t a l k / o u t / p o w e r


 

折角スーツ作ったんだから入学式行ってちょうだいね。できたら写真撮って送ってほしいけど、あなたの性格を考えてそれは期待しないわ。新しい生活はどう?足りないものがあったら言いなさい、何でも買ってあげるのは今だけよ。夏からは学費と家賃しか出さないのでそのつもりで。じゃあ、心配はしてないけど元気でね。中西くんによろしく。何が悪いって、ところどころに見える冷たい言葉よりも最後の一言が。女ってタチが悪い、母親なんて最強に。

「たっ……辰巳っ……!」
「何も言うな!」
「かっこいい……」中西。
「つーか、高い壷とか布団とか売りつけれそう」近藤。
「お前進学やめて就職したら?」三上。
「とりあえず三上には言われたくない」辰巳。

ちょっとやらしてやらして! 中西が興奮気味にネクタイを引っ張ったので一瞬呼吸を失った。ネクタイが曲がってますよ、ア・ナ・タ、中西がひとりで楽しそうに、辰巳をおもちゃにして遊んでいる。

「……なんでお前らはうちに集合してるんだ」
「辰巳くんのオーダーメイドスーツを見に。違うな金のある家は」
「見に来るな。入学式は?」
「俺昨日」中西。
「俺明日」近藤。
「俺午後から」三上。
「……揃いも揃って……」辰巳。

あぁだめかっこよすぎる。辰巳はへばりつく中西をはがすのも諦めたらしく、腕時計を締めて壁の時計と合わせた。
春────中学へ入ってから六年間を過ごした仲間と道を分けた季節。寮生活だったことも併せて、小学校の六年間とは重みが違う。涙の卒業式は二月だったが、あれから連絡は取りつつも顔を合わせたのは初めてだった。全寮制と言う形式のため、寮を出た後はそれぞれ実家に戻る。遠方から来ていた生徒と卒業後に会うのはなかなか難しい。今日は辰巳の知らぬ間に、春からの城となる狭い部屋へ男三人が集まっていた。春先とは言え暑苦しい。

「お母様のために写真取ろうぜ、中西と一緒に」
「余計なことするな、俺よりそこのホストを撮ってやれ、撮って売れ」

詐欺師みたいなセールスマンよりましだろうがよ。三上はネクタイを直してにやりと笑う。笠井に見せてやりたい。呟くと、見せてきた、とのこと。相変わらずだ。

「……俺さぁ、昨日入学式、行くのやめちゃった」
「お前スーツでうち来ただろ」
「あの後。なんか面倒になっちゃって、スタバで本読んでた」
「なんで」
「……ひとりになるの久しぶりだったからかな。辰巳に会ったあとだったから余計、」

もう時は戻らないのだと。

「……よしっ、行くか」
「どこに」
「入学式だろうが」
「……来る気か」
「おぅ、行くぞ」
「……何様のつもりだ」
「保護者!」

いらない。辰巳の言葉は無視される。

 

 

 

「それで、結局辰巳先輩以外が辰巳先輩の入学式出たんですか?」
「そう」
「……馬鹿みたい」
「俺ひとりに限定して言うな」

三上が笠井の視線を睨み返す。久しぶりの母校。OB戦で戻ってきたグランドは、自分が知っているものと同じなのに違うものに感じた。久しぶりに体に風を受けた気がする。時は確実に流れていた。

「どうですか、学校」
「今はなんとも。サッカー部どうすっかなぁ」
「え、俺三上先輩は入ると思ってたんスけど」

藤代の声に三上は唸り声をあげる。三上先輩サッカーやめないで下さい! 後輩から上がった声に、他のOBは何となく面白くない。

「三上は愛されてんのねぇ」
「だって他の先輩達忙しそうだから」
「は?」
「え、だって俺、三上先輩は特に目標はないけど大学行ったから暇だって聞いたっスよ」
「……か〜さ〜い〜?」
「やだなぁ俺なんも言ってませんよ」

怒る三上をみんなで笑う。中西は辰巳を盗み見た。表情はまだ変わらないのに、指定のジャージを離れてこの場所にいる姿は、新しい誰かになっていた。

「…こんなに寂しいの、俺だけなのかな」
「中西…」
「まいるなぁ、俺のキャラじゃないよねー」
「中西先輩ッ……!」

可愛いっ! 笠井が目を光らせて抱きついていく。もう見慣れた、懐かしい光景だ。

「俺も中西先輩いなくて寂しいです!」
「笠井……!ありがとう、これから犬の世話が大変になると思うけど頑張ってね!」
「はいっ!」

そろそろ監督に挨拶してくるか。辰巳が立ち上がると何人かも立ち上がった。残りは帰る支度を始める。中西は辰巳と一緒に部室を出た。最後の一歩をためらわないよう気をつけながら。

「あ、先輩達帰りますか?」
「あら水野、どこ行ってたの?」
「監督のところに。さっき用があって呼ばれたので今いませんよ」
「だって。どうする?」
「『やっとお前らから解放されたんだから顔見せるな』」
「……それは?」
「伝言」

中西は笑って辰巳の腕を取る。こうなりゃ意地でも会って帰らなきゃ、桐原の部屋で待ち伏せしようぜ。辰巳も反論する気はないらしく、真意は定かではないがついてくる。桐原に挨拶して帰ろうなんて真面目な他のメンバーは、また今度こようと帰っていった。

「────あ」
「水野?」

彼が殆ど無意識に指さした先、グランドの隅にある倉庫の影。光を避けるように三上と笠井。

「────水野、笠井はどう?」
「……俺には変化はわかりません」
「そっか……それで三上は迷うんだね」

部活など入らなければ、時間は山ほどできることは身を持って知っている。三上に時間があれば頻繁に会うことは可能だろう。
三上はサッカーを取る。辰巳が呟く。辰巳なら?問いには答えない。

「……笠井泣いてるなぁ」

 

 

 

雨だ
俺傘持ってこなかった、の言葉には応えず、力を持った手が中西の背中を抱く。狭い城は段ボールの匂いがした。防虫剤の匂いと夕食の匂いだ。息遣いに混じって車の音がする。音がするたびに息を殺してしまうのは、寮のそばは車があまり通らなかったせいだ。
雨が窓を叩く。入れろと急かす。

「追い出す?」

息遣いが部屋に充満していく。息苦しいのに、離して、の一言が言えない。雨は明日の昼からと予報では言っていたのに。

「……お前は……ほんとに」
「なぁに」
「……構いたいときは逃げるくせに」

月曜は早いんだっけ。手を伸ばして、蜘蛛の気持ち。辰巳を引き留めて逃がさない。

「辰巳、苦しい。明日は?」
「……バイトの面接」
「あ〜。やだな」
「何が」
「辰巳ばっかり先に行っちゃう」
「……」
「あ、今可愛いとか思った?」
「馬鹿だとは思った」
「あっクソ

しばらくじっと呼吸を聞いて、どちらかが先にベッドを降りた。電車がないなと呟く。

 

 

 

「見学していいですか」
「あ、新入生?どーぞどーぞ。サッカーやってた?」
「小学校から」
「お〜!」

薦められたパイプ椅子は日の光で熱くなっていた。道理で他の見学者は立っているはずだ。

「ポジションは?」
「MF」
「あ、俺も俺も。欲しいんだよ今!」

ボールの飛ぶ音。ゴールのネットの張る音や、ランニングの声。新しい世界だ。知らないグランドは、それでも施設を充実させていた母校より立派なものだった。
水を求めて近付いてきた部員に見覚えがあり、目を凝らす。向こうも同じような動きをし、目を丸くした。

「中西?」
「……あらまぁ、中島先輩?」
「あれーっ、お前こんなとこ来たの!?意外!」
「どーせラッキー合格ですよ」
「じゃなくて、みんなで中西は卒業したら夜の新宿にって言ってたから」
「失礼な」
「何?中島の後輩?えっ、じゃあ武蔵森じゃん!」
「そう。こいつレギュラー」
「うおっ……入ろうっ!?」
「考え中です」
「入って〜!頼む!中島使えねーんだもん!」
「オイ。中西こそ使えねぇぞ、やる気ねぇもん」
「先輩ほんとに失礼ですね。俺はいつでも大真面目ですよ」

そうそう、さぁちょっとどうよボール蹴ってみない? 白と黒の生き物を渡される。熱を体が覚えている。サッカーは

「……やりたいけど、やっぱ部活って時間取られますよね」
「う〜ん、一応時間がある限り毎回来てほしい。あ、バイトとかやってんの?」
「いや働くのは大嫌いです」

ちょっと、と言葉を濁す。ふたつ上だった中島は、辰巳とのことも知らないはずだ。

「……先輩……」
「何」
「マネージャー可愛い?」
「「可愛い!!」」

 

 

 

「お前らは」

言葉にしてしまったのを後悔したんだろう、桐原は口をつぐんだ。ばれるもんだなぁ、感心してしいて中西は返事が遅れる。いつから気付いていたのだろう。隠してはいなかったけれど、その通りの意味に取るとはなかなか素直なのかもしれない。

「俺は中西が好きです」

降った声に耳を疑う。桐原は深く溜息を吐いた。

「いや……何も言うつもりはない。はっきりしてよかった」
「やりにくかったですか」
「お前らはみんなそうだ。あんなに手こずった年はない」
「お世話になりました」
「────あぁ」
「あんまり部員いじめちゃダメですよ。夜道でドスッてされても知りませんから」
「私は中西にこそされそうだと思ってたがな」
「ひど〜い」
「俺も思ってた」

無言で辰巳を踏みつけた。
再度挨拶をしてふたりは部屋を出た。荷物を取りに部室へ戻る途中、笠井を見つける。

「三上は?」
「あ…グランド」

二年に教えてます。笠井の言葉に、そんな熱心な男だっただろうかと考える。いや、そんなことはわかっていた。あれは真面目な男で、だから笠井も三上も泣いたのだ。

「……先輩たちは、サッカーどうするんですか?」
「俺はやめるつもりだ」
「……そうですか」
「なんと言うか……満足したから、いいんだ」

辰巳に頭を撫でられ、笠井は唇を尖らせた。なんだか子どもみたいだ。と言うよりも、辰巳が父親のように見える。

「そっか……辰巳はやめるのか」
「バイトしないといけないしな。俺仕送りないんだ」
「そうなんですか?」
「家賃と学費だけ出してもらって。進路変えたの俺だから」
「……俺も考えなきゃなぁ」
「笠井はどうすんの?」
「……俺も、サッカーはわかりません。真剣にはやらないと思う」

中西先輩は? 俺、俺はね、迷い中。俺が欲しいのはあの熱い生き物みたいな衝動で、辰巳も三上もいなくてまたあれが手に入るのか確信がないから困ってて、どうしたらいいのかな。

「サッカーはしたい」

 

 

 

「……やっちゃった……」

寝坊だ。やっぱり少し遠くても家から通えばよかったのかもしれない。無理やり布団から這い出して、服を脱ぎ捨て洗面所へ向かう。ここは寮じゃない。起こしてくれる奴も、面倒を見てくれる奴もいない。自分でどうにかしなければ。冷たい水で顔を洗って、気合いを入れてそこを出る。支度は昨日済ませているから、服を着ながら携帯を見た。
今すぐ出ないと遅刻ですよと語る数字と一緒に新着メール、中島からの新入生歓迎会の連絡だ。朝飯は着いてから食おう。財布をポケットに押し込んで、コンロよーし、換気扇よーし、電気よーし、鍵を握って部屋を出る。

 

 


 

中西オンリー発行。何も考えずにタイトルつけたことが丸わかり。間に画像挟んで編集してたのでネットだとどうも……

090315再録

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