「むぅ・・・」

こんなの横暴だ、責任者呼んでこいッ!

もう何度もその台詞を言い掛け、引っ込める。
言いたくても言えないのだ。

責任者は自分だから。

「畜生・・・」

アタシはたまたま当番だったのに。
だいたいやりたくもない委員だってのに、何でこんな事に!?
アタシは本は好きだけど、倒れた棚を直せる程体力ないっての!


グ ウ  ン


――喧嘩が起きた。

たまたま当番の日に、たまたま図書室で、たまたま起きた喧嘩で、たまたま棚が倒れた。

はその時たまたま抜けており、帰ってきたら何だか酷い事になっていたのだ。
そして喧嘩を止めに来た先生がたまたま説教好きな先生だった為、本来なら彼等の片付けるはずの散らばった本はそのまま。
よって、図書委員の先生がたまたま当番だったに片付けを頼み…もとい、命じたのだ。
たまたま図書委員になってしまっただけなのに。

別に本棚に本を詰めるだけならいいのだ。
倒れた本棚がたまたま一番整頓できていなかった本棚で、ついでに整頓も命じられる。
たまたま倒れた本棚は、両面に本の入る形だった。

偶然に偶然が重なって。
思わずハァ、と溜息が零れる。

「疲れたか?」
「えっ、あっ、大丈夫ッ!」
「そうか。無理しなくていいぞ?」
「そんなっ、手伝って貰えただけで有り難いのに、全部任せられないよ。辰巳君も折角部活休みなのに・・・」
「いや、俺も任されてきたから」
「こんなに時間掛かると思わなかったらしくて。あの先生一度言ったこと撤回するの嫌いだろ、途中で帰って良いって言いたくなかったんだろ」
「何それぇ!?辰巳君帰っていいよ!」
「じゃなくてだな、俺が言われたのはを手伝って作業を終えて寮まで送れ、って事だ」
「・・・へ?」

黙々と辰巳は本棚に本を戻していく。
棚も辰巳が起こしたもので、実のところ片付け云々以前には棚が立てられずに時間を食っていたのだ。

「・・・ホントに帰っていいよー、松葉寮って厳しいんでしょー?」
ひとりにした方が怒られるって」

たまたま、面倒を押しつけられた辰巳。
サッカー部のレギュラーで、高さの辰巳良平と言う名まである。
身長は実際高くて、が今まで見た誰よりも大きい。

は辰巳の横に順番道理並べた本を積んだ。
本は一番上から詰めていくため、辰巳に任せてある。

「・・・替わろうか?アタシも椅子使えば出来るよ」
「俺がその椅子を支えてか?」
「・・・・」
「別に大丈夫だ。を見るより楽だしな」
「悪かったなちびっ子でっ!」

やや身長の低いは、辰巳との身長差は20センチじゃ足りない。
確かに、を見下ろすよりは本棚の上段の方が差が少なかった。

「・・・いいなぁ。背高くて」
は小さいからだろ」
「でもさぁ!」
「例えば、だ。俺が小さかったら俺は俺か?」
「・・・嫌」
「だろ」

自分と視線が同じ高さの辰巳を考えて首を振る。
辰巳がふっと笑ったのに気付いて、が思わず凝視した。

「・・・何?」
「えっ、いやごめんっ何でもない!・・・ただ・・・笑った顔初めて見たかも・・・なんて・・・」
「え」
「・・・ご、ごめん気にしないで」
「いや・・・。・・・三上と藤代がちょっと前につけたあだ名知ってるか」
「? 知らない」


「鉄仮面」


「・・・・」

本を選り分けていたの手が止まる。

「っ・・・あははははっっっ!!」







「・・・大丈夫か・・・」
「・・・ごめんなさい・・・笑い過ぎました・・・」

頭の中でまだ鉄仮面が増殖している。

「あー・・・アタシ辰巳君がこんなに面白いヒトだとは知らなかったよ。いつも静かーな感じで教室で本読んでるイメージ強くてさ」
「・・・・」
「?」
「いや・・・以外と見られてるんだなと」
「あ、いや、たまたまね」

視線を泳がせて、が作業に戻る。
辰巳は気付いていない様で本を片付けていた。

「・・・何でこんな所で喧嘩なんか起きたんだ?」
「さぁ・・・アタシ丁度居なくて」
「本の詰まった本棚が倒れるぐらいだ、力加減も何もなかったな」
「うーん・・・かもね」

不意に思い出したのは、辰巳の噂。良くない噂。
辰巳って相手校のキーパー怪我させたんだって


「・・・?」
「うあっ、何っ!?」
「何って・・・本」
「あっ・・・」

何気なく開いた本をそのままで考えていたので、どうやら真剣に読んでいると思われたらしい。
辰巳が傍にしゃがんでこっちを見ている。

「きゅっ・・・休憩しよう!アタシ何か飲み物買ってくる!」
「あっ・・・」

辰巳が止めるのも聞かず、が教室を飛び出す。
残された辰巳がひとり溜息を吐いた。







「うー・・・卑怯だ。あーもー、何か顔熱いし」

手にした紙パックを頬に押しつけては溜息を落とした。
足取りは重い。

「あーあ・・・三上とかだったら緊張しなくて良いのにさっ」

紙パックの冷たさが気持ち良い。
図書室の前まで戻ってきて、はドアに手を掛けて一瞬ためらった。

「はぁ・・・・・・辰巳君ただいまぁ・・・あれ?」

本棚の前に辰巳の姿はない。
棚を見れば、が出て行く前より詰まっている。

「辰巳くーん」

本棚の裏を覗いてみても、辰巳が居た形跡すらない。

「・・・あ」

思い当たっては奥へ向かった。
本棚に囲まれて並んだ机の、窓側一番奥。やはり辰巳が座っている。
そこが自分の為だけの席であるかの様に、パズルのピースの様にピタリと納まっていた。

「辰巳君」

が呼ぶが、本のページが静かに捲られた。
もう一度呼んでも答えは同じ。
は傍まで行って、無防備な額に紙パックを当てた。

「っ!」

辰巳の肩が大きく跳ねる。

「アハハッ、相変わらず凄いねーその集中力」

は笑いながら紙パックを渡した。
辰巳の表情に、奢りデスと押しつける。

「・・・ありがとう」
「いえいえ。手伝って貰ったしね。あ、進行形か。1・2年球技大会だったらしくて見事にお茶しかなかったよ。何読んでたの?」
「あ・・・探してる奴の2巻見付けて思わず・・・」

辰巳の前に置かれた本に、が視線を移す。
手に取ってパラパラとページを捲った。

「あ、アタシこれ持ってるよ。1巻ないけど」
「1巻ないのに2巻あるのか!?」
「うん」

辰巳が眉をひそめる。

「・・・最初から読まないと何か嫌じゃないか?」
「別に。1巻入手したらまた読めば良いんだもん。ある時に買わないと本屋直ぐなくなるし」
「・・・1巻貸すから読め」
「持ってるの?やった!じゃあ2巻貸すよ。図書室の綺麗じゃないからね」

交渉が成立したところでふたりは作業に戻る。
もう一息で終わりそうだ。

「・・・もうあと少しだな」
「じゃあアタシ下入れてくよ」

散らばったままの辞書を掻き集めて、いかに本棚が整頓されてなかったかを伺われる。
国語辞典、英和辞典、細かく分類して詰めていく。
ふとすれば辰巳がを踏んでしまいそうになるので、作業の能率が上がったかと言えばそうでもなかった。

「・・・でもあの本知ってる人が近くに居るとは思わなかった」
「俺もだ・・・何処の本屋行っても置いてないしな」
「マイナーだもんなぁ・・・あれ書いてる人のデビュー作知ってる?」
「持ってる。文庫だけど」
「ホント?アタシあれかなり必死で本屋5・6件回ったけどないの。
 聞くとか取り寄せてもらうの好きじゃないから未だ読んでないんだよねー、本屋なんだから本来ちゃんと置いてあるべきなんだし」
「全くだな。1巻と一緒に一緒に貸そうか」
「いいの?やった!」
「それよりいい加減終わらせないと門限引っ掛かるぞ」
「あっそうだった!アタシ次引っ掛かったらヤバいんだよっ、頑張れ辰巳君!」
「おい・・・」






「あと一息ッ!」

はあぁとが溜息を吐いた。

鞄は?」
「えーと・・・教室に置いたまま」
「取ってくる」
「えっ、あ・・・アリガト」

図書室の鍵取りに行くついでだからと辰巳が図書室を出ていく。

「・・・さっさと終わらせよっと。しかしまぁ優しいヒトだこと」

それを知ったのは初めてじゃなかった。
黒板の上の方が消せなかったのを消してくれたという古典的な事に引っ掛かったのは3年の始め。

(言っちゃ悪いけどアタシ面食いじゃないんだよねー・・・)

かなり失礼な事を考えながら作業を続ける。
倒れる前は限界を越えるぐらい本の詰まった本棚は、何故か数冊分の隙間を残して片付け終わった。

(・・・一緒に帰っていいのかなぁ・・・)

誰かに見られでもしたら、三上辺りが喜んで食いついて来るだろう。
これ以上迷惑は駆けたくない。

「・・・まぁ素直に喜んどこうかな・・・」







カウンターに図書室の鍵を置いて辰巳は中へ入る。
の鞄を手近な机に置いて棚を方を見るが、の姿はない。

?」

本は全て収納済みだった。
綺麗に整頓された本棚を少し遠めに見て、出来栄えに軽く頷く。

「・・・じゃなくてっ」

何となく恥ずかしくなって図書室の奥へ入った。

「・・・っ」

呼び掛けた声を引っ込めた。
さっき辰巳の座っていた隅の席で、が突っ伏している。
音を立てないように近付くと、微かに寝息が聞こえた。

「―─・・・

反応は、ない。
毎日部活で駆け回っている自分とは比べものにならないぐらい肌は白くて、微かに香る人為的な髪の匂いは作為的としか思えない。

「・・・・」

三上だと間違いなく行動に出るシチュエーションだということが妙に判った。
後で判れば散々バカにするんだろう。

「(・・・放っとけ・・・) ・・・

軽く肩を叩くと微かに眉間に皺を寄せ、何か言葉らしいものが口から漏れた。

(起きてくれ・・・)

色々と感情を押さえて、もう一度肩を叩く。
は身をよじって唸り、一瞬遅れて顔を上げた。

「・・・アタシ寝てた?」
「らしいな」
「うわーっ恥ずかし・・・」
「先生が未だ居たのか!って言ってた。さっさと帰ろう」
「う、うんっ」





「何だってあんなところに座ってたんだ?」
「えっ!い、いやっ得に意味はっ・・・」

校舎を出てふたりは寮へ向かって歩く。
昼間の蒸し暑い空気は、既に熱は冷めている。

「・・・辰巳君いつもあそこ座ってるから、どう言う風景なのかなと思って・・・」
「えっ・・・」
「で、でもよく考えたら座高違うから意味ないよねぇ」
「・・・俺そんな目立つか?」
「・・・あっ!そっそーいうんじゃなくて、たまたま、・・・当番の日いつもあそこに居るから」


温い風が吹いた。

薄暗い空にくるくると月が昇っていく。
蝉の鳴き声が遠くで聞こえ、何処か秋を思わせる爽やかな鈴虫の音色もした。
季節感漂う蝉の声は、昼間は暑いばかりなのにこの時間帯はそんなに不快に感じない。


「・・・って黙り込まないでよ!」
「あっ、あぁ悪い・・・言う事なくて」
「・・・確かにね・・・ごめんよさりげにストーカー臭くて」
「いやそこまで言ってないからな」

ふと辰巳を見上げたが、その見上げたことに少し不満を抱いて聞く。

「・・・辰巳君て身長何センチ?」
「187・・・ぐらい」
「はちじゅうななっ!?それって渋沢君よりでかいよね!?」
「少し」
「うわー・・・人間じゃない・・・」
「おい・・・」
「だってアタシと30センチ近く身長差あるんだよ!?」

辰巳はを見下ろす。
小学校で使った、30センチ物差しはどれぐらいだっただろうと考える。

「・・・小さいな」
「失礼な!」
「いや?いいんじゃないか、可愛くて」
「え」
「・・・あっ・・・いやっ・・・」

妙に照れ臭くなってお互い視線をそらせた。


「っだーっっ何年前の人間だよお前等は!」
「・・・三上?」
「あ、しまった」
「・・・」





「もう寮着くからいいよ、辰巳君も帰るの遅くなるし」

やはり寮にはどうしても抜け道が出来るからか、男子寮と女子寮は逆の方向にある。
もう寮は見えていて、は立ち止まって辰巳に礼を言った。

「あぁ・・・。帰りたくないな・・・」
「・・・ハハ、三上全速力で帰ったもんねぇ、すっごい嬉しそうな顔で」
「ったく・・・」

「・・・明日、本持ってくね」
「え?」
「・・・・・・アタシ・・・嫌じゃないよ・・・」
「・・・明日、俺も本持ってくる」
「うん・・・」

「・・・じゃあな」

辰巳は後ろを向いて走りだした。






帰ってからの歓迎を、どう対処しようか。

 

 


神のお告げを受信してみました。
そんな代物です。何かもう色々とコメント不可(オォイ)。
微かにほのめかしたコトがあるので続けたいです・・・(希望)。

020715

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送