summer

 

夏が始まった。

なのにハナからついてない。

「監督の息子が転入してくるってほんとか?」

それは始まったばかりの夏の終わりを暗示した。

 

*

 

「あーぁ、三上先輩怖い顔しちゃって」
「…」

誠二の視線を追えば強ばった表情でテレビを見ている我がサッカー部指令塔三上亮。まぁ噂通りならあと少しの間だけ。
俺はあの人が嫌いだ。
有無を言わせない存在感、圧倒的な意志。バカみたいにかっこつける、努力も認めたくないほどに。
いつも俺をがっかりさせる。

「タクはうちの10番が水野になったらどうする?」
「どうもしない」
「うわータクって淡泊」
「だって俺はあの人になんの義理もないよ。家族でも友達でもないし」
「でも先輩じゃん?同じ一軍だし」
「俺はあの人を先輩だと認めてない」
「ははっ、相変わらずだなー」

嫌いだった。
どこがと言われると分からないけど、本質的なところから俺はあの人に馴染めない。異質の存在。
サッカーについては別だけど。但し強い相手とやるとき限定。 なんで常に一生懸命出来ないのかいっそ不思議だ。
そんな風に顔をしかめるならもっと練習すればいい。立てなくなるまで走り回れ。
才能に勝つのは意志だ。

 

*

 

監督が倒れた。
電話を受けた渋沢がそう告げる。
大丈夫だ、気休めの言葉はありがたかった。だけど俺が気にしてるのは監督の容態じゃない。

風祭は俺のことを監督に言ってないだろうか?
直接危害を加えたわけじゃない、話をしただけだ。だけど「ただ話をしただけ」と解釈なんてどんなに心が広くても出来ない会話。
これで10番は水野に決定か。
渋沢が部屋に戻る背中を見て、敵意しか持たない俺がいる。
支えなんかにはなり得ない。羨望も抱かない。卑屈に俺がいる。

「三上?」
「ちょい頭冷やしてくる」
「…早めに戻ってこいよ」
「適当にな」

渋沢の顔を見ないで屋上へ向かう。
蒸し暑い廊下は苛立ちを助長させるだけだ。

天才とまで言わないけどそこそこうまいと思ってた。
水野のことは上水との試合で初めて知った。無茶ばかりする、しつこい、気持ち悪い学校だった。
ベタベタなれ合ってんじゃねぇよ、ひとりじゃ弱いからって群れてんじゃねぇ。
ゆっくりドアを押し開けた。屋上は流石に気持ちのいい風が吹いている。

…歌。
ドアの音でそれは止まったので確信はない。だけど歌のような響きがあった。 …誰かいるのか。こんな時間にいるのは中西ぐらいだろうかと外に出てみるが人の気配はない。
気のせいか、それかどこかの部屋でCDでもかけてたんだろう。

「…」

水野は転校しないと言った。あれだけ桐原を嫌ってたらまず間違いないだろう。
だけどほんとうに、桐原が無理矢理進めて、手続きなんかも終わってしまったら、あいつは大人しくここに通うんだろうか。

「誰かと思ったら」

声にびくりとして振り返る。
上方、屋根の上の貯水タンクの前に誰ががいた。…笠井?

「早かったんですね」
「…何がだよ」
「だって出掛けてたじゃないですか」
「…」
「てっきり朝まで返ってこないかと思いました。死体で帰ってくる案もあったけど却下して正解でしたね」
「なっ…」
「それはないですよね、三上先輩にはサッカーだけじゃないですから」
「…何が言いたいんだよ」
「あ、そうだ。三上さんって呼んでいいですか?」
「はぁ?…別に…いいけどよ…。なんか違うか?」
「大違いです。俺は三上さんを先輩と認めてませんから」

 

*

 

…変な顔。 怒りもしないのは虚をつかれたから?
指令塔に反旗を翻す、俺はただの一兵士。代わりなんてごろごろ転がってるしグランドでは俺の個なんて消える。
思い知ったか指令塔。あんたはただ間に立っているだけで、兵士にはより高次の命令を出せる総指令官がいる。
あんたにだって代わりはいる。
思い知れ、己を恥じろ。全員があんたに忠実な兵士じゃない。

俺はあんたを認めてたけど。
夜の風が吹き抜ける。

「人間もここまでくるとこれ以上堕ちようがないですね」
「なっ、に…お前先輩にそんな口きいていいと思ってんのかよ」
「くだらない!俺はあんたを先輩だと認めないと言ったばっかじゃないですか」
「何でだよ!」
「監督と直接話が出来ないような小心者にこれ以上付き合う気はありません」
「!」
「俺は10番があなただろうと水野だろうと、ゴールを守るだけですから」
「ッ…!」
「あ、もうこんな時間か」

寝なきゃ、笠井が向こう側に回って降りてくる。
一軍のDF、一つ年下の笠井。何言ってんのこいつ?この俺に何を?
側に寄ってきた笠井は案外背が高かった。ひょろりとしてバランスも悪い。他にましな奴ならもっといる。

「じゃあお休みなさい」
「待てよ」
「俺を待たせてどうするんです?グチでも言います?気に入らないから殴りますか?あなたに俺と話をする暇があるんですか?」
「…」
「そんな暇があるなら1分でも早く寝ればいい。朝っぱらから寝不足で不機嫌な表情されるとこっちまで不機嫌になるんです。自分の影響力を知ってます?それとも指令塔とか言っておきながら周りに目も配れません?最悪ですね」
「お前、」
「俺何か間違ってますか」

強い 視線が、痛かった。敵意だ。
敵校の選手からでも同じポジションを争ってるやつからでもない、相手を屈させるほど露骨な敵意。俺を認めない後輩からの。
…後輩から認められてないなら監督に認められてるはずがなかった。同じ高さに立っていた、いや、見下していたかもしれないほどどうでもいいやつからの攻撃は堪えた。
返す言葉がない。

「…あぁ」

笠井がふっと笑った。
笑うんだ、なんてそんなことを思う。

「今俺に手を出すわけないですね、ばれたらほんとに控え落ちじゃ済まないかもしれないですから」

綺麗に、笑って、力いっぱいの心臓えぐる旋律。お休みなさいと笠井は笑う。
お休み、死んでしまえ。
綺麗に笑う笠井に恐怖すら感じた。笠井は何か口ずさみながら屋上を出ていく。
歌。いつから歌なんて歌ってないだろう。

 

*

 

「おはよう」
「あ、渋沢先輩おはようございます」

朝から爽やかに挨拶をくれる渋沢先輩に俺は色んな広い意味で助けられてきた。ここまでこれたのはこの人のお陰が5割と言ってもいい。そうでなきゃ三上さんひとりの存在だけで部活をやめることだって考えたかもしれない。 …腹が立つ。
それはあっちのセリフかもしれないけど。なんだ、昨日のあの表情。
がっかりした。まともに言い返すこともしてこない。
ふと廊下の向こうに三上さんを見つけた。おはようございますと声をかけて食堂に入る。

「あ、タクこっちこっちー。持ってきたよ」
「あ、ありがと誠二」
「三上先輩がすっげーこっち睨んでくるんだけど俺なんかした?」
「多分俺の仕業。いただきます」
「えー、タク何したの?」
「話しただけ」
「あんまり三上先輩いじめんなよーすぐいじけるんだから」
「いじめてないけど親切にする気はないね」
「酷いなぁタクは」
「…お前に言われたくないよ」
「なんでー。三上先輩からかうと面白くない?」
「つーか誠二のがいじめ」
「愛です愛☆」
「ハイハイ。物好きだね」
「えー、だって俺は三上先輩好きだよ」
「なんで」
「なんか悪い男みたいなとこ」
「…いいけどさ」

俺にはただのかっこつけにしか見えないけど。
真っ直ぐ感じる射る視線。睨んで気が済むならいくらでも睨めばいい、俺はそんなの気にならない。そんなことよりもっとあんたが出来ることがあるだろう、面倒くさそうに朝食をとりながら俺を睨んでくる三上さんに視線を返す。
目が合った。
…だから、そこで狼狽えないような男になってよ。つまらない男で終わらないで、もっと俺に期待させてよ。

 

*

 

「…話がある」
「なんでしょう」
「二人で話したい」

いいですよ、と笠井はご馳走様と手を合わせた。

「あ、タク食器置いといていーよ」
「でも」
「晩飯よろしく」
「分かった、ありがと」

藤代がにやりとこっちを見た。…何がおかしい。

「どこで?また屋上行きますか」
「…廊下でいい」
「そうですか?」

笠井は大人しくついてくる。
忙しい朝の時間帯、自習室の方へ行けば誰の姿もない。

「なんですか?」
「…昨日の、」
「はい」
「どこまで本気?」
「全部が」
「…」

振り返れない。
何も変わらない笠井の口調。嘘がないのは声で分かる。笠井は素直だ。

「…」
「…用がないなら行きますけど」
「そんなに俺が嫌いか?」
「嫌いです」

俺にこんな物言いをするやつは初めてだ。
むかつく、のは、正論だから。笠井は俺をよく見てる、俺は笠井を知らない。

「…わかんないかな」
「何か言ったか?」
「俺はあんたを好きになりたいんですよ」
「…」

分かるかよ。

 

*

 

絶対何かをしてくれると思った。
入学して初めて見た本気のプレイ。真っ直ぐな目としなやかな体。目を奪われないはずがなかった。見かけだおしだったなんて思いたくない。
もう彼らの最後の夏が終わる前に、俺はあんたを好きになりたい。自分の目が狂ってたなんて認めたくないから。

「これ以上落ちる前に這い上がってきて下さい」
「…」

 

*

 

「…俺告られてんの?」
「だから、嫌いだって言ってるでしょう」

あんたなんか大嫌いですよ、
楽しそうな声。敵意はなかった。

「…先輩に向かってあんたとか言ってんじゃねぇよ」
「先輩と認められたらそうします」

じゃあ急ぐので。
振り返ると笠井の背中。渋沢はあんな背中を見てるんだろうか。
…ざけんな。 お前になんか好かれたくもない。

夏はこれからだ。
今のことを忘れるには十分長い。
ぜってー撤回させてやる。後悔しやがれ馬鹿野郎。

 

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