practice

 

「みかみー」

名前を呼ばれ、三上は袖で汗を拭いながら顔を上げる。が二階の窓からグランドを見おろして、と言うよりは身を乗り出してこっちを見ていた。

「おぅ、」
「今日は何時ぐらい?」
「あーっ、わかんねぇ、またに聞け」
「わかった、バイバーイ」

誰かに呼ばれたのか、殆ど体を向こうに戻しながら手だけ振って姿を消した。体育が終わったばかりの三上は体操服の胸元を摘んで空気を送りながらそれを見送る。

「おうおう、いいねぇ彼女持ち」
「イッテ」
「俺らに当てつけか?あ?」
「うっせーな!寄ってくんな不幸が移る」
「移せー!」

近藤やクラスメイトがふざけ半分で襲ってきた。スポーツテストの持久走を終えた直後の三上は必死で逃げ出す。

「アラアラ若いわね」
「ジジィかよ!」

中西の影に逃げ込めば近藤達も足を止め、卑怯だ何だと遠巻きに声を投げた。

「なかなか失礼な奴等ね」
「自業自得だろうが」

ついさっきまで測定結果がどうだと鬼の形相で揉めていた張本人だ。

ちゃんと仲直りしたの?」
「…喧嘩してねーよ」
「えー?だって避けられてたじゃん」
「避けられてません」
「ふーん?ま、いいけどね〜。ちゃんより笠井と喧嘩した感じ?」
「…」

喧嘩と言うのだろうか。最近と笠井はただの幼なじみとは違うと思えてきた。先日笠井が見せた動揺は、笠井がを好きだと言うことを差し引いても不自然だ。
話をしようとしたが笠井も察してか、どうも避けられている。

(…触りたい)

触れないと触りたくなる。
さっきが顔を出した窓を見上げると、笠井の姿が一瞬見えた。

 

*

 

「三上」
「…あぁ、まだ終わらねぇぞ」
「うん」

部活の休憩中、フェンスの向こうにがきて三上は他の部員から少し離れた。
今日はいつも一緒に待っている友達が忙しいとかで、先に帰ってしまったから暇なのだろう。三上はも帰るものと思っていた。

「三上は今日のお昼何食べた?」
「ラーメン」

はひとつ年下だ。中学の特殊な上下関係のある中で、三上達を平気で呼び捨てにする。帰りを待つ、ということでもなければ彼女らしさはない。
そもそもは友達、中西の彼女に付き合って待っているだけと言うのが理由だ。三上過去の「経歴」から見るとあまりにも情けない。

「あたしはね、お昼に煮魚食べたんだよ」
「おー、食えた?」
「竹巳と半分こしたの。3分の1分だったけど」
「へぇ」

ベジタリアンのは最近魚を少し食べ始めた。何か理由があってではなくただの偏食だったらしい。

「どう?」
「甘いから食べれる」
「それもどうよ…」
「三上!始まるぞ!」
「今行く!」
「あっ、三上あのね!」
「ん?」

行きかけたところを引き留められて振り返る。は一瞬何か言いにくそうにし、少し笑った。

「練習頑張ってね」
「…おぅ」

三上は逃げるように走り出した。
何だって?自分の耳を疑いながらも、頬が火照ってくるのが分かる。

(あ…あんなこと、に初めて言われた)

 

*

 

「…最近、変だよね」
「そう?」

素うどんをすすっては顔を上げた。
笠井は何となく決まりが悪くて、藤代の席を確保しながら顔をそらす。食堂はいつも混むので席の確保は難しい。

「こ…この間の、から」
「こないだ?あ、あれはびっくりしたけど、もう何もないよ」
「でも三上先輩に触られるの怖いんだろ」
「うー…怖いんじゃないんだけど」
「…」
「竹巳は今日もお魚?それは何?」
「アジ。食べる?」
「フライ?美味しい?」
「うん。食べる?」
「…じゃあちょっと」

笠井が適当にほぐして、が小さいのを選んで口に運んだ。
牛丼牛丼と騒ぎながら藤代が来て笠井の隣に座る。

「あ、ちゃんまた魚食べてんだ。どう?」
「…分かんない、美味しいかも」
「微妙〜。…何で急に魚食べようと思ったのさ」
「えーとね、練習しよーと思って」
「ふぅん」
「竹巳が魚好きだもんね」
「あ…、それで?」
「ううん、練習しよーと、思っただけだよ」
「…」

「あれ、三上」

笠井が振り返ると、食事の載ったトレイを手に三上が立っている。何となくぞくりとしたものを覚えて笠井はゆっくり視線を外した。

の隣、開いてる?」
「…うん、ちゃん、来ないみたい」

確保はしていたのだが、離れたところで中西といる友達を見つけては頷く。
すかさず藤代がブーイングしたが、三上は無視して笠井と藤代の間からトレイを置いて向こうへ回った。

「あ、三上もうどんだね、一緒」
「あ?あぁ…ってか藤代牛丼食ってっし、俺売り切れだったんだけど。寄越せ」
「嫌っス」
「寄越せ」
「誰が。授業終わったソッコー飛び出して来たんスから!」
「俺だってあんなに長引かなきゃ食えてたんだよ」
「普段の行いが悪いんスよ」
「お前に言われたくねぇよ」
「三上 うどん伸びるよー」
「それもお前に言われたくねぇよ、伸びかけてんぞうどん」
「熱いんだもん」
「もう冷めてるだろ」

三上が箸を割り、も食事を再開する。何処か落ち着かないのは笠井ひとりだ。

「お前の何、素うどん?」
「えび食べれない」
「あぁ、かまぼこぐらい食えるだろ、ほれ」
「あ、わーい。ありがと」
今日部活だっけ」
「うん。アップルパイ」
「うわー…毎回甘いもんばっか」

考えただけでもうんざりしたのか、三上が顔をしかめた。がからかうように食べる?と聞くのに首を振る。
は調理部に所属しているが、調理と言うより製菓に近い。

「今日も魚食った?」
「ちょっとだけね」
「ふぅん。肉は?藤代が持ってんぜ」
「えっ!ダメっスよ!」
「あはは、取らないよ。お魚食べれるようになったら」
「いつになるんだそれ」
「さぁ」

笑うを見た今一瞬、笠井は自分の中に確かな嫉妬を見て動揺する。
練習したって、どうにもならないことがあるっても知っている筈なのに。

 

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