とか待ってるから」
「コーチまめだよな〜、いいじゃん寮母さんに挨拶なんか、コーチの仕事じゃないだろ」
「いやいや、大会までたっぷり時間あるのに毎日遅くなるんだから一度ぐらいはよ」
「げっ、また延長とかすんの!?」
「折角ナイター出来るんだし。いいな〜、俺らはなかったからよォ」
「いいじゃん〜、彼女ほったらかしてるとふられるよ」
「三上コーチ彼女いんのっ!?」
「まじっ、写真とかねーのッ写メとか!」
「ないない。あんな不細工の写真持ち歩けるかっての」
「えー、ぜってぇ嘘だし。美人なんだろー」
「ほんとだって」

「あーそんなこと言って〜、彼女に言いますよ〜三上コーチv」
「ッ!?」

物凄く、聞き覚えのある声に、三上は慌てて振り返った。
校門の外にいるのは自転車に跨った男で、元後輩で、…恋人、と言う間柄の。

「た…タク…」
「あ、既に捨てられる直前でしたっけ?はいこれー、彼女さんから預かってきましたv」

はい、と差し出されたのは、…家の鍵だ。
三上が受け取れないのを強引に押し付け、それじゃ、と笠井は自転車で去っていく。

「………コーチ?」
「……」

 


・・・続くんですけどね、未定。
運動神経の備わってない身で書いてるのであれ、色々と誤魔化し。
じゃりんこの書き分けする気(力)がない・・・

041120

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