鋼 の 糸


 

「やーまいった」
「・・・どうした?」

どっこいせと中西が無理矢理隣に腰掛けてくる。
その頬が腫れていて、辰巳は顔をしかめてノートパソコンを引き寄せた。辰巳の正面にはノートパソコンが2台と携帯電話。

「あのねぇ辰巳、怒んないで聞いてくれる?」
「怒られるような内容なんだな」
「いやー怒られるのも理不尽だけどなんか怒りそうな気がするなぁと思って」
「・・・何だよ」
「えへ?」

中西は辰巳に寄りかかる。
呆れた表情の三上がコーヒーカップにコーヒー豆を入れて中西の前に置いた。

「あ、何コレ、すっげー嫌がらせ」
「めんどくせーんだよ笠井いねーし」
「あ、・・・あのねぇ、その笠井のことなんだけどぉv」
「は?」

店内に客が居ないのを見て三上はふたりの前に座った。
ここは三上の持つ、ビルの中階の喫茶店。辰巳はその一角のスペースを借り、情報屋をやっている。中西はいわば商売敵だ。

「笠井なら今日そっちで研修だろ?」
「いや、俺は知らなかったんだけど。今日の課題は俺の尾行だったらしくてさ。すっごい集中力だよね、俺全然気付かなくて」
「中西がぁ?」

中西の実力を知る三上が顔をしかめる。
普段は喫茶店の店員に従事している笠井の、情報屋としての仕事ぶりを三上は見たことがない。

「そんで、」

中西が続けようとしたとき店のドアが開く。
軋む音と同時に、来客を告げるありがちな電子音が鳴った。三上が溜息を吐いて立ち上がる。

「ストップ」

入ってきたスーツの男が足を止めた。
心底面倒臭そうに、三上はその男の胸に手を当てる。

「おい」
「うるせーな俺だってお前なんか触っても嬉しくねェよ!上着脱げ」
「・・・・」

男は渋々スーツの上着を脱いで三上に渡す。
受け取ったそれを三上が振ると、少し埃の被った床に何かが落ちた。パキンと三上が踏みつぶす。

「ちょっと隙多いんじゃねーの?総長」
「ふん、あとでクリーニング屋調べておく。悪かったな」
「・・・渋沢までお出ましとはロクなことじゃないな」
「残念ながらそうだ。随分と厳重になったな、三上が作ったのか?」
「おうよ。ま、店内でてんとう虫作られたらどうしようもないけどよ」

三上はもう一度渋沢に入り口のマットを踏ませた。
今度は何も音がしない。渋沢は店内を横切りさっき三上が座っていた席に着き、三上はさっき踏みつぶしたものを拾ってカウンターの席に腰掛けた。盗聴器だ。

「真華教知ってるか」
「新手の宗教団体、と見せかけた麻薬販売組織」
「そう。うちは今それを調べてる」
「お前んトコが?」
「サクラからの依頼だよ。そうじゃなきゃそんな危ない依頼受けない。この地区だけならともかく宗教絡みとなると都市にも広がるからな」
「あぁ」

渋沢がサクラと称したのは隠語で警察のことを指す。
先ほど三上がてんとう虫と言ったのも盗聴器のことだ。これは隠語と言うよりも冷やかしに近い。
三上は眼鏡をかけ、ポケットから針状のドライバーを出してそれをバラし始めた。
渋沢が喋るのに合わせ、辰巳が少しずつキーボードを叩く。

情報屋というのは免許さえ取れば政府公認と言うことにはなるが、その免許の活用の仕方は本人次第と言うことになる。
形式的には公務員と言うことにはなるが政府に左右されることは殆どと言っていいほどなく、情報屋を利用する側にとっての基準でしかない。
しかし警察からの依頼は基本的に断れない。非合法な方法を使わなければ手に入らない情報だってある。

「大変だな、サクラからの依頼って報酬はいらねぇもんな」
「そうでもないぞ、相手に懸賞金がかかってたりすると、まぁ半額にはなるがそれがもらえる」
「あ、マジで?・・・・・・あー・・・でも真華教ってマジでやばくない?相当金持ってるなー。この虫その辺のジャンクとは比べものになんねーぞ」

三上は解体した盗聴器を更に細かく分解し、その中に使えるものでもあったんだろうか、何かをより分けている。
ふいに立ち上がってドアまで行き、CLOSEの看板を掲げた。そうしなくとも、こんな店に来る客は滅多にいないのだが。

「宗教的にはそう危ない信仰じゃないんだ。寧ろ心を落ち着け、自分の中の自分ときちんと見つめ合うという中学校の道徳の授業レベルの話だ。
 問題なのは麻薬の方。普通は香にするんだが」
「香?粉じゃないのか?」
「元はね。蝋に粉を混ぜてあるやつが、表向きの、まぁ宗教用とでも言うのかな」

持ってるよ、と言いながら中西はポケットから蝋燭を1本取り出した。普通に見かけるものよりも若干細身で、まったく模様も彫りもないシンプルなもの。
ついでのように一緒に出てくるのは小さな小瓶。

「まぁ香だけでもちょっとは麻薬効果あるのかな。でもコレはアロマテラピーとかそう言うのに近い。依存性はないけど宗教的に習慣性はつくね」
「中西使ったのか?」
「この男に実験台にされたの。酷いわよねぇ、そりゃ俺の体6割ぐらい人工だからあとから体質改善ぐらい可能だけど」
「・・・随分と派手に手術したんだな」
「ついでにちょっと運動能力強化しただけよー、人聞き悪いな。
 まぁ、ね。粉の方も使ったんだけど、こっちも多分依存性はないと思うんだよねェ。まぁある意味依存性というか何というか」

中西はさっき出した小瓶を机に置いた。
3分のほど入った白い粉、それと一緒にかすみ草の花の部分が入っている。

「名前は”イット”。それぐらいは知ってるか。なかなかいいセンスしてるよね。
 これの半分ぐらいは果糖。別に誤魔化してるわけじゃなくて、砂糖という名目で売ってるワケね。ついでに隠語でも砂糖だけど」

辰巳に差し出すと首を振ったので、中西は三上に渡す。
三上はコルクの蓋を開け、まず匂いをかいだ。

「花みたいなちょっと植物系の匂いがすると思うんだけど」
「しない」
「鈍感。多分それが名前の由来かな。香料は入ってなかったから原料の匂いだとは思うけど、今は何か分かってない。
 それ舐めてみな、ちょっとぐらいなら大丈夫だから」

中西に言われて三上は指を突っ込む。指先に浮いた粉を舐めて、甘いと文句を言った。

「・・・それで、笠井とどう関係が?」
「うーんまだこっちの話し終わってないけど、まぁいいか。ぶっちゃけていうとさらわれました」
「・・・・・・」
「笠井が居るなんて知ってたら俺も真華教の方なんか後回しにしてたんだけどこのおじさまが俺にも秘密にするから」
「社長の向かっておじさま言うな」
「因みにオガタ社の白、ご丁寧にナンバープレートなし。運転手は外人マッチョ一戦やって負けましたというか逃がしてもらえましたみたいなー」
「・・・誘われてるな」
「ホントにね」

辰巳が携帯を手にして何処かにかけながらキーボードを叩く。
やべェ、と三上が小瓶に蓋をした。

「やばいっしょ」
「やべェなコレ、確かに依存性はあるかないかわかんねぇわ。でもぜってーハマる」
「でしょー?俺もちょっとやばかったって」

三上はカウンターに回って水を飲んだ。
手持ちぶさたになった中西はコーヒー豆を摘んで一粒噛む。

「・・・あ、やべー味覚死んでる。おもっクソやられたもんなー」
「お前どの辺まで自前なワケ?」
「脳味噌と心臓と両目が自分のまでは覚えてるんだけど。体もベースは自分のだけどね、殆ど細胞死んでたからなぁ。あ、下半身は自前よ?」
「あっそーですか」
「───・・・あ、根岸」

辰巳の手は止まらずにボードを叩きながら、時間を掛けてようやく出た相手に対応する。

「捜し物。オガタ社の白運転手は外人。ナンバープレートなし。・・・中西、どこに走った?」
「ラブホ街ー」
「f-5・f-6・g-5・g-6辺り。───頼んだ」

辰巳が携帯を切った。殆ど同時に強く押されたエンターキー。

「うちでも探しているが」
「少しでも情報あれば回してくれるか。それと真華教頼む、俺にそこまで余裕がない」
「わかった。中西俺は戻る」
「ハイハイ」

渋沢が店を出ていく。中西は相変わらずコーヒー豆を噛んでいた。

「それ、どうヤバイって?」

辰巳の問いに三上が一瞬困った。代わりに中西が答える。

「”イット”の意味分かる?」
「・・・・」
「性的魅力。もうすっごいの、使えば分かるけどさ。一便使ったら一晩中イキっぱなし間違いないね。依存性はあくまでなし、だけど絶対欲しくなっちゃう」
「・・・・・・」
「三上ー、俺もデスクワークさしてー」
「アホか、お前は外回り!俺が外出ても役にたたねぇっつの」

鳴った携帯に辰巳の代わりに三上が手を伸ばす。

「・・・わかった。ああ、そこにいろ。
 中西、f-5”宵”」
「あらーご丁寧に中入ってるわけ。やだなー建物の中で動くの嫌いなんだよねー」

いってきまーす、と店を出ていく中西に誰も視線を送らない。
三上は店の奥からパソコンを持ち出してきて辰巳の前に腰を下ろす。

「何から?」
「ネット販売ルート。地上は藤代に聞けば分かるだろ」
「了解」

 

 

なんでこうなるのかわかりません。
研修の一環かと思ったけど中西さんの動揺が分かったからその可能性は低いだろう。中西さんも無傷じゃないはずだ。
それに、車の中のあの匂いはイットだったし。詳しくは知らないけど流行ってると言うことだけは知ってる。流行る薬は危ない。
車が止まり、連れ出されたときに場所が分かる。
確かに分かったところで助けを求められるワケじゃない、何たってラブホ。悲鳴も嬌声も怒鳴り声もアリだ。
体術にはそれなりに自信はあるけど、・・・このマッチョは反則。運転席によく収まったなという巨漢。ついでに外人。怖すぎる。
あーあ、ひとつのことに集中しちゃうとすぐコレだ。

部屋に押し込まれたらすぐに手足を縛られた。
・・・手段を選ばなければ抜けるけど。今の段階でその選択は賢くない。猿ぐつわも噛まされて人質モード。屈辱だ。
イット関係者についてはまだ仕事したことがない、と言うか辰巳さんにノータッチでと釘を刺されている。
と言うことは人違いだろうか。無差別?であえて俺を選ぶほど間抜けなら抜け出すのも簡単だけど。
どっちにしたってただで帰して貰えるはずがない。
マッチョとラブホにふたりきり、ついでにイットのことも頭を掠めて緊張が抜けない。嫌な状態だ。
あーもう・・・応用力もっとつけよう。訓練時代から頭が固いと散々言われてきたのにまだコレだ。

ホッとしたのは部屋のドアが開いた一瞬だけ。飛び出すこともままならない威圧。
・・・入ってきたのは意外にも俺とそう変わらない少年だ。
但し纏う雰囲気は半端じゃない。
俺を一目見るなりバカ、と言う。細い目が閉じた。

「あーあ・・・やっぱり人任せってダメだよね、使えないなぁ。
 ・・・君喫茶店にいる情報屋のトコの助手だね」

あ、やばい。こいつはヤバイ。
セリフは柔らかいのに目ってか、印象でしかないけど、オーラ?やばい。
こいつだ、とも思う。イットの大元。

「取り敢えず移動しようか」

にっこりと笑って、部屋の奥から出てきたのはスーツケース。
あぁ、俺、生きながらに死体体験?
沈められたらどうしよう。近場に水場がないのが唯一の救い。

 

 

『イットっスか?えーと・・・須釜のトコの古着屋の裏と、駅前公園と宵ってホテル。因みに須釜はノータッチっスよ』
「売人は?」
『特定っスねー、3人だけ』
「誰かパクれるか?」
『間抜けなのは宵の店長ぐらいじゃないっスか?まぁその分あそこが一番ガード高いかな』
「わかった」
『コインロッカー20番に宜しくっス!』
「あー、今回無償で」
『はぁ!?何で!』
「あのなー、俺だってタダ働きだっての。可愛い可愛い竹巳ちゃんが拉致られた」
『えーっ!』
「っ・・・・・・」

三上は反射的に携帯を耳から離した。まだ向こうで叫んで居る藤代が聞こえる。

『えーっえーっ、遅いっスよ!』
「あーもう焦ってんだから黙って協力しろ!」
『場所は?』
「宵」
『行きますッ』

向こうが切る前に三上は携帯を切り、三上はパソコンに向き直る。

「だーっカオでてこねェ〜〜〜!むかつくー気持ちわりー!」
「三上・・・いい年だから言葉遣いに気をつけろ」
「黙れおっさん。ネットルートはなし。政府を避けるためだろうけどな」

一瞬早く気配でも感じたんだろうか、辰巳が携帯を手に取った途端にそれが響き出す。

「・・・ああ・・・わかった。・・・・・・いや、中西がその辺にいるだろう、そいつに行かせろ」
「お前・・・脳味噌改造しただろ・・・」
「偶然。今根岸からカオっぽいやつ見付けたって」
「あー、根岸の勘は当てにしていいからなー。笠井は?」
「別みたいだ」
「あーもーめんどくせー、笠井に修行しなおせ」
「俺が言わなくても師匠が強制的にやるだろうな・・・」

 

 

「・・・やっばい仕事回すなー・・・嫌がらせかしら。顔見ちゃったよ」

中西は溜息を吐きながら携帯をしまい、通行人を眺める。
今正に目の前を通ろうとした男、・・・否、少年と言った方がふさわしいだろう。彼の持ち物にしては不釣り合いなスーツケースを、すれ違い様に捕まえる。

「・・・何ですか?」
「砂糖持ってない?」
「何でぼくに?」
「スーツケースの男が持ってるって。デマかな?」

にこりと笑う彼に、中西も同様ににこりと返す。

「持ってるけどそんな情報流れてないはずだよね」
「えーまじで持ってんだ。ただの言い訳だったんだけど」
「やめた方がいいよ」
「・・・だろうねェ、俺結構勘で生きてんだけど、確信持ってヤバイと思うわ」
「そうですか」

何でもない風に彼は笑う。
ぞくりと。
さっきの笑みでは感じなかった気配。

「中西さんですよね?」
「・・・そうね」
「始めはあなたに来て貰う予定だったんです。ぼくが自分で向かうべきでしたね、手違いで関係のない人まで巻き込んでしまいましたね」
「まぁ関係なくもないけどね」
「中西さん、仕事の話しませんか?」
「・・・俺一応政府側の人間なんだけどねェ」
「だって免許なんて持ってないでしょう?」
「・・・は・・・なんかムカつくな」

中西がスーツケースに脚をかけた。
思い切り蹴り飛ばす景気のいい音が辺りに響く。

 

 

2 >>


もう深いコメントはしないでおきます。
途中で宗教忘れてたし。ぷ。いやね、今回メインは薬で。
頑張って伏線を張ってみた・・・使えるんだろうか・・・・・・

 

 

 

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