upbeat

 

夏に流れたいろんな噂は現実感がなかったせいか、あっという間に消えてしまった。
ただ大場先輩は変な噂をでっちあげたとかでしばらく気まずかったらしい。あいつが悪いんだから自業自得だと中西先輩は言うけど、全部事実ではあったのだから気の毒な気もする。三上先輩と笠井は変わっていない。何も。
だからかえって、俺はやっぱり中西先輩に流されてしまっただけなのかと思うときがある。ほんとは先輩のこと好きな気がしてるだけなんじゃないかと、勘違いをしているんじゃないかと。

「どうした?ぼーっとして」
「あ、」
「もう屋上も寒いね」
「…そうですね」

秋にもなれば夜の屋上は少し肌寒い。一歩隣に立って先輩、俺より若干背が低い。彼の方は風呂上がりだったから、湯冷めしてしまうと思って戻ろうと声をかける。

「じゃああとちょっとだけ」

冷たい手が俺に触れた。一気に心臓が跳ね上がる。

 

*

 

「ふ…ひっくしゅ!」
「ッ…つば!」
「あーハイハイすんません」

目の前の三上に怒鳴られたけど怖くない。三上は不細工な面で顔を拭う。
あーあ、昨日やっぱり冷えたかな。でもふたりで堂々と会うわけにはいかないし、かといって会わないのは嫌なんだけど。でも風邪引いたら辰巳に怒られそうだ。それはそれで見たいけど。

「…よかったね、噂消えて」
「…お前なんかした?」
「まさかァ。人の噂も75日」
「そんなに経ってねぇけどな」
「そんでその後は何もなし、と。折角の噂も使えなかったねェ」
「…何をどう使うって…?」
「噂のままいい雰囲気作って」
「作れるかッ!そもそも雰囲気に流されるようなタマかよ」
「…よくわかってんねぇ」
「は?」
「笠井のことなんかノミほど気に留めてなかったくせに」
「!」

かーっと顔を赤くした三上を笑ってやる。可愛い奴。
最近は寒くなったので、いつもの廊下はやめてその中の被服室を拝借している。ほんとは鍵閉めちゃうんだろうけど、先生は窓の上の窓の存在を忘れている。そこからどっこいしょと侵入するのだ。大抵前の時間に授業があるようで、部屋の中は暖かい。

「三上かわいー。ガキみたい」
「ガキだよ!」
「ひっひ」

よく考えたら三上との付き合いも謎だった。同じクラスなわけじゃないのに何となく一緒に昼飯を食べている。

「ほんとに何も変わってないの?」
「…話ぐらいはするけどよ」
「じゃあ言葉の端々でアピールを」
「もういいっつってんだろうが」
「俺はあんたが実はマムシ並みにしつこいこと知ってんだけどねェ」
「…テメェよりましだ」
「言ったな」
「そうだろうが、辰巳みたいな奴にツメかけやがって」
「あぁ、それは俺もミステリー」
「…どういうきっかけがあったわけ」
「…さぁ」
「ハ?」
「なんか、わかんない。感情より心臓が先走っちゃって」
「…何それ」
「何、なんていうの?動悸?」
「キューシン飲んでろ!似合わねえし!」
「あんたもね」
「……」

ハァ、三上が大きく溜息を吐く。そのわけはきっと失礼極まりないので聞かない。

「――――でも、辰巳はほんとに俺のこと好きかわかんない」
「は?」
「だって普通に考えたら笠井の反応の方が正しいしね」
「…辰巳もお前のこと好きだったんじゃね―の」
「それはない。2ヶ月避けられた」
「…それって」
「だから俺は、あいつにそれと気付かれたくないわけよ。こんなんばれたらそれこそ嫌われそうだけど」
「…お前がえげつないのは俺が知ってるけどな」
「一言多い」

四六時中俺のことしか考えられなくなればいい。
だから常にあいつの心臓めがけて、言葉を放ち、手で触れる。手品師の気分、タネはそこだ。

 

*

 

中西先輩、だ。後ろから聞こえる声、見てないけどそれでわかる。きっと先輩も俺に気付いているけど話しかけないのだろう。
お互い気付いたふりをすれば挨拶はする。だけど一緒にいるのは多分三上先輩で、あの人は俺たちのことを知っている分何となく会いたくなかった。
資料室に通りかかり、その中に隠れる。そもそも用があるのはこの部屋だ。頼まれた資料は他のクラスが使ったからか、見えるところにある。だけどふたりをやり過ごそうと、影も見せないように戸の後ろに隠れた。声が近くなる。

――――通りかかった誰かが三上先輩に声をかけた。年配の先生だ、声は聞いたことがある。立ち止まっているようで声はそこから動かない。丁度真後ろ辺りだろうか。変な汗をかいてきた。下手に隠れなければよかった。
隠れている方の隣の戸が急に開き、びくっと思わず肩が跳ね上がる。ついでに心臓も一緒に。
…中西先輩。ひょこんと部屋を覗き込み、見回してから俺に気付いて驚いた表情を見せた。それからにやりと笑う。
どうして隠れたかなんて聞かない。ひょいと伸び上がってきて、彼の唇が一瞬俺の頬に触れた。

「中西、何やってんだ?」
「ん?いや、隙間から変なもん見えたから何かなと思って」
「変なもん?」
「歌丸が見えた気がしたんだけど、どくろの写真だった」
「テメ…歌丸馬鹿にすんなよ」
「君ら笑点なんか見る時間あるの?」
「あれ地部沢が録画してんスよ」
「あはは!渋沢君好きなのかい? 今度授業のとき聞いてみよう」
「俺が怒られるじゃんそれ」
「ほら、授業始まるよ」
「お、中西行くぞ」
「あいあい」

じゃあね、と視線が語る。からりと戸を閉めながら、先輩の足音。少し小走りなのは三上先輩を追いかけたからか。
――――…寿命が縮まった。
触れた頬を撫でる。心拍数が上がりっぱなしだった。体が熱い。呼吸も熱い。恋かどうかわからない。そのうち死んでしまうんじゃないだろうか。治まらない心拍、資料を持つとひやりと冷たい。俺が熱いのか。
ぼーっとしていたら廊下に出た頃にチャイムが鳴ってしまった。慌てて廊下を走り出す。
丁度いい、動悸が誤魔化せる。これでもう恋だか何だかわからない。

 

*

 

「あっつい」
「中西?」
「へっへ、心臓壊れそう」
「…あっテメ、辰巳となんかしたろ!?何が歌丸だ!」
「いやほんとに歌丸はいたよ、何とか原人」

わかんない、そんなものいなかったかもしれないけど。
辰巳がもうちょっと俺にどきどきしてくれてると嬉しい、俺の方も治まらないけど。これって俺も自己暗示かけてないだろうか?何だかよくわからなくなってきた。辰巳が好きか?
あーもういいか、どきどきして気持ちいい。三上に小突かれて、反撃しようとするとチャイムが鳴り出した。急いでふたりで走り出す。
うまく呼吸が出来ない。そのうち俺は死ぬんじゃないだろうか、それはもう少し勘弁、もう少し辰巳を見てたい。
あ、やっぱ、好きだよこれ。 あっつい。

 

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