勝 つ こ と

「あーあ、あと10分だってよ」
「2点差かァ、ちょいキツいな〜」

グランドの試合を見ながら溜息を吐くのは2軍の部員達。
春の大会、決勝まで進んだ武蔵森だが明星相手に苦戦している。今年の明星は『当たり』だ。期待の新人としっかり鍛えた先輩。いわゆる王国世代になりえるだろう。じっと戦況を見て三上は冷静に考える。負けだ。相手との実力に差はない。差が開いているのは『意志』だ。

「クソッ…」
「コーチ?」
「武蔵森が2位で満足しやがって」
「…でもさ、決勝まで行ったじゃん」
「悪戦苦闘でな。…弱くなった」
「! コーチいっつも口ばっかじゃん」
「お前らよりましだ」
「なっ…」
「何だよ、ただのコーチの癖に」
「……」

三上はベンチの監督を見た。コーチをベンチにさえ入れなかった男。コーチは3軍のお守りをしてればいいとでも言うのだろう。
────話には聞いていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。桐原のあとについた新監督。以前から三上は好きになれなかった。

「三上じゃん、何してんだ?」
「…よぉ、お前こそ何してんの?」

三上の後ろに立ったのは鳴海。松葉杖をついて器用に椅子を越えて三上の隣に座る。周りの部員達が試合そっちのけでプロ選手の急な登場にざわめいたが、面倒なのでほうっておく。

「足は?病院抜けていいのか?」
「殆ど完治。こいつは護身用。だって病院ババァばっかなんだぜ、治るモンも治らねえよ」
「相変わらずだな」
「お前はそうもいかねぇみたいだけど?」
「…まぁな」
「こないだ見たろ?」
「寮でな」
「は?チケットもらわなかったか?」
「遠い」
「出不精〜〜」
「こいつらと見たかったんだよ」
「あぁ…何?真面目にセンセイしちゃってんだ〜」
「コーチな」

三上の投げやりな感じがわかっているのだろう、そっけない態度でも何も言わない。一度だけグランドに手を合わせ、いただきますと呟いた。

「…やっぱ母校が勝ってると嬉しいねぇ?こりゃ俺の子も明星だな」
「……出来た?」
「……キャリアウーマンだからな」
「あ〜…でもいい年じゃねぇの〜?」
「言うな…」

三上が笑ってやると舌打ちをする。禁句だったかもしれない。

「────誰かが言ったかもしんねぇけどよ」
「あ?」
「コーチなんか止めて、戻ってこねぇ?」
「ッ────」
「お前知ってるとさ、やっぱ欲しくなるぜ」
「……なんかお前と関係を持ったかのようなセリフだな」
「うわっほんとだ!キショッ!」

茶化すのが、精一杯だった。






「あ、お帰りなさい。どうだった?」
「4‐2準優勝」
「あちゃ」

台所へ向かうと笠井が米を洗っている。…この男だって、今サッカーをしていたかもしれないのだ。三上が黙ったままなのに首を傾げて、笠井は手を拭いて寄ってくる。

「…悔しかったんですか?」
「?」
「やりたかったんでしょう」

あなたが、真ん中で。一瞬呼吸の仕方も忘れ、何も考えずに笠井を抱きしめた。俺はまだ諦めていなかった?
────邪魔になるなら捨てて、笠井の言葉は、まだはっきり覚えている。






「あ、コーチ見る?」
「何?」
「決勝のビデオ」
「…」

呟くように返事をして、三上は視聴覚室へついていく。集まっているのは部員の半分もいない。1軍は主戦力の 4、5人だけだ。監督すらいない。他で見ているのかもしれないが、見る方が真剣でないのはわかる。

「誰かビデオつけれる〜?」
「…俺やる」

三上が来ていたことに今気付いた部員が驚きを隠せなかった。騒ぐつもりだったのかもしれない。騒いだって構わないのだ。ただ知らなければならないことをわかってから。
懐かしい視聴覚室だが、やはり機材は変わっていた。それでも扱いはわかるので、部屋中のテレビにビデオを映す。ついでにスライドも下ろしてそっちにも映るようにした。

「あ、こいつ!すっげぇ足速いの」
「速かったよなぁ、西ぐらい?」
「西より速い」

思わず口を出してから後悔する。好かれていないのはわかっているのだ。三上がいいと言ってくれるのは『話が合う面白いコーチ』と思っている奴らだけだ。

「…ノート、見なかったのか。明星の選手の50メートルのタイムまでかいてあったぞ」
「ノート?」
「敵を知るのも戦略だろ。部室にノート置いたはずだけど」
「あ、見た見た。キーパーが左弱いって書いてあったから狙ったら零したし」
「コーチが調べたのか?」
「うちや明星は敵多いんだ。相手はキッチリ調べてくる。今まで試合やった相手から情報もらっていくんだよ。準決勝なんか正にうちに勝って明星とやる気で準備してたんだからな。 この明星だって西が抜けてるってわかってたからこいつ主体のスタイルに変更してる。西がいたら幾らタイム上では勝ってても試合中は50メートルじゃないから結果はわからない」
「……」
「足は速いけどフィジカルが弱い。だからアメフトみたいに壁がいる。こいつだな。こいつも割と速い」
「あの下手くそなやつ?」
「洗練された選手がそろった中ではそう見える。だからこそ動きが読みにくい。それにこいつはボールをよく見てるよ」

ビデオを巻き戻して話題の選手を探す。…とりあえず今は話を聞いてくれている。どうなるか。

「────明星に勝つって、約束したんだった」

小さく呟くのはキャプテン。三上は静かにそっちを見る。

「…国分か。雨宮さんだからな、部員も素直なんだろうよ」
「…コーチ、前も聞いたけど、なんでプロチームやめたの?」
「……理由は色々ある。そもそもチームは俺を戦力に見てなかったから、やめたって大した支障はなかったしな」
「なんで?」
「チームが欲しがってたのは俺の頭だから。…ブランクはあっても6年間、みっちり渋沢や藤代とやってたんだ。性質なら嫌と言うほど知ってる」

────あぁ。思い出す。嫌な感情が胸を渦巻く、忘れらんないあの夏を。一撃で胸をえぐった桐原のあの言葉。俺は水野がくるまでの代理だったと言われたようなあの日。忘れていない。
あの頃とは逆に、今は欲しいと言ってもらえている。それなのに、この感情は同じだ。胸が重くなる。

「…あとは試合すっぽかしたことがあってチームに見放されて、それがきっかけですんなりやめた」
「すっぽかした!?」
「理由はあるけど言い訳になるから言わない」
「…他には、理由あるんですか」
「……俺にもな、大切な人ぐらいいる」

何を話しているのだろう。こんな話。誰かに言いたかったのだろうか。心が弱っている。確かにそれを感じる。

「サッカーと、比べた。その時はサッカーが負けただけ」
「ッ…じゃあ、コーチ偉そうなこと言うけど大したことねーんじゃんか」
「…そうだな」
「俺らに文句言える立場かよ!」
「文句?」
「…文句じゃん」
「…そう聞こえるか」
「……」
「…俺は、お前らに期待してたんだけど」

黙ってそのまま部屋を出た。静かになってから初めてビデオがついていたことを思い出す。

(…年取ったって感じ…?)

後悔に追われながら、何も考えずにグランドへ向かう。誰もいないグランド。ボールもなかった。────笠井を捨てて、サッカー?馬鹿な。そんな都合のいいことが出来るはずがない。何より笠井を手放すことが出来るわけがないのだ。

「大人になる」とはこういうことか。無条件に望んでいた未来はこれだ。

「…コーチ」

3軍の部員だ。あとを追って来たのだろう。

「…バカみたいだろ」
「…」
「決めたはずなのに、サッカーしたくてしょうがない。サッカー選んだらあいつを手放さなきゃならない。…一度決めたのに、また考えてる」
「どっちも、は、無理だったんスか」
「…無理だ」

久しぶりに泣いた。俺はまた、自分に勝てない。

 

 

 

photo by ukihana

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