a r E Y o u r e A d y ?
畑六助(14番)が目覚めたとき、前に座る畑五助(13番)は未だ寝ていた。
「六助、起きたか」
隣の椎名翼(9番)が安堵の表情を見せる。しかし六助が前に座る五助に気付くと、気まずいように直ぐに顔を反らした。
わざと、意識して六助とは逆の隣の風祭小(4番)を起こしにかかる。
「・・・ココ・・・何処だ?」
急に意識が戻ったような目覚め方だった。
別に周りが煩かったわけでもない。何故だか目が覚めただけだった。
水野竜也(19番)がフッと顔を上げると三上亮(18番)と目が合う。
「・・・三上? 何でお前が・・・」
「俺が聞きてぇよ。少なくともココは、・・・教室だ」
三上が視線を部屋中に巡らす。三上もそれを追った。
確かに、使い慣れたスタイルの椅子や机に黒板。何処の学校だって多少の違いはあるものの、教室自体は同じようなものだ。
しかし、少なくとも桜上水ではない。しかも気付けば全員が制服だ。
見れば他に上水のチームメイトや武蔵森、ユースに飛葉に明星。
共通点は、───サッカー。
「・・・小島!」
「ん・・・あれ?」
小島有希(6番)を見付けて水野が思わず立ち上がった。
教室を見回しても他に女子はいない。
「水野?ちょっと、何ココ」
「さぁ・・・」
「一馬、一馬って。起きてよ」
郭英士(2番)は斜め後ろに振り返って声を掛ける。
反応がないので立ち上がって側へ行き、後頭部をはたいた。乱暴などと言っている事態ではなかった。
「結人!結人も起きて」
「んー・・・あ?」
少し離れたところに座っていた若菜結人(20番)も郭の一言で直ぐに目が覚める。
教室が大分騒がしくなってきていたからかもしれない。
「アレ・・・何コレ」
目が覚めた真田一馬(8番)が首に不快感を感じて手を伸ばす。
郭もそれを見て気が付いて、はっとして首に触れた。冷たい感触。
「触るな!」
椎名が強い口調でふたりを制した。
郭が教室を見回すと、どうやらそれは全員に付いているらしい。
「ハイハーイッ、みんな席についてねーっ」
がらりと前のドアが開いて明るい毛色の女と、長めの髪を後ろで一つにまとめた男が入ってきた。
「香取先生!」
「あっコラ水野君、席についてね。エート・・・郭君も」
「先生!ここは何処ですか!?」
「風祭君も座って頂戴。これから説明するから」
女が風祭を制して、風祭は大人しく席に着く。知人の大人が居ると判って安心したせいかもしれない。
男の方は黒板にもたれ掛かり、女が教卓の前に立つ。
「えーっと、初めましての人もいるから自己紹介するわね。
担任の香取夕子です。こっちは副担任の松下左右十さん」
松下が軽く頭を下げる。
「先生担任って・・・?」
「んー・・・何人かは判ってるみたいね?
みなさんにはこれから、殺し合いをしてもらいます」
その声色とあまりにもふさわしくない言葉がオレンジのルージュの引かれた唇から紡ぎ出された。
微かに風祭の「え、」ととまどった声が漏れただけで、教室はシンと静まりかえる。
「アラ?みんなノリ悪いわよー。つまんないわね。まぁ一応ルールの説明するから聞いてね」
松下が黒板におおざっぱに地図らしきものを書いた。
それはどう見ても、島。
所々に地図記号や単語を入れていく。
「みなさんが今いるところはココ、無人島です。あ、後でみんなには地図を配るから。えーっと場所的には・・・学校、ね。ココ
周りは断崖絶壁、うーん、プロのロッククライマーでもない限り降りれません。飛び降りるなら別だけど。どっちにしろ海では監視してるから逃げようとしても無理よ」
「ちょっとまてよ、なんなんだよコレ」
藤代誠二(15番)が不満げに言った。
三上がアホか、と言いたげに藤代を見る。それは呆れているのでもからかっているのでもなく、やめておけと言いたい視線。
だけど藤代は三上に気付かず、黒板の前の香取を見ている。
「俺昨日フツーに寝たと思ったんだけど、何で起きたらこんなトコにいんの?
大体殺し合いってなんだよ」
「・・・人の話は黙って聞くって教えて貰わなかったのかしら?」
「だってっ・・・」
香取の動作や音ではなく、反射的に藤代は足を引いた。本能的と言ってもいい。
引いてから音を聞いたような気もするし、でもそれはあり得ないこととも言える。
嫌な気配に足元を見ると、今まで足があったところに小さな穴がぽっかりと空いていた。薄く煙が出ている。
焦げ臭い匂いに顔をしかめて顔を上げると、香取が悔しそうな表情で小型の銃を構えていた。
「だから香取先生射撃の練習しておけって言ったじゃないですか」
「だって硝煙臭くなるんですもの・・・。
まぁいいわ、藤代君、次は当てるから黙って聞いてね。質問があるなら挙手をして頂戴」
藤代は黙って頷く。
本当だったんだ。表情からはそう思っているのが感じ取れた。
そう、ホントウ。
「・・・先生、何で俺達が呼ばれてるんですか」
「えーっと、椎名君ね。・・・残念だったわね、西園寺さんの件は」
「な・・・」
「結構しぶとかったらしいじゃない?」
ガタンと椎名が席を立ったのを斜め後ろの黒川征輝(5番)が慌てて止めた。
椎名は黒川を睨むが、黒川は怯まずに見返す。椎名は舌打ちをして再び座った。
「そうそう、こんな所で死んだら勿体ないわよ。西園寺さんは死んじゃったんだからね。
気付いてるかと思うけど、みんなの共通点はサッカー。
コレは、選抜です」
「選抜・・・?」
「そうよ、風祭君。
『強い』サッカー選手を求めてるの、この国は。
この間の選抜で落ちた人や呼ばれなかった人もいるでしょ?だから、前の選抜とは違うって事を覚えておいて。
気を抜くと、死ぬわよ」
「あー・・・と言うか、選抜で残れるのは1人だ」
またサッカーが出来るのは、1人。
それと同意語。
「先生・・・」
「ハイ水野君」
「何で小島さんがいるんですか?」
「・・・あら、ココは女子1人なのね。他のグループは何人かいるのに。
男女平等、よ水野君。ココのグループでは小島さんだけのようだけど、女子もちゃんと呼ばれてるわ。実力者って事でしょ?」
香取が笑顔で有希に微笑む。
「姐さん姐さん、コレ何や?」
首輪を指しながら佐藤成樹(7番)が言った。
「あぁ、首輪の説明もしないとね。生死の確認をするために付けてあるようなものなんだけど、何か難しい構造なので説明はしません。不破君とかに解析されても困るしね。
因みに無理矢理取ろうとすると爆破します」
「───畑六助、兄貴を起こそうとしても無駄だぞ」
松下の声に六助はびくりとして顔を上げる。
さっきから椅子の足を蹴っていたのだが、兄はぴくりともしなかった。
「そいつはもう起きない」
「え・・・」
「・・・お前等を眠らせたときのクスリがなぁ・・・体に合わなかったらしいぞ。
もしくは効きすぎたか。ホラ、睡眠薬大量に飲んだら死ぬだろう」
「っ・・・兄貴!」
六助が立ち上がって五助を揺さぶった。
乱暴に揺さぶり続けると、ついには机からすべり床に落ちる。
三上が咄嗟に足を上げて、机を横にずらした。
五助が冷たい床に転がっている。
ぴくりともしない兄の姿に六助は叫んだ。
一緒に成長を続けてきたカラダが、成長をやめている。
椎名達が止める声も耳に入らず六助は前に突っ込んでいった。真っ直ぐ、松下へ。
松下はたっぷり待って、すっと左手を挙げた。
その手に握られていたのはウォークマンのリモコンぐらいの大きさの、小さなそれ。
松下の指がスイッチを押した。
ピ
ピピピピ・・・
六助の首輪の中心が赤く光った。
後ろの佐藤に逃げろとつつかれて、小島が意味も分からず立ち、風祭の所まで下がる。
つかみかかってきた六助を、松下は乱暴に押す。
バランスを崩した六助が小島の座っていた席に当たって止まり、そして
ピッ
「きゃっ・・・」
バランスを崩した小島を椎名が咄嗟に支えた。
みんなが混乱する中、彼は何故か冷静でいられた。
頬にかかった液体を、井上直樹(1番)は震える手で拭う。
未だ温かいそれで手の甲が赤くなった。
小島がさっきのまま座っていたら血の雨を被る事になっただろう、井上の隣の机は見事に赤くなっていた。
ゆっくりと、立つことの出来なくなった六助が前に倒れる。
床が、制服が、六助の血を吸っていく。
「・・・首輪が爆発したらこうなります。OK?」
香取が自分に血が飛んでいないか確認してから、教室を見回して言った。
「始まったら朝6時と昼の12時、夕方6時と夜中の12時と一日計4回島中に放送するわ。その時は殺し合いも中断して聞いてね。
その放送ではコレまでに死んだ人と、禁止エリアの放送をします。禁止エリアというのは、そのエリアに入ると自動的に首輪が爆発するの。ずっと隠れっぱなしの人とかが出てくると困るからね。
放送はAの1、と言う感じでするわ。Aの1は海だけど。
それからココ、学校は最後の一人が出ていって2分後に禁止エリアに指定されます」
「先生」
声の主が笑っているのを、渋沢克朗(11番)は見た。
「武器は?」
「あらイイ質問ね鳴海君」
ホンキだ。
奴は乗った。
自分の後ろが既に死体だと判っても鳴海貴志(12番)は一向に動じなかった。近くで六助が吹き飛んでも同様。
むしろ、1人減ったとさえ思っている。
「武器は水や食料と一緒にランダムで支給されるわ。ホントにランダムだから、誰が何を持っているのか私たちにも判りません。
武器には当たりはずれがあるわ。そうねー・・・過去に国語辞典が入ってた子が居たらしいわ。災難よねぇ、人を殺せるかどうかはおいといて重いから移動に不利だし」
「ふーん。ところでさぁ、選抜終わったらデートしねぇ?」
「・・・残ってたら、ね」
「俺は残る」
それは宣戦布告。
真田が小さくなって震えているのを若菜は見ていた。
ダメだ、一馬は死ぬ。
そんなことを勝手に考えていた。
守らないと。
郭も斜め後ろをずっと見ていた。
ホンキにしないと。
今何かが起きたら一馬は間違いなく泣き出す。
ホンキにしないと。
「香取先生、そろそろじゃないですか」
「あ、そうね。それでは出発前に武器を支給しまーす」
香取が言うと同時に教室の前後のドアが開き、最近よく見かける迷彩柄の衣装の男達が入ってきた。
まるでサバイバルゲームか何かでもしているように、手には銃を構えて。その先は「生徒」達に向いている。
参観日のように後ろのスペースに男達は均等に立ち、前の方も又同様に立つ。
前のドアからがらがらとやかましくカートのようなものが運ばれてきた。
それには山のようにリュックが積まれている。・・・人数分の。
武装した男共に後ろの方に座っている奴らは思わず机を前進させた。
「出席番号順に、2分おきに外に出て貰うわ。その時にこのリュックを受け取ってね。
この中には水と食料、地図とコンパス、そして武器が入っています。
じゃあー・・・一番、井上直樹君」
「う、えっ」
「元気良く返事してね。早く!」
井上がはじかれたように立ち上がり、兵が乱暴に投げたリュックを受け取って。一瞬振り返る。
鳴海と目が合った瞬間に笑われて怯んだ。出ていかない井上に兵が銃口を向ける。
井上が慌てて廊下へ飛び出した。椎名と黒川はそれを目で追っていた。
「・・・2番・・・郭英士」
「はい」
冷静に。
必死に自分に言い続けた。
冷静に。
彼の中にあるのはそれだけだった。
ホンキにしないと。
賭だった。
武器が何なのか判らない状態で成功する確率は、当たりか外れかの2分の1。
兵の投げたリュックを受け取って、郭は振り返りもせず廊下へ走る。
真田が思わず立ち上がりかけた。
何で。
若菜も納得いかずに、郭の出ていったドアをずっと睨んでいる。
「あら、お別れは良かったのかしらねぇ。次に会ったら敵なのに」
敵。
あと1分で出発の笠井竹巳(3番)は身を固くした。
敵?
昨日まで一緒に笑ってた誠二も?
優しくて、たまに優しすぎるところもるキャプテンも?
間宮もよく判らない奴だけど実際嫌いじゃない。
あれから笑ってくれない三上先輩も?
敵?
「一馬」
「英士!?」
出ていったはずの郭が戻ってきた。
ドアの所に立って、真田と若菜を交互に見る。
「どうしたの?さっさと出ていってくれないと困るんだけど」
「一言だけ」
香取が松下を見る。松下は軽く頷いた。
「結人」
「ヤメロ・・・」
何をしようとしているのか分かった訳じゃない。
でもダメだと思った。
「英士やめろ!」
「一馬」
「な、何」
「好きだよ」
言い終わらないうちに郭は片手を上げた。
スローモーションのようにも見えたし、必要以上に早くも感じた。
郭の手に握られたリボルバー式の銃から飛びだした弾は、松下の側頭部にぶち当たる。
反動を感じる間もなく郭の体に鉛玉が大量に打ち込まれた。
ざわめいた教室中に兵達がそちらに銃口を向けた。小島が短く叫んで目をそらす。
「英士!」
今度は立ち上がった若菜に銃口が向く。
しばらく兵達を睨むが、香取と目が合って舌打ちをして座った。
郭が倒れるのを真田は見ていた。
倒れた。支えるものは誰も居ない。
じわじわと血が出てくる。
「あーあ、だから言ったじゃないですか。防弾チョッキなんか意味ないって。用心し過ぎよね、松下さんて。結局死んじゃったけど。廊下に誰も居なかったんですか?
さて、ちょっと出づらいから後ろのドアから出ることにしましょう」
何事もなかったかのように、松下の死体を一瞥した香取は中央を通って後ろへ移動する。
兵もリュックを後ろへ移動させた。
今度は兵が廊下に出る。結構な人数が出た。
「もー、2分以上立っちゃった。3番笠井タケミ君」
「・・・タクミです」
「あらごめんなさい。ガンバッテネ」
香取の笑顔を見て、笠井は何故だか藤代を見た。心配そうな藤代に笑顔を見せてやる。
その後ろの方に三上が見える。だけど、見えただけ。
銃口が自分に向けられたのを感じて素早く廊下に出た。
「・・・なぁ、逃げてくれへんか」
「・・・・・・・・・」
「・・・まだそこまで割り切れてないねん、」
マシンガン、と形容されるものだろう。
佐藤は笠井に向けて構えていた。
まだ学校からそう離れていない、校庭を抜けた当たりだ。
「・・・じゃあ、会ったらでいいから」
「ん?」
「三上先輩にあったら神社にいるって伝えて」
さっき黒板の地図を見て、見付けた地図記号。
何故だかずっと覚えていた。
「───ずっとそこにおる気か?」
「禁止エリアになっても居るって言って」
「・・・俺に言っていいんか?あとにはノっとるかもしれんで」
「いいよ」
「・・・・・・・・・・・・わかった」
佐藤が銃口を降ろす。
「俺も会いたい奴がおんねん」
「鳴海」
不意に声を掛けられて、鳴海は慌てて後ろを向く。
「あれ、何?ビビってんの?」
「設楽・・・」
ふ、と設楽兵助(10番)は鼻で笑う。
「あのさぁ、一緒に行動しない?」
「・・・あぁ」
飛んで火に入る何とやら。
「18番・・・三上亮君」
「センセー、俺『リョウ』なんだけど」
「あら?」
「嘘」
鼻で笑って三上は前のドアの方へ行く。
兵の銃口が向くが意識はしていない。
「ちょっと?」
郭の前で足を止めて、軽く両手を合わせた。
ズボンの裾が血を吸う。
しばらく郭を目に写して、三上はその手から銃を吹き抜いた。
「センセー、コレ貰ってイイ?」
「・・・まぁ、いっか。ドウゾ」
「ドウモ」
乗った。
残る水野と若菜は三上の笑みを見て確信した。
小島
女の子一人というのはやはり不安になるものなんだろうか。
いつもは気丈な彼女の見せた一瞬の涙。
リュックを受け取って、こっちを見た。
「19番水野竜也君」
「はい」
格好付ける訳じゃない。
でも会いたい。
守る。
「水野」
真っ直ぐ、三上が銃を構えていた。
昇降口を出て直ぐ。
真っ直ぐ、
確実に死ぬ距離で。
「・・・悪ィ」
三上が銃口を降ろす。
「・・・お前・・・乗るのか?」
「・・・俺は死ねない。場合によっては殺す」
「・・・・・・・・・」
「・・・お前もさ、会いたい奴居るだろ?」
「え」
「俺もいる。会わなきゃ死ねない」
生きる気は?
聞かずとも判る質問だった。
「・・・だから、どっちかが出会えるまででイイ。
一緒に行かないか」
「な・・・」
「一人で居ると自分にコレ向けそうだから」
a r E Y o u r e A d y ?
男子2番郭英士 13番畑五助 14番畑六助 死亡 【残り17名】
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