today

 

「あッ…な、中西先輩!」
「んー?…あれ、辰巳だ」

呼び止めた声が大きくなってしまったせいか、辰巳は周りに目を配って中西の方に走ってきた。中西は自転車を止めて彼を待つ。
どうも図書館からの帰りらしい。辰巳が本の虫なのは周知の事実だ。

「図書館?」
「はい。先輩は?」
「俺はじゃんけんで負けてレンタルショップ。本、籠入れる?」
「あ、」
「いいよ。帰るんでしょ?一緒帰ろう」
「じゃあ…あ、でも」
「何?」
「あ、ちょっと、人と会う用が」
「そうなの?」
「あ、でもそれは一瞬で終わるんです!でも向こうの仕事が終わらなくて」
「仕事?」
「…あそこ」

辰巳が指差した方は中西からは建物で見えず、自転車に跨ったまま数歩下がってそっちを見る。なにやら人だかり。
詳しくは分からないがテレビなどの中途半端な知識で判断するに、何かの撮影のようだ。スタッフのような人も若い人ばかりなので、若者向けの雑誌だろう。

「あそこに知り合いいるの?」
「はい、たまたま会って、ちょっと話があるって引き止められてて」
「ふーん、じゃあいいよ、一緒に待ってる」
「や、いいですよ」
「いーの、俺は辰巳と居たい。俺がいちゃ邪魔?」
「…いて、下さい」
「へへ、」

中西は満足げに笑い、自転車の方向を変えて人山の方へ近付いた。
野次馬に混ざる気はないので少し離れた位置で自転車を止める。中西のものはパンクで修理に出しているので、この自転車は根岸のものだ。

「でも意外かも、辰巳にあーいう知り合いいるのって」
「あ、幼馴染で」
「ふーん?」
「良平!」

終わったらしい。
女の子の歓声を引き連れて近付いてきたのは、中西ほどあるのではないかという背の高い女。よく見れば履いているブーツはかかとの高いものだが、それにしても背は高い。
シフォンのスカートに大きなボタンのジャケット。年がら年中女の子はミニスカートをはく。
年は高校生ぐらいなのだろうが、化粧のせいかずっと大人に見える。

「あれ、この人は?」
「部活の先輩」
(…まぁどうせ、部活の先輩だよ)
「用って?」
「あ、そうそう。写真撮ろう!」
「えッ!」
「あ、1枚だけでいーんだよー、雑誌見てる?あたし自分のページ貰ってるの、そのページ用にさ、お願い!」
「いやそういうのは、」
「えー、相変わらず固いなー。いいじゃん別にいかがわしい雑誌じゃないし、バイトでもないんだから。幼馴染って紹介するだけだよ、だって凄い偶然じゃん!ね、1枚だけ!よかったらそっちの先輩も一緒に!」
「俺も?」

急に話を振られた中西を、辰巳が慌てて背中に隠す。そこにあるのはどういう感情か知らないが、なんとなく頬が緩んだ。

「分かった、俺はいいから、先輩はダメ」
「えー、何で?」
「偶然会っただけなのに変な噂立てられたら厄介だから」
「えー、余計怪しい」
「あのな…」
「じゃあ行こう、あっち。先輩さんちょっと良平借りますねー、すぐ済むので」
「はーい」

ひらひらと手を振って辰巳を見送り、中西は帰れるように自転車に跨った。
…ほんとは辰巳を見たくないだけ。幼馴染だという女の子に手を引かれ、自分から離れていく背中。結局のところ中西はただの部活の先輩で、一緒に噂になると厄介な人物というポジションか。
後ろからさっきの女の子の派手な笑い声と、カメラマンらしき男のかける声。控えめな辰巳の声は聞こえない。
大丈夫だ、分かってる。表に出せない関係だということぐらい分かってる。俺はその上で好きだ。自分の中で確認し、辰巳が戻ってくるのを待った。

「先輩!」
「…そんなに大きく呼ばなくても、逃げないよ」
「あ、すいません」
「…ううん、嬉しいからいいけど」
「ッ…」

走ってきた辰巳を真っ直ぐ見上げると真っ赤になった。そんなに遠い距離でもなかったのに乱れた呼吸。

「…俺 今日の今だけで、ずっと辰巳を好きになったような気がする」
「えッ」
「幼馴染さん可愛いね」
「あ…ふたつ年上なんですけど、姉みたいな存在で」
「モデルさんなの?」
「みたいです。俺も話にしか聞いてなかったから」
「ふーん」

自転車を押しながら歩き出し、辰巳も自転車の向こう側を歩く。少し風が涼しい。

「…辰巳はくるくるの巻き髪もミニスカートもオプションについてないけど俺でいいの?」
「…そんなオプション、いらないですけど」
「そっか。辰巳二人乗り出来る?」
「多分、」
「じゃあ漕いで、俺後ろに立つから。寒いし早く帰ろ」
「はい」

 

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