「……初江さんッ!?」
「あら、三上君?」
「えッ…嘘ッ、まじでッ!?」

賄賂と称して職員室から持ってきた菓子類を手にしたまま、三上は寮母を前に硬直した。
三上コーチ?不審に思った部員たちはそれをつつく。

「え…え〜…うわ、まだやってたんだ?」
「当然よ、三上君がコーチに来たのも知ってたんだから」
「何だよ早く言えよお前ら!」
「何がだよッ」

とばっちりで殴られた隣の部員は慌てて三上から逃げた。珍しく興奮した表情の三上は、普段知るコーチの姿ではない。尤も普段からコーチらしくはないのだが、それ以上に自分たちに近付いている気がする。

「相変わらずね」
「え…あ〜…お、お久しぶりです…」
「やあね、かしこまっちゃって」
「何だよコーチ、どうしたの?」
「や、だってさ…なんか…なんつーの?結婚相手の両親に挨拶に来た気分…」
「何それ!」
「コーチ おばちゃん知ってるの?」
「知ってるも何も、3年間世話になったっつーの」
「……あぁ、コーチ森だったんだっけ?」
「…お前らなんかむかつくな」
「まぁ私もそろそろ辞め時かしらね、…あなたたちの世代ほど忙しくはないけど」
「イヤあの、その辺はすいませんほんとに」

昔話を始めそうな寮母に焦り、三上は持っていた菓子類を押し付けた。

「えーと、こいつら遅くなってすいませんでした」
「あら、わざわざそれを?ほんとに律儀ね。だっていつもより早いぐらいよ」
「え?だっていつもより部活時間延びて………お前ら」
「あッ、い、いや!なんもしてないって俺ら!」
「そうそう!今日はコーチが早足だったから早くついたんだって!」
「ふざけんなよお前ら!何人門限守れなかったか外出届け出してないかってがっちりチェックされてんだぞ、わかってんのか。それ悪くなると寮の待遇変わって来るんだぞ、クーラーの修理なんか秋だぞ!」
「三上君が言うとリアルよね…」
「……あの時はご迷惑をおかけしました…」
「コーチ何やったんだよー」
「何だよコーチ、悪いことしたんだー」
「うッ、う、うるせぇよッ!今はお前らの話だ!」

一度脱線した話は戻らない。真っ赤になって追及を逃れようとする三上は、絡んでくる部員たちを寮へと押し込んでいく。

「いッ、いいか!俺のは本気で悪い例だから絶対真似すんな!初江さんも手口とか絶対喋んなよ!」
「あなたたちほど徹底したこと誰もしませんよ」
「そ、それでも!」
「あははッ、コーチなんか可愛い〜」
「ざけんな佐竹ッ、お前明日酷いぞ!」
「うわッ職権乱用!!」

げらげら笑いながら部員たちは部屋へ逃げ帰っていく。
畜生〜〜〜、自らの失態を嘆きながら、熱くなった体の熱を逃がそうと袖をまくった。
三上をからかっていたのは3軍辺りで、1軍の部員たちはあっけに取られて立ち尽くしている。

「…三上君、元気?」
「あ、はぁ、この通りです」
「そうね、元気そう。他のみんなは?」
「他のも。渋沢と藤代はわかるだろうけど、あの…他の奴らも、たまに集まってサッカーやったり、飲んだり」
「そう、…やっぱりあなたたちは黄金世代と言われるだけのことはあったわね」
「え?」
「もう数え切れないほどサッカー少年を見てきたけど、あなたたちほど仲のいいのは滅多にないわ。お友達は大切にね」
「それは勿論。 …初江さんも、全然変わってないみたいで」
「そうね、年取る暇がないほど忙しいもの。 ご飯は?食べていく?」
「えッ!そ、そこまでは!」
「だってひとりやふたり増えたところで変わらないわよ。あなたはよく知ってるでしょ?しょっちゅうお友達連れてきて」
「……だから…そういうことこいつらには言うなよ…?尻拭いは初江さんが」
「あら、わかっててやってるんだと思ってたわ。私はそれが仕事なのよ」

悪戯っ子のように彼女が笑い、三上はつられて顔をほころばせた。その不意に見せた幼い表情に、部員たちに少なからずの動揺が走る。

「…はは、ほんとに変わんねェ。晩飯は?」
「とんかつ」
「あぁ、それは頂きます。ここんとこまともに肉食えてないんで」
「またそんなこと言ってる。体が資本よ」
「はいはい」
「サッカーもいいけど早くお嫁さん貰いなさい」
「…初江さんフリーだっけ?」
「それは中西君の専売特許ね」
「ほんとに記憶力いいな〜。 …お前ら何してんの?まさかお前らの部屋玄関じゃねぇだろ?」
「ま、まさか!」
「お邪魔しまーす。あ、なんか気色悪ッ、やっぱただいまだ」

ただいま、と改めて言い直して、三上は寮に入っていった。お帰りなさい、と寮母は笑って三上を迎える。
勝手知ったる、とばかりに三上は食堂へ向かっていった。少し浮かれた様子でもある。

「…さぁ、あなたたちもお帰りなさい。早くしないと三上君の独壇場になってしまうわ」
「あッ…た、」

ただいま、を。
言うのはいつ振りだろうか。

 

*

 

「おばちゃーん!なんでこの人いるのッ!?変質者!?」
「うるせぇな、大体おばちゃんって呼ぶな」
「だっておばちゃんはおばちゃんじゃん、あッ、また肉とった!」
「コーチ卑しいよ!」
「あのな、俺がお前らにどれだけ苦労しようとも薄給に代わりはねぇんだよ。少しぐらい還元しやがれ」
「おばちゃんこいつ追い出していいッ!?」

三上と部員がどれだけ揉めようが、寮母は笑って給仕を続けるだけだった。遠めにそれを見ている1軍たちの様子にも気付いている。

「三上君、育ち盛りからそんなことしないで。こっちにまだあるから」
「いやいや、俺もまだ育ってんだよ。まじで、背ェ伸びたし」
「後で測ってみる?まだ残ってるわよ」
「…まじで?金ないんだな〜寮も…」
「そんなことないわよ、トイレは綺麗になったし。ほら、藤代君が始まりでしょ?折角だから残してあるのよ」
「観光スポットにでもする気か」
「何?何の話?」
「…自習室に、木の柱があるだろ。あれで背比べしてたんだよ。渋沢のとか残ってるはずだ」
「まじでッ!?俺自習室行ったことない」
「はぁッ!?お前そんなんだからテスト酷いんだよ!だからサッカーもうまくなんねぇんだ!」
「関係ねーだろッサッカーは!」
「あのな、勉強ごときできねぇやつがサッカー上達すると思うな。あ、藤代は別」
「またそんなこと言って、あなたも人のこと言えないでしょ、国語殺人的じゃない。藤代君だって頭の悪い子じゃないわよ」
「国語殺人的だったのは中西。藤代の頭いいってのは、チンパンジーが釣りをするって意味での頭いい、だよ」
「三上君も似たようなものだわ」
「……」

笑いながら寮母は他へ回っていく。今日は三上が居るせいなのか、いつもより静かだけど騒がしい、と誰かが言った。
かなわねぇな、三上が溜息を吐いて苦笑する。

「…なー、三上コーチおばちゃんと仲よかったの?」
「よかったっつーか…そういうもんじゃねぇだろ、おかんみたいなもんだし」
「そうかァ?おばちゃんうるさいし、なッ」
「そうそう、細かいこと気にしすぎだって」
「…まぁお前らなら普通そんなもんか。つっても俺らも初めそんなもんだったけどな。でもたまによく気を付けて見てみろよ、有難さがわかるから」
「…コーチじじくさい」
「…悪かったな。初江さんはなー、俺らのアイドルだった…」
「は?」
「あれ?コーチボケた?」
「何抜かす。むっちゃ可愛くねェ?」
「いや別に」
「わかんねーやつらだな。いいよ、初江さんの魅力はわかんなくて」
「老け専?」
「あ、だから三上先輩彼女見せたくねーんじゃねーの?すっげーおばさんとか」
「…………わ…忘れてた…」

箸を握り締めて三上は硬直する。ポケットに入れた鍵を思い出した。

「やっべー…どうすっかなァ、鍵ってこたァあいつ帰る気ねぇんだろ…?どこ行きやがった…」
「あーあ、捨てられたねコーチ」
「いいんじゃん?コーチにはおばちゃんがいるし」
「そもそも誰のせいだと思ってんだ、アァ?お前代わりに俺の彼女になるか?」
「キショッ!変態!警察呼べ警察ッ」
「思春期の同性愛なんて一時の気の迷いだぜ〜?通過地点だぜ?」
「変態ッ!」
「何何ッ、それ何、コーチホモなの!?」
「……どうしてそういうとこ行くわけ。因みにな、ホモの奴居たら、大抵初江さんにはばれてるから覚悟しろ」
「え!」
「え、お前ホモ?」
「違うけど!どういう意味だよ」
「星の数ほどの男を知ってるからな、あの人は…」
「誤解を招く表現はやめなさい! お味噌汁のお代わりは?」
「いただきます」
「んで、コーチ彼女はどうすんの?」
「……どうしよっかなーまじで…」

味噌汁をすすりながら三上は思案した。このままストレートに謝って許してもらえるだろうか?しかしすぐに追えなかったのは痛手だ。とはいえ説明すれば分かってはもらえるだろうが…

「…あ」
「どうしたの?」
「…初江さん、今度ごっそり人間連れてきたらヤバイ?」
「……そうね……物置の整理が」
「うわッ抜かりなし…」

 

*

 

「…だってしゃーねぇだろお前…」
「…よりにもよって不細工とか言うことないじゃないですか。すいませんね不細工で不器用で」
「不器用は言ってねぇよ…不器用だけどアイタッ」
「三上土下座しろ土下座」
「笠井ほんとに三上捨てちゃえ!」
「酔っぱらいは黙ってろ!」

中西宅に集まって宴会中、三上は帰ってきたジャージそのままで笠井に手を合わせた。際限なく酒をあおる笠井は怖い。
血の気の引くような額の部屋に住んでいるので中西の部屋は広く、軽く同窓会のノリで懐かしい顔ぶれだった。因みに三上に誘われた記憶はない。

「どうぞ俺みたいな不細工捨てて中学生と仲良くして下さい」
「竹巳〜…」
「不細工はないよねぇ、いくら性別ごまかすためとは言え」
「言っていいことと悪いことがありますよね!」
「ねぇ」
「中西先輩ー!」
「よしよし。大体三上フォローにくんのも遅いし」
「…しゃーねぇだろ、寮まで送ってたんだからよ…お陰で寮までガキに慰められっぱなしだ」
「自業自得だろ」
「…」
「しかし三上がコーチねー、やだな〜」
「テメェのコーチするわけじゃねぇよ」

近藤から酒を奪って飲み始める。中西はわざと不機嫌な表情をつくってみせ、金払えよと言い放つ。

「どうなんだよ今の森」
「…はっきり言って俺らのときほど力はねぇ」
「監督が無能ってのは事実か」
「今日初めて1軍の練習見たけどやる気ねぇし体かたいし」
「…亮さんは3軍見てるんですよね、そこは?」
「あいつらはアホばっか。でも力はついてる」
「それ何?自意識過剰?」
「お前らな…」
「中西 皿は?白い、長いの」
「……あ、割った」
「…お前ッ…」

台所でなにやらごそごそしていた辰巳は力をなくして壁に寄りかかる。辰巳も居たのかと三上は初めて気付いた。これで渋沢か藤代でも居れば具合がよかったのだが。

「割ったも何も、あれは俺のだろうが」
「うんごっめーん、言おうと思って忘れてた。何?なんか大事だった?まさかね、お前大事なものうちに持ってこないもんね」
「よくわかってるな」
「あれッ否定してほしかったのにな」

口を尖らせた中西を無視して、辰巳は他の皿につまみを載せて持ってきた。ちらりと三上を見て、少し顔をしかめる。

「お前何か企んでるな」
「…お前中西と付き合い始めてから鋭くなったな」
「何を企んでる?」
「……合コン的なもの?」
「マジでッ!?」
「あ、お前食いつかなくていいから」
「ひでぇ!」

三上が近藤に向けてしっしっと手を払った。

 

*

 

「んー…まぁ合コン的といえば合コン的?」

グランドを眺めて中西は笑う。近藤が騙されたと呟いた。
武蔵森サッカー部専用グランド。ここに立つのは何年ぶりになるのだろうか、ましてや中等部の方へ。

「懐かしいな」
「お前ひとり変わらなくて気持ち悪ィよ」
「背は伸びたぞ」
「もう伸びるなよ!」

渋沢と三上の掛け合いに中西は笑い声を上げた。変わらないのは三上も同じだが、渋沢はそれ以上に変わりがない。

「んで?今日は何するつもりなの、三上コーチ」
「サッカー部のOBが野球教えるわけねぇだろ?」
「だろうけどねー。見返りは?」
「昼飯にプレゼントつきで」
「何それ」

折角早起きしたんだけどなぁ。中西はグランドを見て溜息を吐いた。早い3軍のメンバーがグランドの準備をしていく。

「辰巳もこないし」
「あいつは終わってから来るって」
「大変よね、医大生」
「他は?」
「笠井と藤代は後から一緒に。昼頃来るって。根岸も誘ったけど仕事、大森も高田も仕事。間宮は海外な」
「…俺間宮は占い師になると思ってたな〜、テレビであんた死ぬわよ、とか言うの」
「何で間宮がオネェなんだよ、中西ひとりで十分だ」
「あら失敬ね、俺だって間宮とキャラ被るぐらいなら変えるわよ」
「例えば?」
「…頭軽い男とか」
「今でも十分軽いだろうが」
「近藤に言われたくないなッ、いつまで経っても合コン続きでみっともない」
「誰のせいで振られたと思ってんだよ!」
「近藤のせいでしょうが」
「〜〜〜〜〜!」
「…中西…お前近藤までいじめてるのか…」
「近藤までって、渋沢までいじめた覚えはないわよ」
「いいやあれはいじめだ」
「何があったよ渋沢…」

三上が立場も失念して騒いでいたせいか、部員たちが傍へ寄ってくる。あぶねッ、と渋沢を振り返らせて木の影に押し込んだ。三上、それはないよ。中西が笑う。

「コーチ、誰ですか?」
「俺の元チームメイト。今日も監督いねぇし、こないだ俺ひとりじゃ手がまわらねぇことははっきりしたから手伝いだ」
「まじで!?どこまで本気!?」
「なんだよ近藤、ここまで来て逃げられると思ってんのか?」
「お…俺の休日…」
「えー、この俺に中学生の相手をしろというの?」
「中西には期待してない」
「あぁそれはよかった」
「……」

部員の怪訝な表情に中西は笑い返す。他人が見れば爽やかな、彼の人となりを知る人が見れば邪悪なそれ。

「サッカーは教えないけど三上の恥ずかしい話ならいっぱい知ってるよ?」
「!!」
「中西!」
「高校のときに先輩に迫られてたとか…あいたッ!お前手ェ早いよ!」
「お前に言われたくねぇ!」
「俺の手は違う意味で早いんですー」
「自分で言うか」
「こんなこと言ってるけどねぇ、こいつが今付き合ってる奴俺が好きだった人よ?あ、振られたんだっけ?」
「頼むからお前引っ込んでて」

一気に三上を疲れさせた中西はやっぱり笑い、冗談よ、と切り返す。
3軍より遅れてグランドに出てきた1軍2軍の他の部員たちも何事かとそろそろと寄ってきた。

「あ、あの辺1軍な。そこは後ろののっぽに任せるから、近藤3軍。中西は口閉じて座ってろ」
「あー、マネージャー的なことでもしようか?」
「うん、座ってて家庭科1の中西さん」
「中西…?」
「うん?」

ふっと中西が振り返った先、1軍のメンバーである高橋が居る。不意をつかれたせいか一瞬怯んだが、それでも中西の顔を見た。

「こ…コーチ、この人って、森の7番だった?」
「おー、何で知ってんだ?」
「お、俺昔の試合のビデオ持ってて…」
「げ、そんなの出回ってんの?」
「ちゃんと三上にモザイクかかってる?」
「お前だろうが!」
「ワタシは素っ裸で走ったりしてなくてよ」
「俺だってしてねぇよ!」
「わ、すっげ…俺会えるなんて思ってなかったから、」
「…俺そんなに感動的なことしてたかしら」
「つーか中西のはいっつもせこいよな。あぁ、そうか。そういや高橋の遣り口たまに中西に似てるな」
「えー、そんな卑怯な真似今から覚えてるもんじゃないわよ」
「お前が言うなよ」
「ブッ…」

突然誰かが笑い出す。部員たちはきょとんとした表情で三上たちを見比べるが誰も笑っては居ない。
三上が溜息を吐き、近藤はしゃーねぇだろと笑った。

「ったくよー…何?ほんっとお前の笑いのポイントわっかんねぇ…」
「いや、その…お前らほんとうまいな」
「お前がつまんねーことで笑いすぎだ」
「こらえたんだが」
「もっと堪えろ!もうちょっと後で引っ張り出そうと思ってたのによ」

何?部員の間に走ったのは若干の不安で、三上は仕方なく渋沢を木の後ろから引っ張り出した。半笑いなので情けない表情だが、そんなことに関わるほど余裕のあるのはいなかった。

「しッ……」
「渋沢選手ッ!!?」
「渋沢以外の何に見えるんだよ」
「鳴海じゃない?」
「いや…それはないだろ」
「真面目にボケんな」

三上たちの会話もよそに、部員たちはますます興奮していく。
なんたってそこに居るのは世界の渋沢。キーパーでなくともその落ち着きや実力はサッカー少年の憧れの的にある。事実、更衣室には彼の切抜きが飾ってあったりするのだ(因みに三上は知らなかった)。

「な、なんで渋沢がここにいんのッ!?」
「あのな、俺と藤代が同世代ってことは渋沢もだろうが」
「三上コーチ…!俺初めて尊敬する!」
「初めてかよ!」

「…渋沢、今ならひとりやふたり、お持ち帰りが可能だぜ」
「いや…中西じゃないんだから」
「お前言うね…」

部員たちの喧騒を裂くように、三上が笛を吹いた。完全に静かになるまで吹き続ける。それからゆっくりと渋沢の腕を取り、

「整列」
「え…」
「即刻整列しないとこの場で渋沢帰らせる」

三上も大概鬼なんだよね。
一応鬼畜で通ってたからな。
ふたりの背後で中西と近藤はしみじみと語った。

 

*

 

「あー、楽」
「…うわ〜…渋沢のラジオ体操なんて何年ぶりだよ…」
「相変わらず近所のおじいちゃんって感じ?」

見事な動きの部員と、前でラジオ体操をする渋沢に3人で笑う。過去には自然な光景だったのだが、改めて成人した後となるとラジオ体操もなんだか滑稽だ。
更には部員たちのあの緊張。あれではほぐれるものもほぐれまい。

「…まぁ…このあと筋トレさして、外周すりゃいけるだろ」
「怪我人出たらどうすんのさ」
「渋沢が保健室に連れて行く」
「あぁ…解決しそうね」
「する」

そして再び渋沢を見て。
3人はやはり吹き出した。渋沢もやりにくそうに苦笑して、途中で中断して戻ってくる。

「お前らな…」
「おいおい渋沢コーチ、職務放棄か」
「それはお前だろ」
「しゃーねぇ。じゃあキーパー続きで高梨、お前ラジオ体操続行」
「は、はいッ」
「ラジオ体操終わったら西川、あ〜…西川悟の方、筋トレの号令かけて。終わり次第4人から6人ぐらいで組み作って校門集合! …何やってんだよ、お前らも」
「あ、やっぱり?」
「たりめーだ。近藤特にな、また捻挫すっぞ」
「うっせーな…」

部員たちから離れたところで準備体操をする大人たちは異様だ。不審にすら思えるそれから視線を外せずに見ているが、彼らの姿勢はしゃんとしている。筋トレにしても指先まで意識した動きだ。

「よし、外周だな」
「…アレやんの?」
「やる」

近藤が苦笑しながら靴紐を結びなおした。やる気満々じゃねぇかと三上は笑う。
校門では何人かずつ固まって指示を待っている。その間にも渋沢へ視線は集中しきりだ。

「懐かしいな」
「渋沢が言わないでくれる?一気に年食った気になるから」
「……お前ら俺が傷つかないと思ってるだろ」
「思ってるよ」
「……」
「よし、グループ出来てんな。3軍の奴は知ってると思うけど、今からそのグループで競争してもらうからなー。距離は外周3週。勝負だからってムキになって歩行者にぶつかるなよ」
「コーチ、1位は?」
「1位は渋沢選手と握手させてやろう」
「!」

うろたえたのは渋沢で、部員たちからは歓声が上がる。
まずグループの半分な、と三上は適当に人数を割って、半数を先に出発させた。ご褒美があると分かっては、彼らの迫力もひとしおだ。

「じゃあ後の半分は、悪いけどいっぺんグランド戻って。渋沢選手がキーパーやってくれるからシュート練習」
「お前なァッ!」
「やだー渋沢選手怒らないで。ファンが見てるわよ」
「中西も人事だと思って…」
「人事だものね」
「……」

ほらほら俺も行くから、と渋沢を押して中西はグランドへ向かった。
やや不満そうな表情を見せた渋沢だが、いざ準備が済んで始まると本領を発揮した。相手が中学生などという油断は欠片もない。
大人気ないなぁ、と中西は笑い、部員に混じって順番を待つ。長身の中西はその中で酷く目立つ。渋沢もそれに注目していて、順が回ってくるといっそう警戒を強めた。今のところ、当然ながらゴールを許していない。

「ふふーん、久しぶりじゃないのーこれ」

流石に緊張する。その上で笑いがこみ上げてきて、中西は足元のボールを往復させる。
ようし、と呟いて、中西は数歩下がって走り出した。ゴールに向かって詰めていく。
中西の癖は知ってる。蹴る位置もタイミングも方向も。
ボールが大きく飛んだ瞬間、渋沢もそれを追って飛んだ。

「なんちゃって」
「あッ、」
「ゴーーール!!」

中西から受けたボールを、近藤がゴールに押し込んだ。両手を挙げて、近藤と中西は手を合わせる。

「おぉッ…お前らッ…!」
「やぁだv怒らないでv」
「そうそうvハンデじゃんvプロだろお前」
「お前ら何遊んでんだよ、練習だっつってんの!部活の邪魔すんな!」
「やだなー三上も、これぐらい予想してくれなきゃ」
「…そうだったな、俺が迂闊だった。おら残り半分、外周して来い!栄光なる1位の方々は渋沢選手のお傍へどうぞ」

歓声の元、渋沢は一気に部員たちに取り囲まれた。実際1位ではなかった部員も混じっているが、三上は分かっていて何も言わない。

「なぁ、思ったほど時間かかるんだけどなんで?」
「お前が遊びすぎ」
「もう昼じゃん、午前中にミニゲーム入ろうと思ってたのによ」
「お前が不手際なんだよ」
「お〜〜ほら昼じゃねぇか」

三上の携帯が鳴り出した。ストラップを引っ張ってそれを取り出し、電話に出る。

「…おぅ、今どこ?…そこまで来てんのかよ。了解。ついでに外周してる奴ら回収して来い」

一言で用事を済ませ、三上は携帯をしまって肉団子になりつつある渋沢を見た。どうも救出は難しい。

「何?今の電話」
「あぁ、藤代」
「もう来るって?まぁたうるさくなりそうだなー、いろんな意味で」
「色んな意味でな。おーい、お前らそこそこにしとかねぇとそいつ故障すっぞ。聞こえねぇか」
「今なら渋沢の毛も売れるな」

校門の方から騒ぎが聞こえてきた。藤代だなと一発で分かる。
みかみせんぱーい、と叫ぶ声が徐々に大きくなっていった。

「三上先輩ッ!お久ー」

キキィッと三上の前で自転車を止めて、藤代は自らちゃきーん、と効果音を付けてサングラスを上げた。似合ってねぇよと近藤が呆れる。
ずいっと藤代は三上の前に、ラップで包まれた規格外のおにぎりを突き出した。

「はいっお昼ごはんの配達です!愛情たっぷり山賊おにぎり」
「へたくそ、なんか色々はみ出てんぞ」
「はいはい悪かったですねー不器用で」
「……か…笠井さんも一緒だったんですね…?」
「はいはいへたくそで不細工なおにぎりは食べなくても結構です。中西先輩どうぞv」
「いやいや…これはない」
「いや俺もこれはないかなと思いました。でも中西先輩にまで拒否られるなんて思ってませんでしたけどね…」
「あ…うん、ごめん。俺も空気が読めてなかった」
「いいよ空気とか読まなくて」
「いつも読めてない近藤には言われたくないな」
「読みたくねぇんだよお前らの空気はよ!」
「それは同感だ」

大量のおにぎりが入っているらしい袋を提げて、笠井に続いて辰巳がきた。不意打ちの登場に中西が一瞬悲鳴を上げる。辰巳はそれに頓着しない。

「…何?」
「いや…最近辰巳に会う機会少ないもんで、不意に会うとこう…動機がね」
「お前そんなキャラじゃねーだろうが」
「失礼ね、近藤よりは繊細よ」
「どう考えても俺の方が繊細だろうが」
「口は動かさなくていいからこれ持ってくれ、あっちにまだあるんだ」
「ご苦労さん。本日のメインディッシュは?」
「メインディッシュはないだろう」

辰巳は苦笑しながらおにぎりの入った袋を三上に渡した。残りのおにぎりを取りに辰巳は戻っていく。
そのメインディッシュが何か知っている藤代と笠井はにやにやして中西と近藤とを見比べた。

「な…何?」
「もしや更に桐原とか引っ張ってきてないよね…?」
「げぇッ!?」

近藤と中西の反応に藤代が堪えきれずに爆笑した。そのせいでいっそう目立ち、外周から戻ってきた部員たちにどよめきが走る。

「お前うるさいよ」
「だってさァ、監督すっげー嫌われてやんの!」
「え、マジで桐原?」
「さぁ〜?」

にやにや笑う藤代は、最後にはしゃがみこんで腹を抱えた。死にそう!と叫んではげらげら笑う。
そして辰巳とおにぎりと一緒にやってきたのは、

「……初江さん!」
「うっわ…えッ!?」
「まぁ久しぶり、中西君と忍君ね」
「ぅあッ、お、お久しぶりです…!」
「うわーうわーッ、これ何!?何のイベント!?うわぁ…」

何故か照れてきた中西たちを辰巳が笑った。三上の企みは成功だ。

「う、な、なんか…初恋の人に再会した感じ…」
「なるだろ?なんか照れるだろ?」
「だって親以上に色々見られてるしさ…恥ずかしい時期を」
「中西でも一応恥ずかしいわけ?」
「恥ずかしいよ!中等部のときの自分とか思い出したくもないし!」
「俺は色んな意味で思い出したくねぇよ」

動揺を隠せない元寮生に、寮母は堪えきれずに笑い出した。それで緊張も解けたのか、中西たちも笑い出す。

「あーッ、やられた。これが狙いか?」
「初江さんまだ松葉寮に?」
「そうよ。ところであれは…渋沢君かしら」
「渋沢…元渋沢、かな。おい渋沢!そんなの蹴散らしてこっち来てみろ!」
「お前簡単に…あっ!」

寮母を見つけて渋沢は一瞬背筋を伸ばした。周りにやんわりと、少し離れてくれないかと神の声をかける。モーセのごとくに人波が割れ、藤代が吹き出した。

「お久しぶりです、お元気そうで」
「渋沢君もね。足はもう大丈夫なの?」
「あ、はい」
「そうね、この間試合に出てたものね」
「ご存知で」
「勿論」
「……」

「…なんか、ほんとに何十年ぶりに初恋の人に再会って感じ?」
「そんなに生きてない!」
「あれよね、戦争とかで離れ離れになっちゃってさ」
「韓国ドラマか?」
「おまえらな…!」

 

*

 

「亮さんは?」
「怒られに行った」
「はい?」
「無断で部外者入れてるからさ、まぁ渋沢が一緒についていったから大丈夫だろ」
「あぁ、キャプテンが一緒なら大丈夫ですね」

忙しい寮母を送ってきた笠井は近藤の隣に腰を下ろし、中学生と一緒にグランドを駆け回る藤代と中西を見た。大人気ないふたりであるから、遊びながらも真剣だ。
懐かしいこのグランド。3年間みっちり走りこんだここで、次の世代が同じように走っている。それを思うとなんだか不思議な気がして、笠井は目が離せなくなった。

「…みんな相変わらずだな」
「そうですね。近藤先輩はほんとにこの間会ったのが久しぶりですよね」
「つーかお前らみんなのんきな仕事つきすぎな。辰巳と笠井は学生だしよ」
「いや…おれもう何年生かもわかんなくなってますけどね…」
「2年休学だろ?」
「俺すごい浮いてんですけど、学校で」
「だろうなァ。――――初江さんにはマジびびった」
「ですよね、俺も。あの人まで変わってないのって、なんか嬉しかったです」
「…うん。 つーか俺はアレだな、お前と三上が変わってないのがすげェと思うけど」
「…俺もそれは思いますけど、それ以上に中西先輩と辰巳先輩かな…」
「…あいつらな…」

何人かが藤代相手に本気になり始めていた。それも分かって、藤代の動きが精彩を増していく。

「…よし、俺も混ざってこよう!」

膝を叩いて笠井は立ち上がった。少し近藤を振り返る。

「亮さん帰ってきたら、鍵返して下さいって言っといて下さい」
「…はいはい」
「誠二ー、俺も混ぜてッ」
「あ、タクーいらっしゃーい。あっちあっち!タク敵チーム!」
「まじ?ちょっと、中西先輩とタッグはずるくない?」
「あッ、笠井選手ッ!?」
「あれ?俺? 俺中西先輩ほど伝説残してないよ?」
「あぁ!台所の天井のしみの人!」
「うわっあれ残ってんのッ!?」

母校なんか帰ってくるもんじゃないなぁ。冷や汗をかきながら笠井は土を踏みしめた。

「笠井さんッ、左側!」
「え?はいはいッ」

笠井の入ったチームのリーダーか。言われたとおりに動き、なかなか的確な指示であったと感心する。
笠井は知らないが彼は高橋、三上が中西タイプのMFだと判断した部員だ。もう相手が藤代だとかは関係ないのだろう、藤代はボールを持っている人であり、それ以外のなんでもない。

(…あー…彼か、亮さんが苦手って言ってたのは)

三上に似ているのだろう。視線が似ている。
同属嫌悪じゃんね、笠井は笑って藤代に詰めた。

 

*

 

「高橋君」
「え? あ、あの」
「あ、名前合ってる?」
「あ…合ってます。あの、笠井さんですよね、さっき偉そうにすみません」
「あぁ、いいよ別に。俺はサッカー時代は忠実なる駒だったの」

自分で言って笠井は笑い、差し入れの缶ジュースを差し出した。三上からなのだが言わなくてもいいだろう。
まだ止まらない汗を拭きながら彼はそれを受け取る。部員たちはメンバーをがらりと変えたのにもかかわらず。グランドでは藤代が相変わらず駆け回っていた。近藤が運動不足を嘆きながらも食らいついている。

「…今思うと、ほんとそうなんだよねぇ。サッカー好きだったんだけど、自分で考えて動くとどうもうまくいかなくてさ。監督もそれ分かってたのか、試合の中で俺が一番名前呼ばれてたんじゃないのかなぁ」
「…そうなんですか」
「あと例の司令塔様ね…ほんと毎回試合終わったら殴ってやろうかってほどに扱き下ろされて」
「…三上コーチ?」
「うん。あの人は上に立つのがうまいね。憎まれ役に慣れたせいかもしれないけど」
「……」
「嫌いでしょ?あの人」
「や、あの…」
「大丈夫だよ、何も言わないから。まぁ気付いてるだろうけどね。…あんなんだけど結構敏感なんだよ、あの人は」

三上がグランドを走っている。何年も見ていたはずなのにいつも慣れない、焦がれた姿。
ずっと昔、出会った頃に戻ったように胸が熱くなる。真摯な表情に指先まで張り詰めた緊張。彼がグランドで気を抜かなくなったのは、中3の夏だったと思う。それ以前は相手が格下であれば手を抜いたプレイをしていたが、色々あって考え方が変わったんだろう。

(…その分、フェンスの向こうにライバル増えちゃったんだけどね…)

サッカー部ブランドではなく、三上を見抜くライバルが。
女の子の目は鋭い。自分が真剣であればあるほど、彼女たちは細部まで見逃さなくなる。

「…高橋君もてる?」
「なッ、いや…。…弟の方が、人気じゃないっすかね」
「弟いるんだ?」
「3軍に」
「ふーん、君は1軍だよね」
「はい」
「ブランド的な意味でもてるでしょ」
「……そう、ですね」
「今はわかんないけど、俺のときはサッカー部1軍ってだけで王者みたいな存在だったよ。あの間宮がもててたんだよ?彼女なんてミス武蔵森だよ?」
「えッ」
「びっくりだよね。今は女優と付き合ってるらしいしね」
「は、初耳…」
「…三上先輩もさぁ、あんなんだから、結構人気だったな」
「…愛の隔壁、」
「あ、見た?そっか、まだ昔の残ってるんだ…渋沢v三上とかいっぱいあるでしょ」
「…ありました」
「あははッ。 あそこはね、女の子が希望を託す場所だから」
「……」
「愛の隔壁云々ってのもあるけど、間近で好きな人を見れる場所はあそこじゃない?割と告白の場所にも多いでしょ。…まぁ、視線を気にすると駄目だけど」
「…笠井さんは?体験談?」
「俺はなかったな。つーか、俺のはちょっと気持ち悪いの多かった。まぁそれは俺の恋愛の仕方が気持ち悪いしねー。 亮さんが、ダントツじゃないのかなぁ」
「…」
「キャプテン、あ、渋沢さんは優しいけど、近寄りがたい雰囲気もあるでしょ?誠二はああ見えても割と緊張しいで、告白の呼び出しとかあっても照れて行けないこととか何度かあったらそのうち途切れてきたな。不誠実に見えるし。 亮さんは、ちょっと怖いときもあるけどそれがまた魅力らしいのね。振るときはすっぱりと、でも優しく断ってくれるから」
「…俺、コーチはタラシだって聞いたことあるんスけど」
「あったねー、そんな噂。その噂の発祥が、先輩が年上の女性とふたりで歩いてたってのなんだけど、実はその人がお母さんでね、すっごい綺麗で若いの。んでもってあの人マザコンだから、べたべたしてたんじゃないのかな。そこから尾ひれがついてね」
「マザコン…」

三上が逆転ゴールを決めて、藤代が地団駄を踏んで渋沢を引っ張り込んだ。対峙するのは久しぶりで、三上が転がすボールを見て渋沢がグローブを締めなおす。
辰巳と藤代が並ぶ。見慣れていたペアだ。それでも流石にタイミングは合いにくいらしく、辰巳は改めて体を伸ばした。

「…三上コーチって、」
「うん?」
「いっつも3軍見てるし、なんか見かけるたびに鬼ごっことかして遊んでんの。何か真面目にやってないし、俺あんまり好きじゃない」
「…まぁ、あの人も誤解されやすいんだよね。鬼ごっこは中学のとき選抜合宿でやってた練習らしいんだよね。俺も先輩も選ばれてないけどさ、亮さん練習見に行ったりして監督と仲良くなってたみたいだし」
「…そうなんすか」
「あ、選抜の話はしない方がよかったのかな。上に立つ人なら優秀なほうがいいよね」
「……」
「亮さんが中3の夏。武蔵森から渋沢・藤代・間宮・三上の4人。んで、亮さんだけ選抜落ち」
「……」
「あのときは、面白かったなぁ」
「面白い…?」
「ほんとほんと。間宮に慰められてんだもん、悪いけど爆笑しちゃったね」

あ、と笠井は口を閉じた。
渋沢一人を敵に回し、残りが円陣組んで作戦会議、もとい悪巧みをしている。部員たちは全員休憩に入って、行く末を待っていた。

「もう今度は卑怯な手は食わんぞ」
「おーおー、そりゃプロですもんねぇ渋沢選手は。一般人に点取られたら、そうだな。今度の試合中にパフォーマンスでもしてもらおうか」
「あれあれ!バク転!」
「藤代ナイス!」
「お前らなッ、俺で遊ぶな!何で今日はやたら引っかかって来るんだよ」
「えー、だってねぇ?」
「毎朝のアイドルを独り占めしてる男なんだから幸せいっぱいだろ?少しぐらい苦しんだってバチあたらねぇって」
「! 三上!」
「内緒にしなきゃまずい付き合い方でもしてんのか?」
「〜〜〜!」

アナウンサーと付き合ってることを言っているのだろう。笠井は笑うが、状況の分からない部員たちはただ見送るだけだ。

「…コーチって、なんであんなんなんだろう」
「あんなん?」
「…ふざけて見えたり、おばちゃんと仲良かったり」
「あぁ。今はあんなこと言ってるけど、先輩が初江さんに感謝したのってやっぱり最後の夏にだよ。基本的にマザコンだからね、あの人。中西先輩も初めはふざけてだったんだけどー、確かいっぺん雷落とされてさ、初江さん泣かすほど心配かけてからかな」
「……」
「…いい人だよ。知ってる?あの人校長先生のいとこなの」
「えっ!」
「だから別に働かなくてもいい程度にお金はあるわけ。それでも、第2の青春をあのきったない寮に費やしてるの。何でだろうね」
「…」
「好きなんだろうね、あの仕事。苦労しかないはずなのに。 …ほんとに、まだやってるなんて思ってなかったなー。他の寮では結構辞めていってるって聞いてたから、初江さんもやめたもんだと思ってた」

「笠井!手伝え!」
「えッ、俺!?イヤですよ相手怖すぎるもん!」
「いいから!」
「必死だなぁ…」

渋沢の手招きに、笠井は笑って走り出した。
渋沢の前を守っていたあの頃、自分はどんな思いでここに立っていたんだろうか。今では薄れてしまってよく思い出せない。
でも追っていたのはボールだった。そこに勝利だとか優勝だとか、色んなオプションはついていたけど。
前を走っていたあの背中。今は対峙する三上が、笠井が増えたことに作戦を練り直している。
嫌いになれたらよかったのかもしれないね?

「亮さん」
「あ?」
「こっちが勝ったら、そっちの奢りで寿司行きません?回ってない奴」
「お前…俺の給料明細見てから言え」
「じゃあ回ってる奴でいいですよ」
「でも無理。じゃあ分かった、負けた方が笠井の山賊おにぎり」
「うっわ…死ぬ気でねじこまないとなぁ」
「何それ!酷い侮辱ですよ!」
「だってアレはないって」
「ないない」
「む、むかつく…」

呆れた渋沢が笑い出した。

 

 


…いやね、ほんとは別に書いてあるのがあったんだけど、行方不明に。苦し紛れに書いたらこんなことになりました。
続くかどうかは不明。近藤は苦し紛れだったはずが辰巳のほうがおまけになってます。

050915

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