目を前を車が通り過ぎた。

「・・・あぶなー・・・また先輩にバカって言われるところだった」

息を吐いて、少し落ち着いてから気が付く。

「・・・俺・・・本どこやったんだろ」


手 紙


「藤代、・・・おーい藤代くーん」

チームの先輩に呼ばれるが、藤代はそれ以上動く ことが出来ない。
先輩は相変わらず藤代を呼び続ける。藤代の視線の先。
人込みの似合わない彼、後ろ姿。視覚的にも感覚的にも自分の中の彼と同じだ。
視線に気付いたのか藤代という名前に反応したのか、彼はゆっくりと振り返った。
若干の迷いの後、呟くように言う。
離れていたが、雑音を縫って藤代の耳に届いた。


「誠二」


「ッ・・・」

名前を呼んではいけない気がして、だけどその場にいられず藤代は駆け出した。
今度こそ何も聞こえない。
人にぶつかってよろけて、だけど謝りもせずに真っ直ぐ 。
勢いに任せ、ぶつかるように抱き締めた。

「タク!」

違うのは自分だと思った 。







「あーきーらー。起きてよホラ!休みだからってゴロゴロしてないでッ、克朗君から電話!」
「ぁあ?・・・っクソ・・・携帯切ってやったのにしつけェな」
「ずっと鳴ってると思ったら切ったわけェ!?もーっ」

かなめは三上の被っている布団を 引き剥がす。
ホラホラと急かして三上を起こし、ぐいと子機を押しつけた。

「携帯切られても 掛け直してくるぐらい重要ってコト何でしょ!」
「めんどー・・・」

仕方なく起き上がった三上は、眠そうに子機を受け取る。
普段使わない保留ボタンを目で探しな がら欠伸を噛み殺した。

「何」
『・・・み、三上、落ち着いて聞け』
「お前が落ち着 け、何だよ」
『その・・・悪戯に騒がしてもいけないと思って確信があるまで黙ってたんだが』

二度寝を許す気はないらしい奥様はタンスから服を引っ張りだして投げる。
三上の腕がまとわりつく布を邪魔臭そうに払い除けた。

『・・・そこにかなめ居るのか?』
「あ?いるけど」
『・・・少し離れてくれないか』
「何だよ、聞こえねぇっ て。女がらみ?」
『お前と一緒にするな』

子機の向こうで溜息が聞こえた。深刻そうな様子に三上も立ち上がってベランダに出る。
少し不安がったかなめを手で制しでガラス戸を閉めた。

「・・・何、」
『・・・・・・笠井が』

久しぶりに聞いた名前に顔を しかめる。
煙草を持って出ればよかったと少し後悔した。久しぶりと言う感覚に、静かな怒りが湧いた。



『 生き返った 』



────一瞬意識が飛んだ。
電線に止まっていた鳥が飛んだだけかもしれない。







「・・・よう」

第一声。笠井はパチパチと少し瞬きを して、小さく笑う。

「寝癖」
「うっせーな、ソッコーで飛んできてやったんだから有り難く思え」

余りにも普通に笑うので三上も普通に返事を返した。

「俺―───・・・びっくり した」
「俺の方がびびったっての!」

笠井は何も変わらない、死んだときのままの姿だった。

―───そう、確かに死んだ筈。
頭も心も笠井は死んだとしっかり受け止めているし、今更出てきても困るぐらいだ。
だけど笠井はここに居るし、三上 も困りはしない。
笠井の体は中学2年当時のものだけれど。
三上はもう酒も煙草も許された体だけれど。

「えーっ、何か普通 ー!!もっとさぁ、抱擁とかッ!」
「バカ代の癖に抱擁ってわかんのかよ」
「わかりますよ!バカ代やめて下さいー!」

お茶を運んできた渋沢が苦笑する。
笠井は取り敢えず第一発見者である藤代の所に避難していた。
東京広しと言えど、いつ何時誰に会うか判らない。
よく似ている、で済む問題ではあるが、声でもかけられれば大騒ぎになる恐れもあった。

「・・・取り敢えず・・・三上に聞いてみようと思ったんだ。笠井を・・・ものの様に言うが、相応しい機関に渡す方がいいのかどうか」
「・・・・」

指輪を思い出した。
左手に光る結婚指輪。
極力自然な動作で三上は笠井の死角に手を隠す。

「俺、は、」

―───ちょっと渋沢に会って来る、
その言葉に行ってらっしゃいと笑いかけたかなめが脳裏をよぎった。
好きだ。
今一番好きなのは。

だけど。

「―───俺は笠井と居たい」

他の事が何も考えられない。
居たい、だからどうするのか。
家は、仕事は、―────かなめは・・・・・・・
だけど全部どうでもいいと本気で思った。

笠井がここに居る 。

「・・・先輩」

心臓がびくんとした。
耳が未だ慣れていない。

「・・・何、笠井」

笠井

呼べる。
返事があるから、そこにいるから。

「指輪見せて」
「!」

緊張。
何やってんだとばかりに藤代が睨んできた。

「・・・大丈夫、取らないから」
「・・・・」

三上がゆっくりと左手に差し出した。
浮気防止とかなめが常につけさせている。飾りっけも何もない、シンプルなシルバーリング。

「・・・ずっとしてるんだ」

指に合うように若干変形した指輪をなぞって笠井が呟いた。
触れた指先が懐かしい体温で、三上は無意識に唾を飲み込む。
抱き締めたくなる。

「・・・・」

ふと笠井が手を止めた。
ぴんと指を張って、三上の手の平とぴたりと合わせた。
伝わってくる体温にドキドキする。

「・・・大きいね」

笠井のセリフに違う意味で ドキッとした。
笠井の手の平は小さかった。







「お帰りなさーい。克朗君何だった の?」
「え・・・あぁ・・・」

散々考えてきた言い訳は結局見つからなかった。

「入らないの?」
「・・・かなめ」
「・・・何?」
「―────俺、今すげェヤなことしようとしてる」
「 え?」
「ホント・・・でも俺・・・」
「先輩」
「・・・誰か居るの?」

かなめが顔をしかめた。
酔った後輩を連れてきたという口振りではない。

「渋沢にも藤代にもやめろって言われたけど、コソコソするのやだから」
「・・・女?」
「―もっとタチ悪ィ」

自嘲気味に笑いながら三上が大きく戸を開ける。
ドアの向こうに立っているのは中学生ぐらいの少年だ。かなめを見て動揺を隠せずにいる。

「・・・隠し子ッ!?」
「あぁ?俺の年考えろ!」
「じゃあ誰っ!?」

「―─────笠井」

「―───」

かなめは勢いをなくす。
ゆっくり笠井といわれた少年に視線を向けた。
・・・見たことはあった。三上が写真の整理をしているときに、藤代と一緒に笑っていた。
だけどそれは写真の中での話。

・・・三上と付き合っていた彼は死んだ筈だった。
生きていたにしても、この容姿はありえない。

「・・・信じろっ て?」
「・・・・・・・・」

かなめの平手が綺麗に三上の頬に決まる。
響いた音に思わず瞑った目を笠井が開けると、三上がゆっくりと手を頬に添えるところだった。

「別れたいならまだるっこしいことやってないではっきり言えばっ!?」
「違う」
「じゃあ 何がしたいのよ!」

―──二つ目の音が響いた。
かなめが頬を押さえて笠井を睨む。

「笠井」
「好きだもん」
「・・・・」
「俺だって先輩好きなのに」
「・・・・」

叩かれた頬は、よく考えたら余り痛くなかった。
恋に溺れた中学生なんてこんなものなのかもしれない。




「・・・俺だってわかんないんです、気付いたら道に立ってて」

笠井がゆっくりと口を開いた。
落ち着いたかなめも、一度聞いた三上も静かにそれを聞く。

「跳ねられそうになっただけかと思った。だけど持ってた鞄も本もないし」
「・・・・」

少し鼻声なのは泣いたせいか。
泣きたいのはこっちだ、かなめが顔を伏せる。

「電車に乗る筈だったのに財布もないから乗れないし、家まで帰ったら違う人の家になってたし」
「・・・・」

三上がもういい、 と呟いた。
判ったような口振りの三上にやや不満を覚えるも、かなめには怒りは浮かんでこない。

「・・・アタシに会わせてどうするの・・・」
「・・・俺もわかんねぇよ・・・」
「・・・・」

かなめが静かに立ち上がった。

「洋子のトコ泊めてもらう」
「かなめ」
「あたしだって好きよ」

かなめが笠井を真っ直ぐ見据えた。

「あたしだって亮のことが好きよ」



「・・・・」
「・・・笠井」
「・・・・」

ソファに伏せて笠井は動かない。
そっと頭の方のスペースに腰掛けて、軽く髪を梳く。

「・・・俺今自分が凄く嫌」
「・・・何で?悪いの俺じゃん」
「違う。ずっと思ってる」
「・・・何を?」
「・・・どうして」


どうして他の人のものになってるんだろう。


「俺・・・今ここに居ますよね?」
「あぁ・・・」

確かにそこに居る。
だけどそれ以上触れられない。

何よりも恐れているの自分の変化に気付くこと。

「・・・今日笠井・・・の夢を見た」
「え・・・」
「だから笠井がここに居るのかもな」
「・・・・」

笠井がゆっくり起き上がる。
顔が見えないように三上はぐっと俯いた。

「・・・先輩・・・お腹空いた」

生きてるから。






「信っじらんない。男の人ってどうしてそう無神経なの!?」

「・・・本気で言ってるなら帰ってくれていいっスよ」
「あぁごめん、藤代君のこと言ってるわけじゃ」
「三上先輩のことでもタクのコトでも許さない」
「・・・・」

藤代のこんな声を聞いたのは初めてかもしれなかった。
バツが悪そうにかなめはコーヒーをあおる。

「・・・だって・・・何なのあの子」

まるで悪役のような自分の去り際を思い出してかなめはごちる。あの場では悪役だったのかもしれない。
渋沢が黙ってかなめのカップにコーヒーを注ぎ足した。

「・・・渋沢君はどうしてここに居るの?」

藤代邸のキッチンで、自分の家の様に動く渋沢は苦笑した。

「昨日から藤代に付き合ってた」
「・・・・」
「藤代も大人になったな」
「当たり前っスよ!俺はいつまでも子供じゃ・・・」

藤代が言葉を止めた。
笠井は子供のままだ。

「・・・俺も好きなのに」

かなめがドキリとした。

「絶対三上先輩より俺の方が好きだったのに」

何度となくそれは勘違いだと自分を説得し
その度にその意志は笑顔の前に崩れ去った。

三上先輩は、と聞いた声が耳に残っている。
俺がここに居るのに。
年を経て成長した自分の体では、抱き締めるときの力加減が判らなかった。

来客を告げるチャイムが鳴り、藤代が立ち上がる。

「・・・昨日からずっとあの調子だ」

渋沢は笑った。よく知ってるはずの笑顔だが、その裏には悲しみともつかない表情しか見えない。
かなめはコーヒーの水面をじっと睨む。

「タクッ!」

玄関からの声にかなめが身構えた。
渋沢は何となく予想が付いていたらしく、不揃いなカップをふたつ出してくる。

「かなめ居るか?」
「居ますよー」

さっきの調子は何だったのか、藤代が明るくふたりを迎え入れた。
笠井と真っ向から目が合って、かなめが少し視線を泳がせる。

「・・・あの」
「な、何」
「大丈夫ですか?・・・頬」
「・・・・」

しばらくかなめが硬直する。
そうかと思えば吹き出した。

「えっ、俺なんか可笑しいこと言いました!?」
「あははっ・・・・・・何か怒る気失せた」
「何?タク何かしたの?」
「・・・ひっぱたいちゃった・・・初めて女の人叩いた」
「どうせかなめさんが取り乱したんでしょ」
「藤代当たり」
「ちょっ・・・亮!」

渋沢が笑いながら二人分のコーヒーを運んできた。

「亮仕事は?」
「俺が行くわけねぇだ ろ」
「・・・亮ちょっと」




「指輪」

かなめが三上に手を突きだした。
三上を引っ張り、かなめはベランダに立てこもっている。

「預かっといてあげる」
「・・・・・・」
「その間はアタシも外しとく。渋沢君とでも浮気しとくことにするわ」
「・・・判った」
「あ、あともうひとつ」
「ん?」
「もう一発ひっぱたいていい?」
「・・・出来れば昨日と逆で」


「たー・・・可愛くねぇ女」

頬を押さえた三上が室内に戻ってきた。
押さえているのは昨日ぶたれた頬と同じだ。

「帰るぞ」
「え、先輩」
「いいから帰る」
「えーっ、!・・・あ、じゃあちょっとまったっ!」






「変な写真」
「ホント」

笠井は笑ってそれを眺める。
あの場にいた全員をおさめた写真は、変としか言いようがない。
笠井とかなめが並んでいる。

「何か疲れた」
「誠二凄い騒いでましたもんね」
「あー・・・」

三上はベッドに伏せた。
隣にいた笠井がふっと真面目な顔になる。三上には見えない。

「・・・・」

笠井はさっと右手を左手で覆った。
写真が手から落ちて、ベッドの下に滑り込む。
透けた。
一瞬右手が透けていた。
左手をゆっくり開くと、右手はちゃんとそこにある。

「・・・先輩」
「あー?」
「ごめん」
「・・・・・・何」


もう 時間がない







「・・・藤代?」
「ほら渋沢さん、夕日が沈む」
「・・・あぁ」

藤代はベランダの手すりに体を預けた。
部屋を片付けていた渋沢も、手を止めてベランダに出る。

「何でだろう」
「・・・・」
「タクは何しに来たのかな」
「藤代」
「結局何も言えなかったしなー。・・・タク三上先輩に言ったと思います?」
「いよいよって頃に泣きながら白状してるんじゃないか?」
「あー、なるほど」
「・・・でも、俺も言えないよ」
「・・・ですよねー、夕日が沈むまで何て」






「夢だったんですよ」
「・・・・かさい」

唇が触れる直前に夢が終わった。








  ------







「いらっしゃい」
「・・・どうも」

母親似かと思っていた笠井だが、出迎えてくれた父親に笠井を見た。
三上が少し顔をしかめたのを見られたらしく、しかし彼はただ微笑む。

「・・・あの、ちょい『挨拶』しなくても良いですか」
「・・・・」
「信じて貰えないかもしれないけど・・・俺、この間アイツに」
「手紙があるよ」
「・・・え?」




いらっしゃい、と中ではやっぱり笠井にの母親が三上を迎えた。
あの頃笠井が住んでいた家からは離れ、昔笠井が子どもの頃住んでいた家に越していた。

「久しぶりね、素敵な男性になって」
「いえ」
「あたしたちも1週間ほど仏壇の前へ座れてないのよ」
「・・・・・」
「言ってないのかしらね、貴方に。会いに来てくれたの」
「・・・そうですか」

父親に勧められるままにソファに腰を落ち着ける。
見事なタイミングで母親がお茶を出した。

「自分の仏壇見て笑ったのよ」
「・・・・」
「ちょっと待ってね、渡すものがあるの」

母親は座らずに台所へ戻った。
冷蔵庫に張り付けてある、大判の茶封筒を持ってくる。

「まだるっこしいコトする子よね」

差し出し人は渋沢。
しかし母親が中から出したのは、白い封筒だった。
一瞬目眩がする。

「どうぞ」
「・・・・・・」
「藤代君のうちで書いたんですって」
「・・・・」

何も言えずに無言で受け取る。
白い封筒。
宛名に先輩へとだけ。
差出人に笠井とだけ。
薄っぺらな白い封筒。

「・・・あの・・・写真・・・見ましたか」
「写真?いや」
「あ、でもまた送られてくるかもしれませんけど」

三上が差し出したのは一枚きりのあの写真。

「・・・凄い写真だね」
「写真は思いつかなかったわね」
「そうだなぁ。・・・これ、もらっても?」
「どうぞ」

写真を見て父親は笑う。

「住所教えるって言っても聞かないんだ。
 当てずっぽうで、金を持たせても置いていって」
「・・・まぁ、アイツらしいですけど」
「だろう。・・・奥さんは?」
「はぁ・・・凄かったっすよ。あれから指輪返してくれないし」
「あらまぁ」

「・・・やっぱ、ダメですね」
「そうね」
「・・・・・・」
「・・・お墓参りに行きましょうか」





「お帰り」
「・・・ただいま」
「線香臭い」

玄関でかなめが待っていた。
三上は笑って靴を脱ぐ。

「・・・指輪」
「あれ、返してくれんの?」
「・・・浮気されちゃやだもん」
「しねぇよ。見てコレ」
「え?」

三上が手にしていた封筒を差し出す。
白い封筒は封が開けてあった。


ありがとう


「まただよ」
「・・・また、」
「そう、また」





「ダメだ緊張した」
「アタシのお父さんに会ったときとどっちが緊張する?」
「笠井の親」
「そうでしょうねっ」
「拗ねんなって」

疲れた、
三上はソファに座り込む。

「でもよかった」
「なんで?」
「笠井親に会いに行ってた」
「・・・そうなんだ」



「・・・聞いていい?」
「何?」
「えっちした?」
「してない。キスもしてない」
「ホントに?」
「今は嘘付けない」
「今はって何よ!」
「取り敢えず今は!」
「・・・・」

「夢だって」
「・・・悪い夢」
「そうかもな」

タチ悪い、
三上が溜息を吐く。だけど顔は笑っていた。

「でもしなくてよかった」
「する気はあったわけだ」
「ちょっとあった」
「・・・・・・」
「でも本気でしなくてよかった」
「何で」
「壊しそう」


関係とか
感情とか
体とかも
色んなものを


しまった、と三上が呟く。


「手紙の返事置いてくるの忘れてた」






ネバーランドの少年に告ぐ。


どういたしまして

ありがと

 

 


少し前、母さんと2人で「黄泉がえり」を見に行きました。
ずっと昔に死んだ人や、つい前日死んだ人が帰って来るんです。
それをベースに。
実際の話は場所などが限定されて居るんですが、まぁそれはナシで。
あまり細かい科学的なことは織り交ぜたくなくて。

ちょっとしたショックだったので、一番多く感想を頂く「ネバーランド」の続きとして。
ただ未消化なのが悔しくてなりません・・・
ちょっと難しすぎました。

終わってから母さんと、「蘇ってほしい人はいるか」という話をしてました。
居ないですね。
アタシは幸せなことに、今のところそんな人は居ない。
父方のお祖父ちゃんは亡くなってるけど、はっきりと顔も声も覚えてないので今更蘇られても、と思う。
多分そんなことが幸せなんだろう。
幸せというのはそういうことだと思った。

2003

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