SOS

 

助けてくれ なんて 誰かに言える言葉じゃない。

 

*

 

行って来まーすと声高らかに誠二達が合宿へ向かったのはもう随分前の気がする。長期休みなんかで帰省していない人がいるというのは珍しくないけど、一軍から4人だけ抜けてるなんて不思議な感じ。
ま、なんにせよ三上さんがいないのは素直に嬉しいんだけど。
大嫌いだと言ってからやたらとつまんない嫌がらせしてくるようになったもんな。ちっちぇえ男ー、なんて中西先輩は言うけどその通りだと思う。
合宿で何やってんだろう、やっぱ選抜ってぐらいだから部活より厳しい練習をしてたりするんだろうか。
誠二の携帯にメールを送っても返ってこないということは大方鞄の奥の方に入ってるんだろう。欲しい欲しいと言い続けて買ってもらってたそれは大して活用されてない。

「…暇」

早く帰ってこないかなぁ。三上さんはいらないけど。
暇を忘れる何かでも起きないかな…。

 

*

 

「部屋貸せ」
「…お帰りー」
「入るぞ」
「どうぞー」

中西はにやりと笑ってドアを大きく開ける。
中西は一人部屋。前はふたりだったけど気付けば一人になっていた。中西が何かしたのかどうかは不明。基本的に一度決まった部屋は変わらないからそのままだ。部屋は人が住まないのと住むのとで違うから空き部屋を作らない方がいいからだろう。

「お疲れ様」
「おぅ」
「水野どうだった?」
「普通俺を先にきかねぇ?」
「見りゃ分かる」
「…そりゃ受かるだろ」
「あんたが落ちてるもんね」
「…」
「そうじゃなくて、水野どうだった?」
「…うまかった」
「そう」

俺を招くわけでもなく中西はベッドに転がって読みかけの漫画を手にした。
中西は深く干渉してこないからいい。笠井みたいにだらだらと吠えて傷をえぐるようなことをしてこない。
ほんとに水野はうまかった。試合でやったときはまさか桐原の息子がいるなんて考えもしなかったから意識してなかったけど。改めて見せつけられた実力差。
俺だってあれから何もしなかったわけじゃないのに。

「…ヤダねー、怖い顔して。俺辰巳んとこ行ってくるから好きにしてていーよ」
「辰巳?お前ら最近仲いいな、デキてんじゃねぇの?」
「まさしく」
「…は?」
「ほんとは辰巳がこっちくる予定だったけど。帰ってこないからここで寝てもいいよ、冷蔵庫の中身もご自由に」

…待てよ。俺の聞き間違いか?

「中西!」
「何」
「…お前」
「これ以上なんか聞く気なら金払わすよ?」
「…」

金を払っても聞きたいところだが中西はそのまま部屋を出ていった。
…何だって?俺できてんのかって言ったよな、付き合ってるって意味だよな?他に解釈もできねぇよな?
…はぁ…?待てよ…

 

*

 

…何だ!?
今の何だ!ふたりはまだ俺に気づいてない。つうか気づかなくていいけど俺をここから逃がしてくれ!
何か笑いあいながら裏の方へ回っていくのを見届けて、大丈夫かと迷いながら貯水タンクの側から飛び降りた。
…いっ、たい。けどここでもたもたしてる時間はない、すぐに屋上の重い扉を引いて中へ入る。気付かれなかったということはないと思うが俺だという確定まではされてないだろう。
…い、いや、いや。中西先輩なら不可能も可能にする。でも俺は悪くないだろ!?あんなとこでちゅーとかしてんのが悪いんだ、つか何だよもう…!

折角屋上で涼んでたのに!新ドラマに誰だったかが出るから見るって言ってたの中西先輩のくせに!
廊下で誰かとぶつかったのも気にせず部屋に飛び込む。

「わあっ!?びっくりした〜…どうしたのタク」
「あ…お帰り誠二、帰ってたんだ。どうだった?」
「俺が選ばれないとでも思ってんの?」
「はは、オメデトー」
「まぁ当然だけどな!」
「ハイハイおめでと」
「えー、なんかノリ悪くない?」
「俺は今それどころじゃないんだ…」
「ふーん…俺ドラマ見てくんねー」
「うん」

…落ち着け俺、整理しよう。俺は屋上にいて、誰かが入ってきて、見れば中西先輩と辰巳がキスをしていた。
お、落ち着けない。中西先輩がノリで、なら分からなくもない。でも辰巳?

「…あーりーえーなーい…」

誠二が出ていった部屋でひとりうずくまる。
…寝よう!こんなときは寝てしまうに限る!

 

*

 

「…」

中西の部屋は綺麗だ。というか俺の部屋は前の住人があまり綺麗に使ってくれなかったらしいというのもあるけど単純にあとから増築された部屋だからだ。綺麗な天井を見てるといやでも思い出してきて目を瞑る。
あの女はここで終わりじゃないと言った。じゃあ何だ。俺はあそこで何か得ただろうか。何を言ったって所詮結果が全てだ。
…は、しかもまた、ご丁寧にうちの学校から俺だけ落としてくれやがって。どうしろってんだ。
笠井が俺を見たらなんて言うんだろうか。またボロクソ言うためのセリフを準備してるに違いない。…イヤんなってきた。

なんでこんなに一生懸命やってんだっけ…?

 

*

 

「お早う笠井」
「…中西先輩おはようございます」

…何その笑顔。なんかずっとこっち見すぎだよ。怖いんですけど。
中西先輩はにこりと笑ったまま俺を見てくる。…やっぱ昨日のばれたんだろうか。いや、悪いのは俺じゃないし。

「…あ、三上おはよ〜よく眠れた?」
「寝れるかッ」
「まぁしつれいね、俺のベッドはそんなに不満?」
「ベッドはかんけーねぇよ」

ベッド…三上さんが中西先輩のベッドで?…中西先輩どこで寝たのさ…うぅ…

「…どうした笠井」
「はい?」
「真っ先につっかかってくると思ったのによ」
「何のことです?俺は極力あなたと話もしたくないんですけど」
「…聞いてねぇの?」
「は?」
「あれ、笠井聞いてないの?三上が選抜落ちたって」
「あぁ…そうなんですか?残念でしたね頑張ってたのに」
「え」
「合宿の前夜中に窓の下でばたばたしてるバカがいるから誰かと思ったら三上さんだったんですよね。まぁそれも無駄だったということで」
「っ!」
「…笠井どうしたの?」
「何がですか?」
「いつもはこんなに口の悪い子じゃないでしょ」
「悪ぃよこいつは」
「もしかして昨日屋上にいた?」
「!!」

今折角忘れてたのに!いつもの俺がとか絶対でまかせだ、これ確認したかったんだ!
取り繕う間もなく顔に出たらしく、中西先輩がにこりと笑う。あぁ…終わったかも俺。

「あ…お、俺急ぐんで!」
「あらそう?」
「待ち合わせなんです!じゃあ!」

にこりと笑顔の中西先輩に見送られ、俺はソッコーその場を立ち去った。あああ…!俺これからどうなるんだろう!

 

*

 

…なんだあいつ。藤代が笠井とでかけるとか騒いでなかったか?待ち合わせってなんだよ。

「あーあ、逃げちゃったねぇ」
「お前何かしたんじゃねぇの」
「まさかー。…三上が何かしたんじゃないの?」
「俺が?帰ってきて初めて会ったっつの」
「あっそ。…なに?その顔」
「は?何が?」
「不満そう。そんなな笠井と話したかった?」
「はっ!?ありえねぇ!あんなクソ生意気なやつ!」
「ふーん。因みに俺は三上と笠井ができちゃうに賭けてんだけどね」
「賭…近藤かっ!?」
「早いとこくっついてね〜俺の夏目漱石のために」
「しかもンな高額で賭けてんじゃねぇよ!クッソ、あいつ…。…男同士だぞ」
「…俺と辰巳も男同士だけど?」
「!」
「…なんて、昨日の話信じちゃった?やっだー三上ってだから好きよ」
「! かっ…からかってんじゃねぇよっ」
「ふっつー信じないでしょー、いちいち可愛い奴」
「〜〜〜…」

いちいちムカツクやつ!

 

*

 

…今日1日無駄に疲れた気がする。はぁ…それでも屋上へきてしまう俺って何だろう。

「笠井!」

びくっとして背筋を伸ばす。貯水タンクの影から下を見おろせばそこにいるのは三上さん。

「お前どうしたんだよ」
「…何がですか」
「何か変だろ」
「…」

降りてこいと言われて下へ飛び降りる。嫌いな相手だけで見下したい訳じゃない。

「…別に三上さんとは関係ないですよ」
「…お前がそんなんだと調子狂うだろ」
「知りませんよあなたのことなんか。勝手にして下さい」
「お…俺は」
「なんです?」
「…」

なんだこの人。そんなことを考えていた間が今では惜しい。
道徳の授業は役に立たないと思った。だって気持ち悪いもんは気持ち悪い。

 

*

 

思わず抱きしめた。がちっと硬直した笠井に後悔とか感じなかったわけじゃない。
少し腕を緩めて壁に押しつける。強引にキスを落として一瞬後に押し返された。よろけた体を持ち直す前に拳が飛んでくる。

「…」

睨みつける視線は人を射殺せそう。

「…最低」

 

*

 

誰か 助けてくれ

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送