spring
「がいない〜〜〜!」
「・・・・・・」発狂寸前の渋沢からサッカー部員一同は目を反らす。
目が血走った渋沢なんて見たくない。純粋に先輩として尊敬している部員はそそくさと部屋へ逃げ帰った。夢だ。「・・・な〜、タク〜〜、さっきからキャピテン睨んで来るんだけど〜」
「知らない」
「タクが言っちゃえば済むじゃん〜、ちゃんどこ行ったんだよ〜」
「・・・俺だって、」
「え?」
「・・・何でも」・・・だってが内緒にしてって言ったから。
だから黙ってふたりで行かせた。
*
「楽しい?」
「うんー?」
「・・・何でも」手元を離れていった小さな蝶を目で追った。
ふらふらと楽しそうに、苺の間を飛び回る。 ・・・ばかみたいだ。
自分を振り返って三上は溜息を吐いた。
好きだと思うなんて。「、」
「なにー」
「気を付けろよ、かびてんのとかあるから」
「うぃー!」パックを片手には苺に向かって行く。
・・・たまたま後輩から聞いた小さな苺狩り園。もう季節も微妙に過ぎた所為か他の客も殆どいない。
熟れすぎた苺ばかりの畑をみて三上は溜息を吐く。
多分、これは、初デートと言っていい。つきあい始めてからいつも何かしら邪魔が入り、ふたりで出掛けることはあったけれどこうほんとにふたりというのは、初めて。
何人か付き合った人もいる。だけど初デートで畑に来たなんて初めてだ。「・・・いいけどよ、別に」
カッコ悪。
自分は苺も食べないし暇をつぶせる何かがあるわけでもない、無駄な時間を過ごすばかりの。
デートとは言うけど向こうはそんなことを意識してないだろう。しゃがみ込んでスカートの裾が汚れているのも気にせずに、葉をかき分けて苺を探す。
しょうがないので立ち上がって傍まで行き、スカートを注意してやった。
立ち上がったがよろけたのを慌てて支える。この調子じゃそのうち畑に突っ込むだろう。
透明のパックを持たされた。はスカートの汚れを払う。
不格好な苺ばかりの畑の中で、どうやってこうも綺麗なものを見つけだして来るんだろうか。パックに幾つか転がった苺を見て感心する。「あー、だめだ、落ちない」
「バァカ」
「まぁいいかぁ」
「いいのかよ」
「うん、別に」そう言ってまた三上の手からパックを受け取って苺を探しに行く。
何となく戻るのも変な気がしてその後ろをついて歩いた。「変な奴」
「んー?」
「フツー服汚れたら気にするモンじゃねーの?」
「三上はいっつもドロドロじゃん」
「あれは部活だろ」
「一緒だよ、綺麗な服着てたってあたしは汚すもん」
「間抜けだからな」
「違うー。あ、見てコレ」
「うっわ、何それ苺?ちゃんと管理してんのかよここー」
「食べるー?」
「俺はちゃんみたいに腹鍛えてないから遠慮しますー」
「だってこんなの食べないよ!」かびが生えたり腐ったりととても苺には見えないものを冷やかしながら歩く。
何も深く意味もない、互いを探り合うような会話はない。
何が欲しいとも言わない。どうしてほしいともどうしたいとも。「三上は苺好きだっけー?」
「別に好きじゃねェけど」
「じゃあなんで苺狩り?」
「・・・・・・」バカかお前。喉まで出かかった言葉を飲み込む。
しばらく楽しそうな後ろ姿を目で追った。「・・・バカかお前」
「えー?」
「つか、バカだお前」
「失礼な」
「バカ!」
「もー・・・何で怒ってるの?」
「怒るかよ、」踵を返してから離れるように歩き出す。
は三上の様子に首を傾げ、まぁいいかと苺狩りを再開した。*
「はいあーん」
「・・・お前これ洗った?」
「洗った洗った」ほんとかよと疑いつつ、指先に触れないように差し出された苺を口にする。
旬も過ぎたせいか大振りではあるが見かけほど甘くはない。「・・・楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「・・・そりゃよかった」
「どうしたの?」
「何が、」
「何か変だよ」
「・・・変じゃねぇよ」
「そう?」
「・・・・」背伸びをしたがぽんぽんと三上の頭を優しく叩く。反射的にその手を振り払った。
驚いたようなの目を見ても何も感情は沸かず、どこが好きなのかを考えながら、三上は半開きの唇に自分のそれを重ねる。「・・・もう帰るぞ」
「・・・うん」*
温かい春の日だった。
きっと今自分は取り返しのつかないことをしたのだと、酷く後悔しながら、が歩き出すのに合わせてビニールハウスを出ていった。
ミツバチが飛び回っていたことに今更気付く。
お前は始めからこのつもりじゃなかったのか?
考えても出ない答えに囚われて、だけどの歩幅には気を付けながら三上は帰路を辿った。
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