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「…あー…」

何だかなぁ。
中途半端に掲げた手をどうしようかと、なんとなく上下させた。えーと、…部室回ってローファーとってくるか。諦めて昇降口を離れる。
誠二いなくてよかった。人の靴箱にラブレターを入れるならまだしも、スニーカー持っていかれた。
いや確かに指定のじゃないけどでも白ならいいって生徒手帳にも書いてあるじゃん、うん。あぁでも登下校はローファーでってのは破ってましたハイすいません。
…誰だよちくしょう…アレご丁寧に笠井って名前入ってんだよ、裏庭とかで見つかったら恥ずかしいじゃんか。

「笠井」
「…こんちは」
「何してんの?」

最近やたらつっかかってくるな、大場先輩。
にやりってあんた、分かってて聞いてんじゃん。面倒くさいなもう。

「…靴 なくなって、だから」

部室に取りに、ごにょごにょと適当にごまかす。先輩こそ何してんのだよ。

「まじで?イジメ?」
「さぁ、俺が知るわけないですよ。誠二のいたずらかもしれないし」
「へぇ」
「…それじゃ、」

あ〜…始まるじゃん釣り番組…今日は綺麗なお姉さんも出てきそうな予感がするんだ、さっさと帰ろ。

部室に置きっぱなしだったローファーは無事だった。
つか部室まだ開いててよかったな…何気なくグランドに目をやれば…元凶が。
何の気まぐれを起こしたのか、ひとりでリフティングを頑張っているのは三上さん。端から見ればなんてことはない、頑張り屋の選手に見えるけどそうじゃないのは俺が一番知ってる。
ようは、居場所がないから帰りたくないだけなんだろう。きっと俺と一緒だ。

 

*

 

「笠井ってホモなの?」
「…なんだそれ」
「大場が言ってた、笠井に迫られたってマジ?」
「…ンなわけあるかよ」
「だよなぁ〜」
「…」

クッソ、噂流してる暇あったらもっと練習してろっての。
一瞬中西と目が合う。…こいつとの噂でも流したら笠井の名前は出なくなるだろうか。よりにもよって大場だからな…

「三上」
「…何、」

中西が隣に座り、声を落として話かけてきた。他のやつらの視線はテレビに集中していたけど、中西と見合って談話室を出る。

「何があったの?」
「…ちょっと」
「…笠井がねー、靴なくなったらしいんだよねー」
「!」
「まぁその辺の見当はつくけどさ。どうすんの?」
「どうするったって、…あいつは俺が関わる方が嫌がるだろ」
「…フム、成程」
「…」

少し冷やかす口調の中西に乗る気は起きない。

「まぁいっか、俺には関係ないからね」
「…」
「興味はあるけど、人に関わって自爆すんのやだしね、誰かみたいに」
「…知ってんなら聞くな」
「お人好しってのも損なモンね?」
「うるせぇよ…」

 

*

 

「おはよう」
「あ…笠井…はよ、」
「…?」

クラスメイトの変な雰囲気。俺なんかしたっけ?
…あ…あーしたした、正確にはされました。ざけんなクソ、どこまで噂広がってんだ?

「…言っとくけど」

クラスメイトの背中がびくっとする。どいつもこいつも変な噂に振り回されやがって。

「俺ホモじゃないからね!」
「あ、いや」
「そのことでしょ」
「…」
「あーもー…なんだよこの信憑性、俺そんなにホモっぽいの?クソ〜…」
「ってゆーかさー、」
「誠二、」
「タク なんとなく可愛いからさぁ」
「…か…可愛くねーし!」
「ほらそういうのがさ〜」
「…あれ?もしかして俺誠二に狙われてる?」
「あーそうそう、タクが寝てるとことかに…ってあんま洒落にならなくね?」
「うん…ちょい今激しく自己嫌悪…」

変な悪乗りはするもんじゃない…。それにしてもこの噂の浸透率は何事だろう。あり得ないな。
…この間三上さんといるのを見られたときは真っ先に逃げた。だからあのふたりが何を 話したかは分からない。失敗したな…でも逃げて当然じゃんあれ、つーかなんでこんなことに…。諸悪の根元はやっぱり三上さんだ。
……

「…誠二、俺3年のとこ行ってくる」
「え、」
「もう我慢出来ない」
「…いってら〜」

誠二に見送られながら廊下に出て階段を降りる。
まだ少し時間はあるから大丈夫だろう、三上さんいるかな…つーかあの人何組?あ、出だし悪いなぁ…

「笠井?」
「…あ、中西先輩丁度よかった、三上さんって何組ですか?」
「…3組…だけどいいの?」
「俺とあの人には何の関係もないので全く問題はないです」
「ふーん…」

俺が3組に向かうのに中西先輩がついてきた。味方かどうかは分からない。
教室の端の席で三上さんはひとりでノートに向かっている。あれきっと誰も構ってくれないだけだ。

「三上!」

中西先輩が声をかけて、三上さんは俺を見て一瞬びくりとした。
どいつもこいつも、俺はお化けかっつの。

「…笠井、」
「あなたのお陰で大変迷惑してます」
「…それで」
「誰が噂流したかご存知ですか?」
「…」

あ、大場先輩発見。何隠れてんだ。

「…中西先輩は?」
「俺は大場君から笠井と三上が出来てるって聞いたんだけどねぇ」
「大場先輩は?」

あんたひとりだけ裏に回ろうったってそうはいかない。無理矢理にでも巻き込む。

「お…だって俺見たんだ、お前らがふたりで」
「俺は三上さんとふたりになった記憶なんてないですけど。いつの話ですか?」
「!?ついこないだのことじゃねぇか!…中西が指導食らった、次の日」
「知りませんね。それほんとに俺だったんですか?」
「!」
「ほんとか嘘か分からない噂流さないでくれますか。前にも言ったはずです、俺は」

 

*

 

三上さんのことが嫌いなんですから。

きっぱりはっきり笠井はそう口にした。
周りで見ていたやつらも若干ざわめいて、…あぁだけどそんなことどうでもいい。知ってたけどきつい。
ズドンと心臓に重さが増す。笠井の目に揺らぎは見えない。

笠井。
俺は笠井が好きなんだって。

「先輩の勘違いですよ。───ね?三上さん」
「…あ…あぁ」
「だから大場先輩も変に勘ぐらないで下さいよ」
「…」
「…笠井、HR始まるよ」
「あ、それじゃお騒がせしました」

中西に声をかけられて、笠井は階段へ向かった。
朝から俺を気にしてたやつらも様子を変えて席に戻っていく。中西は笠井を見送って俺を見た。

「凄い子だね」
「…」
「本気で言ってるみたいだ」
「…中西、適当に言っといて」
「…はいはい」

教室を飛び出していって笠井を追う。こういうのが笠井に嫌がられてんだろうけど、押さえようにも押さえがきかない。
階段の途中で笠井を見つけ、足音で振り返ったのをそのまま捕まえて階段を降りた。空き教室にふたりで入る。

「ちょっ…何ですか!」
「お前は!」
「ッ…」

思わずでかくなった声に笠井が肩を震わせた。誤魔化そうとして、教室のドアを閉める。

「…お前は、」
「三上さんの気持ちは俺なりに理解したつもりです」
「…だったら、」
「でも三上さんだって俺にキスしたじゃないですか」
「あ…」
「…だからって三上さんを傷つけたのは悪かったけど」
「…」
「…すいません仕返しみたいなことして」
「…」

違う、謝るのは俺の方だった。
俺が笠井の気持ちを考えてない。嫌われることをしたのも俺だ。

「…笠井、」
「…」
「…好きだ」
「ごめんなさい」
「…」
「俺はあなたとは何も変われない」
「…うん」
「…でもすいません、ひとつ嘘吐きました」

あ…顔を上げると笠井の苦笑。はっとする。俺は多分他にも沢山嘘を吐かせた。

「俺 嫌いじゃないですよ」

三上先輩、

 

*

 

「…でも俺は、あなたを好きになりたくなかった」
「…」

段々何を言ってるかよく分からなくなってきた。
多分もう知らないうちにチャイムは鳴ってるんだろう、誠二がフォローしてくれてると助かるけど期待出来ない。

「先輩、」
「…」

先輩、と、呼ぶのは壁のつもりだ。
今まで意識してないふりをしていたことを口にしようとしている。緊張する。

「俺…あの、…」

…しつこくてやなんだけどなぁ。目を瞑って一瞬ためらう。

「…好きだった人が居て、あ、まだ、かな」
「…笠井…」
「…」
「俺…、」
「キスしますか」
「…」
「それでおしまい」

…ほんとはもう忘れかけてる記憶を引き合いに出して。
だけどこの人は好きになりたくない。悔しいから、惹かれてるとは認めない。

「…いや、俺、」
「…」
「…いや…いい」
「…」
「…俺の方は終われないけど、…もう何もしねぇから」

───あんたにそんな顔、してほしくなかったのに。
囚われてしまう。

廊下がざわめいてきた。

 

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