sprise

 

「…は?」
「…だから…が何か言ってなかったか?」
「…」

三上の問いには露骨に顔をしかめた。
何それ、吐き捨てる。

が三上先輩の話しない日なんかないよ」
「…そうなのか?」
「うるさいほどにィー。いーなー、いちご狩り行ったんだってね先輩。が珍しく興奮してたの。ふたりっきりだからってなんかしたんじゃないの〜?」
「誰がするか!」
「ちょっと何してんのー、人の彼女に手を出さなーい」
「テメェの彼女に手ェ出すやついねぇよ、しかもこんな女に」

中西が近付いてきて、三上はゆっくり立ち上がった。
憂鬱な溜息を落とし、三上は歩きだす。向かう先は、甘い匂いを漂わせる調理室。
お目当ては話題の主の

「三上ー」
「…、まだ帰れねぇの?制服粉だらけだし」
「あ」
「だーっ、悪化さすな!」

粉のついた手で制服を払うのを三上は慌てて止めた。被害が拡大するだけだ。
に両手を上げさせて、制服についた粉を払ってやる。小麦粉だろうか。

「あんね、まだもうちょっと」
「いいけど…何作ってんの?」
「クッキー。時間かかるよ」
「あぁ、そんな匂いだ」
ちゃんは?」
「教室にいたけど、中西来たから帰るんじゃねぇの。お前は廊下で何してんの?」
「三上が部活終わった時間でしょ、だから、くるかなぁと思って。着替える時間とかも分かるんだよ」
「…」
「あ、もうちょっと終わらないから、先帰っていいよ」
「…いいよ、待ってる」
「なんで?」
「…もう終わるんだろ」
「うん、残り焼いちゃうだけ」
「待ってる」
「…えーと、じゃあ急ぐ」
「普通にやれ、余計時間かかりそうだ」
「あはは」

じゃあね、手を降っては調理室へ戻る。開いたドアからちらりととがめる視線が見えた。
三上はドアの側の壁に寄りかかり、しばらくしてしゃがみ込む。クッキーの焼きたての匂いが流れてきた。甘さにお腹がいっぱいになりそうだ。

「…ま、あんなもんか」

溜息を吐いて苦笑した。彼女は不意打ちの、一瞬だけのキスを気にするようなタチではない。
自分ばかり意識していたのをバカらしく思い、三上は再び溜息をひとつ。

(なんであんな奴…)

床に座り込んで、膝の間に頭を落とした。
きっとそのうち出て来るもこの甘ったるい匂いがするのだろう。幼い子どものように。

「…はぁ…」

 

*

 

「三上」
「…うわッ!ダッ!」

目を覚ますと焦点の合わないほど近くにがいて、三上は反射的に体を引いて壁に頭をぶつけた。

「イッテェ…」
「大丈夫?」
「なんでこんな近く…いやいい、終わったのか?」
「うん、帰ろ」
「ん」

が下がるのを待って三上は立ち上がった。の手には、おそらく焼きたてのクッキーの入った紙袋。

「あ〜…変な格好で寝たら首イテェ…」
「なんか笑われてたよ」
「…もっと早く起こせよ!」
「話してるのかと思って」
「クソ…」

昇降口へ向かうの後ろを歩く。自分より一回りも小さいんじゃないだろうか、ほんとに子どものようだ。小さい体、つたない動作。甘い言葉の要らない代わりに甘いお菓子で引き留める。

「……
「ん?」
「…いっつも誰の話してんの」
「いっつも?」
「楠と」
ちゃんと、三上とか、中西とか、渋沢とか。ちゃんは他の話もするけど、あたしはわかんない話」
「…そうか」

何も期待したわけではなかったが。

「どんな話」
「えーと、昨日はちゃんが誕生日に貰ったネックレスが壊れた話」
「…それ俺も会うたびに言われた」
「誰に貰ったか忘れたって言ってたけど」
「…」

あれは三上があげたものだ。以前、中西の現彼女かつのルームメイトと付き合っていた頃。
思い出したくない過去を思い出し、三上はふっと思い当たる。

「お前の誕生日っていつだっけ?」

気付けば隣を歩いていたを見おろして聞く。驚いたような表情。

「イヤ、悪い知らなくて」
「ううん、…」
「いつ?」
「…秘密」
「は?」
「春だよ」
「…」

にどう応えていいかわからず、三上は口ごもってそのまま黙り込む。隣を歩くはやはり黙ったまま、いつもと変わらない様子でいた。

「…じゃあ、」
「ん?」
「春だったらいつでもいーの、」
「毎日でもいーよ」
「ざけんな」

の返事に三上は笑う。三上を見上げても笑い、昇降口の段差に気付かずにつまづく。三上がとっさに掴んだ腕は振り払われて、はその場に尻餅をついた。

「大丈夫か?」
「あいたた…大丈夫」

三上が差し出した手に気付かなかったのか、はひとりで立ち上がってスカートを払う。

「…?」
「怖いから触んないで」

 

*

 

「三上先輩 に何したのッ!?」
「……」

うるさいのがきた。
三上は露骨に顔をしかめ、勝手に部屋に入ってきた笠井にも構わず着替え始める。
その三上の腕を捕まえて、笠井は真っ直ぐ睨みつけてきた。振り払ってやろうとしたが、何故か泣きそうな笠井に毒気を抜かれて溜息を吐く。

「お前はあいつの何だよ、ボディガードか?」
「幼なじみです!」
「ただの幼なじみだろ」
「ただのじゃない…!」

目尻の涙が壊れてこぼれ、笠井は三上を離して目を覆う。

「…なんで俺があいつになんかしたなんて思うんだよ」
「…は何も言いません」
「…」
「だけど俺は知ってる、あいつは何も言わないけど三上先輩のことちゃんと好きです」
「…そうかよ」
「だからあんたが何かしたんじゃなけりゃ俺のところに来るわけない…!」
「…」
「…すいません勝手に入ってきて。でも何したのか教えて下さい」

三上が笠井を見る。笠井は三上を見る。

「キスしただけ」

笠井が目を見開いた。
三上だって自分に驚いた。したくなるとは思ってなかった、もっと大切な存在であると思っていた。触るのだって怖いほどに。
…いちご畑で触れるだけのキスなんて、夢でもしないと思ってた。

 

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