無題






「あー笠井。亮様がお呼びだよ」
「……すぐですか?」
「さ? 夜でイイんじゃないの?」
「――――では今日の勤めを終えてから」




 亮様はこの屋敷の実質的な主人で。権利はまだ継いでいないけれど継いでいないのは権利だけ。
 俺を雇ってくれたのも亮様だ。親がバカな詐欺に遭って、―――…結果を見れば俺を売って難を凌いだような形。
 父親は逃げて母親は臥せった、型通りの借金地獄へ陥ったうちの、身売りしようが何をしようが払い切れそうにもない決済をどうにかして下さったのが亮様。条件は俺の奉公。……だけど給料だってちゃんと貰ってる、亮様に何の得があったのかは判らない。俺にしてみれば借金を肩代わりして頂いた上に働き口まで世話をして頂いた形だ。
 ただの酔狂じゃないの、と秘書の中西さんは言う。
 気紛れやお遊びで軽く億の金を動かせる人、それが亮様なのだと。
「あのひとが今の地位を丸ごと失った時が見てみたいね」
 ……秘書としてあらざることを言ってのける、そんなひとを右腕として遣っている方――――――




「…ン、あ、あ…っや…ッ」
 亮様は俺を抱くのが御好きだ。
 何が気に召してるのかは判らないけど。
「イヤ?」
 嘲るように焦らしながら、でもコノヒトの抱き方は凄く優しい。はじめての時でさえ痛みなんか大してあったような憶えがない。…あったんだろうけど。記憶には残ってない。
「あ、ァ…っ――――…や、奥…ッ」
 疼きに耐えかねて腰が揺れる。もっと奥へと誘い込むように。
 それに亮様は甘く微笑う。
「どんどんやらしくなるな竹巳? …何処だって?」
「は…ぁ、違…ッあ、ァああッ!」
 からかうように笑いながら俺の欲しいところに刺激をくれる。たまに泣いて懇願するまで焦らされることはあるのだけれど、その分は後で返してくれるから。意識が吹っ飛ぶほどの快感なんて、きっとこの人に抱かれなければ生涯知ることはなかっただろう。
 ……亮様に抱かれるのは好きだ。俺の雇用の経緯を知ってる使用人仲間は恩人の誘いに我慢してるんだと思ってくれてる人もいるけど、そんなんじゃない。本当にコレは俺の自由意思。
 初めにもちゃんと訊いてくれた。断る理由も含んだ誘い。それに二つ返事で肯いたのは俺。
 亮様が好きだ。感謝も返しきれないだけ抱いてる。すこしでも返せればいいのにと思うけどでも、……いつも亮様より俺の方がずっとイイ思いをさせて貰ってるばかり。
 亮様が俺の体に飽きたら俺は。




「笠井はよく続くねェ」
 あの人に抱かれた後、笠井がそこで朝を迎えることはあまりない。あの人は頓着していないようだから気絶してしまった時にはそのまま寝むことになるけど、……笠井には一応主人と使用人だからという意識が在るのだろう、事が終われば帰るようにしているようだ。
 ――帰ると言っても自分に当てられた部屋へ戻ることはあの人の部屋で夜を明かすより稀だけれど。
「そう…です、か?」
 大体はあの人の部屋を辞してすぐ俺が捕まえるから。
 強制することは主人の最も嫌うところだから、この屋敷ではそれは禁忌だ。…誰が決めた訳でもなくそうなってる。つまりは誑かして誘い入れるしかないわけだけど。笠井はいつも殆ど抵抗なく来る。……盲目的に何にでも従う奴じゃない、来るなら本当に構わないんだろう。
「タダの使用人なら先々代からの古株とか居るけどね。…亮様のお相手を頻繁に務めた奴は結構暇貰ってっちゃうんだよ」
「…どうして…っあ、アツ…ッ!」
「……あのひと凄く優しく抱くでしょ……?」
「あ、うン…っ」
 なかをぐるりと掻き回してやると震えた背がしなる。キレイなラインを描く、あの人の好きなのもこういう姿だろうか。
 滅多に中には出されていないのだけれど今日はしくじったのか、名残がどろりと指を伝った。
「珍しいな、笠井どんだけ感じさせたの?」
「知、らな……ア、やあっ」
「中どろどろ。……すぐ入れても平気そうだね」
「や、ァっ……あああッ、ツぁ…ッ!」
「嘘言わない。こんなで痛いワケないでしょ」
 俺はあの人ほど優しくはしてやれない。そもそもする気がないし、どうせあの人に抱かれた後ばかりで少しくらい酷くしたところで大したことはないのだから。
 ――――夜の世話役になった奴がすぐに辞めていくのは、……誤解してしまうからだ。
 あの人は本当に優しく抱くから。……ちゃんと名前を呼んで気遣って、愛しそうに抱くから。誤解して期待してけれどあの人は何処まで行っても仕事というスタンスを崩さない。働きの分だけ加給を手当して、きちんと確認させる。…そして相手を1人に限定することもしないから。
 仕事が出来なくなってくれば首にするしかないし、本人から辞職の願いが来ることも多い。
「あ、あぁ、なかに…っ」
「……何なんだろうね亮様。……そんなにテク凄かったりするの?」
「…ッあ…?」
「抱かれるようになると何か皆惚れちゃうんだよねぇ」
 色々適当に抓んでるように見える、そうも趣味が似通った奴ばかりな訳はない。優しく愛しく抱くと言ったって、皆が皆誤解するのも可笑しいし誤解したって想いを返すとは限らない。亮様が見るもの誰でも落ちる絶世の美男だとかなら無理矢理納得してみてもいいけどそこまでじゃないし、そもそも人の美意識は様々だ。
 辞職の受理は俺がするんだから辞職の際の様子は見てる。その限り、嘘を言っている風も亮様に何か言われた風でもないから、事実進言の通りなのだろうけど。何故一様にそういうことになるのか俺にはどうも腑に落ちない。
「……中西さんは……あ、あきらさま…お相手、したこと……」
「――――無いよ。傍に俺しか居なくたって、あの人は俺は抱かない」
 勘違いはしていない、あの人は俺が必要だ。
 ……離れて行くのも見送れるような一過性のオモチャとは違う。解っているから俺も相手にはならない。
 だけど本当は、




 俺は知ってる。
 中西さんは亮様のことが、…耐え切れず辞めていった人たちよりもっと、本当の意味で好き。
「……な…で、中西さん……亮様、……だかな…いんで、すか」
「…うん?」
「んッ、あ…っ! は、ぁ、…かにし…さん、ッあきらさ…のこ……と…っ」
「うん好きだよ。…だからに決まってるじゃない」
「…っけど、亮様、も」
「……亮様のお気持ちは知らないよ。知らなくていい」
 ……中西さんは柔らかく言ってきれいに微笑う。
 だけどこの人の表情は誰より真偽が判らなくて、だけどどうしてだろう凄く惹かれる。
 このお屋敷へ入った時に良くしてくれた使用人仲間にこわいのは亮様よりこの人だと教えられた、唯一亮様の横に立つ右腕。
 中西さんのことは殆ど判らないけど。
 これは判ってる、……中西さんは本当は、亮様のことが抱きたいんだろう。
 でも絶対に手は出せなくて、何もせず耐えることも出来なくて、だから中西さんは俺を抱く。女と違って万一も無い、亮様に抱かれた俺を。
 ――――だから。……俺は亮様に、飽きられちゃ困るんだ。
 役に立ちたいのは本当でも、結局はそんな浅ましさが俺をここに繋ぎ止めてる。
 亮様は好き、『仕事』じゃなく愛されてるんじゃないかと錯覚してしまうことがあるのも今までの人たちと同じ。『仕事』だと認識し直して少し落胆を感じたことだって本当はある。
 だけどそれ以上の何かは無くて。それよりも俺は、俺は。
「…ねぇ笠井、俺は亮様の気持ちは知らないけどお前のことは知ってるよ」
「え」
「お前、俺のことが好きでしょう」
 びくりと大きく体が反応した。余りにあからさまで誤魔化しようも無い。でもだって、まさか。
「……っ…だめ……です、か」
「別にィ? …ぶっちゃけ多分そこも亮様の気に入ってるヒトツだろうし?」
「え…っ、あ、やッああっ」
 ――――――そうですだから亮様には飽きられたくない此処に居たいそしたらこのひとに抱いて貰えるからこのひとと居られるからだから。
 あざとい思いを責めるような、酷薄で綺麗な笑顔が俺に向けられる。


「俺と居たかったら、頑張って尽くしてね? ――…亮様に」


 わかってます
 あなたは亮様のことしか見えてない
 だけどだからあの人の傍に行けば、居られれば、視界にくらいは入っていられるんだ








「……動けンの? 寝てっていいぜ」
 いつものようによろよろと服に手を伸ばした竹巳に声を掛けると、迷いもせず弱く首を振られる。いつものこと。
「…いえ、」
「ほんとタフだよなァ竹巳」
 肩を竦めて笑いを含んだ台詞を投げてやると、ふと竹巳の動きに軽いブレーキが掛かった。
 ゆっくり此方に向けられた瞳に僅かな揺れ。
「……そんなことないですよ。亮様が気遣って下さるから――…」
 少し掠れた声も力が無い。思いが見透かせて可笑しく俺は笑ってワインの栓を開ける。用意したグラスはふたつ。
「そんな怯えんなよ。お前も中西もまだ当分クビにする気はねェから」
 強張っていた表情が、少しだけ柔らいだ。……生活の全てに駆け引きがあった俺とは違って、笠井は相手や心境によってくるくると雰囲気が変わる。度胸はある方のようだから余計だ。胆の小さい奴だと恐縮しかしなくて面白くない。
「……気付いて…いらしたんですか」
「これでも主ですから?」
 軽く言うと竹巳は小さく微笑う。その笑顔から感じる純朴さと、普段のストイックな印象。反転する本能に任せた淫乱さがたまらないと言ったらどんな顔をするだろう。まだ自覚させない方がいい気がして言っていないけれど。
 竹巳は自分の視界に映るものには酷く聡い。それを思えばいっそ滑稽なほど、視界の外の物事には無頓着だ。恐ろしく近視眼的で芯が硬い感じ。自分が見ている対象のことには細かく気が付いても自分が見られていることにはまるで気付かない。そのアンバランスさも気に入っているところ。
 そのあたりは中西も少し似ている。
「俺には都合イイけど、何でアイツ?」
「……さぁ、俺にも判らないんですけど。…亮様には都合がいいって…?」
「いつもは俺が気に入った奴すぐ出てっちまうからさ。中西に惚れてンなら当ッ分出てきゃしねェだろ?」
「――――どうして出て行かれてしまうのですか」
 ほらこんなこと、普通の奴は訊きはしないのに。配慮がない訳でもない、芯が坐ってる奴は違う。
「ヤんなるんじゃねぇの、俺の相手。いつでもヤメてイイっつってっけど、主人の誘い断って一般奉公だけは続けるなんて度胸ある奴は中々居ねェってことか」
「……、……よかった。主様でも、何でもご存知な訳ではないのですね」
 苦笑する竹巳に、艶やかに赤いワインを注いだグラスを渡してやって首を傾げる。既に注がれたグラスを拒否するのはそれこそが非礼に当たると教えてあるから竹巳は断らない。礼を取って一口を含み、台詞を続けた。
「あんな風に抱いて頂けて嫌になるひとなんて居ませんよ。……愛してはいけない人を愛してしまうから、……してはいけない期待をしてしまうから、……――――だから逃げ出すんです」
 苦しそうな、何かに縋るような。けれどそれだけではない瞳の映すものは俺ではなく。
「――――――……お前も?」
「え」
「お前も逃げ出したいと思ってんの?」
「…… ……いいえ」
 覚悟を秘めて口許を引き結ぶ竹巳に俺は微笑う。
 そうだから気に入ってるんだ、逃げ出すような奴に未練はない。
「ならいいさ」


 手放す気にならないのは、自分の望みの為なら何をも利用し犠牲にする程に貪欲で浅ましくも必死に足掻く奴等だからこそ。










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