勝
つ こ と
「あーあ、あと10分だってよ」
「2点差かァ、ちょいキツいな〜」 グランドの試合を見ながら溜息を吐くのは2軍の部員達。 「クソッ…」 三上はベンチの監督を見た。コーチをベンチにさえ入れなかった男。コーチは3軍のお守りをしてればいいとでも言うのだろう。 「三上じゃん、何してんだ?」
三上の後ろに立ったのは鳴海。松葉杖をついて器用に椅子を越えて三上の隣に座る。周りの部員達が試合そっちのけでプロ選手の急な登場にざわめいたが、面倒なのでほうっておく。 「足は?病院抜けていいのか?」 三上の投げやりな感じがわかっているのだろう、そっけない態度でも何も言わない。一度だけグランドに手を合わせ、いただきますと呟いた。 「…やっぱ母校が勝ってると嬉しいねぇ?こりゃ俺の子も明星だな」 三上が笑ってやると舌打ちをする。禁句だったかもしれない。 「────誰かが言ったかもしんねぇけどよ」 茶化すのが、精一杯だった。
「あ、お帰りなさい。どうだった?」 台所へ向かうと笠井が米を洗っている。…この男だって、今サッカーをしていたかもしれないのだ。三上が黙ったままなのに首を傾げて、笠井は手を拭いて寄ってくる。 「…悔しかったんですか?」 あなたが、真ん中で。一瞬呼吸の仕方も忘れ、何も考えずに笠井を抱きしめた。俺はまだ諦めていなかった?
「あ、コーチ見る?」 呟くように返事をして、三上は視聴覚室へついていく。集まっているのは部員の半分もいない。1軍は主戦力の 4、5人だけだ。監督すらいない。他で見ているのかもしれないが、見る方が真剣でないのはわかる。 「誰かビデオつけれる〜?」
三上が来ていたことに今気付いた部員が驚きを隠せなかった。騒ぐつもりだったのかもしれない。騒いだって構わないのだ。ただ知らなければならないことをわかってから。
「あ、こいつ!すっげぇ足速いの」 思わず口を出してから後悔する。好かれていないのはわかっているのだ。三上がいいと言ってくれるのは『話が合う面白いコーチ』と思っている奴らだけだ。 「…ノート、見なかったのか。明星の選手の50メートルのタイムまでかいてあったぞ」 ビデオを巻き戻して話題の選手を探す。…とりあえず今は話を聞いてくれている。どうなるか。 「────明星に勝つって、約束したんだった」 小さく呟くのはキャプテン。三上は静かにそっちを見る。 「…国分か。雨宮さんだからな、部員も素直なんだろうよ」 ────あぁ。思い出す。嫌な感情が胸を渦巻く、忘れらんないあの夏を。一撃で胸をえぐった桐原のあの言葉。俺は水野がくるまでの代理だったと言われたようなあの日。忘れていない。 「…あとは試合すっぽかしたことがあってチームに見放されて、それがきっかけですんなりやめた」 何を話しているのだろう。こんな話。誰かに言いたかったのだろうか。心が弱っている。確かにそれを感じる。 「サッカーと、比べた。その時はサッカーが負けただけ」 黙ってそのまま部屋を出た。静かになってから初めてビデオがついていたことを思い出す。 (…年取ったって感じ…?) 後悔に追われながら、何も考えずにグランドへ向かう。誰もいないグランド。ボールもなかった。────笠井を捨てて、サッカー?馬鹿な。そんな都合のいいことが出来るはずがない。何より笠井を手放すことが出来るわけがないのだ。 「大人になる」とはこういうことか。無条件に望んでいた未来はこれだ。 「…コーチ」 3軍の部員だ。あとを追って来たのだろう。 「…バカみたいだろ」 久しぶりに泣いた。俺はまた、自分に勝てない。 |
photo by ukihana
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