鉄 の 街


 

「笠井 落とせ!」
「! ハイッ」

階段の上から叫んでいるだろう三上の姿を確認する前に、笠井は腕をピンと張って手に持っていた袋を出来るだけ遠くに落とした。
螺旋階段の甲高い足音が途切れ、暗い路地を走ってくる人影との距離を目を細めて確認する。
5,4,3,・・・・・・


カンカンと三上が階段を下りてきた。
笠井は人影を腕に抱え、片膝をついてそれを待つ。

「お疲れ」
「・・・女の子なら先に言って下さいよ!」
「あ?」

笠井の膝に長い髪が掛かっていた。

 

 

「うわっ笠井卵全滅!」
「卵どころじゃないですよ!俺手加減できなかったんですから!」
「俺だってしらねーよッ」
「ん・・・」
「あっ、店長 水!」

騒がしい声に薄く意識が戻ってくる。
視界がぼんやりする。薄汚れた天井が見えて、やっと安定した頃に少年が見えた。

「あの・・・大丈夫ですか?」
「・・・ここは」
「鬼店長の店です」

ゆっくりと体を起こして辺りを見回す。
ここは・・・見覚えがあった。さっきまで自分の居た喫茶店。

「はい水」
「あぅ」

カツンと頭の上にコップを置かれ、少年が緊張する。

「手ェ放すぞコラ」
「鬼じゃないですかっ女の子攻撃させて!」
「不可抗力だっつの。女に見えないこいつも悪い」

流石にムッとして店長を見た。
こっちに気を取られた隙に、少年が頭からコップを取って差し出す。

「・・・あの」
「大丈夫です何も入ってないから。俺手加減できなくて、飲んで貰わないと吐くかもしれない」
「・・・貰うわ」
「はい」

少年はホッとしてコップを渡した。ついでに俺は笠井です、と名乗る。
透き通るガラスを通して冷たさも伝わり、少女は水を口にする。

「そもそも店長がもう少し慎重に発言してればこんなことにはならなかったんですよ!」
「うっせーな、悪いのはそっちだっつの。食い逃げに男も女もあるかッ」
「失礼ねっ、ちゃんと払いに来るって言ったじゃない!」

少女は堪らず立ち上がる。
確かに服装はまるきり男、ましてや三上が見たときには髪をキャップにしまい深く被っていたのだ。
三上のは気付かなかった自分が悔しいだけで、ただの負け惜しみだった。

「ここでそんな言葉信じられるかっての」
「何があったんですか?」

笠井は店長にでも少女にでもなく、店の角に座っていた男に問う。
テーブルにノートパソコンを広げ、そのまま本を読んでいた男は顔を上げて本を閉じた。

「・・・彼女が窓の外に何かを見つけて、すぐ戻ると言ってでて行ったんだ」
「食い逃げじゃねェか」
「違うわよ!もー・・・折角麻衣子見つけたのにまた探し直しよぉ・・・」

最後の方には悲鳴に近い彼女のセリフに、笠井は少し考える。
少女は諦めたようにキャップを被り直し、カウンターに適当にお金を置いて出ていこうとした。

「あのっ!」
「え?」
「情報屋が何か手伝えることは?」
「情報屋?・・・だってそんなもの、都市伝説みたいなものじゃない」
「都市ではね。それでも一応政府公認だし、この辺じゃ自称情報屋溢れてるけど」
「・・・・・・」
「ああ、都市からきたのか。そりゃそうだよな、この辺にいる女は大抵知ってるし」

三上が空のコップをを回収してカウンターに戻る。いかにもそれ以上介入する気はないという素振りだ。

「手荒なこともしちゃったしね、無償で受けるけど」
「辰巳に聞けよ」
「おーれーがーやるんです!免許はないけど取れるって言って貰ったんですから!」

カウンターから野次を飛ばす三上に笠井は抗議する。
少女は目を丸くして笠井を見た。

「あなたなの?」
「・・・た、頼りないですか?」
「あっいえそうじゃなくて、・・・意外だったから」
「別に良いけどね。少なくとも道案内ぐらいは出来ると思うけど」
「・・・ありがとう」

笠井はそれを聞いて照れくさそうに笑う。何となく少女まで照れてきた。
また笠井が出掛けるのか、とか何とか愚痴りながら三上は煙草に火を点けた。
仕事ですよ、と反論する笠井の真剣な横顔に、少女は何か記憶に引っかかる。

「・・・ねぇ、何処かで会ったことある?」
「え?」
「都市で、だと思うんだけど」
「・・・ううん」
「そう?」

勘違いではないと思うが、人違いはあるかもしれない。
少女はそれで納得し、笠井に促されるまま状況を話し出す。

 

「あたしは小島有希。探してるのは上條麻衣子って子で、あたしと同じ都市の子なんだけど」
「上條?笠井そりゃタダでやるの勿体ねぇぞ」
「知ってるの?」
「店長は黙ってて下さい!それぐらい大きなところならね。麻衣子って子は社長の一人娘の?」
「そう。あたしはその子のお付きをやってるんだけど、・・・まぁ、窮屈な生活だったとは思うけど。要は逃げ出しちゃったのよ」

小島は大きく溜息を吐いた。
苦笑しながら笠井はカウンターにコーヒーを入れに行く。

「店長功刀は?」
「・・・起こしてこい」
「イヤです」

先日入った店員は役立たずのようだ。
笠井は小島にコーヒーを出し、辰巳の机にも持っていく。

「上條さんって小島さんみたいに男の格好とか、」
「してないと思う」
「・・・じゃあ急いだ方がいいかな。アテとかは?」
「全然、少なくともあたしには思いつかない」
「・・・ちょっとごめん。店長携帯貸してー」
「自分のは」
「修理に出しました」

三上が渋々笠井に携帯を投げる。
どうも、と茶化すように礼をして笠井は番号を押した。

「────あ、誠二。うん、女の子見なかったかな。
 根岸さん居る?じゃあ、一緒に。上條麻衣子さんって言えば分かる。都市から来た子だから範囲は予想出来ないけど。・・・うん、宜しく。俺も外行く」

電話を切って笠井は顔を上げ、小島の方を振り返った。

「小島さん外出れますか」
「あ、うん」
「じゃあちゃんと帽子被って下さい。 店長行ってきますv」
「マジで行くのかよ!」
「だから功刀が居るんじゃないですか。行ってきまーす」

辰巳に挨拶をし、笠井は小島を連れて外に出た。

「・・・あいつ寝起き悪いからヤダ」
「三上よりはましだ」
「・・・・・・」

 

 

さっき駆け下りた螺旋階段を今度はゆっくり通りながら、小島は誰があそこまで自分を運んだのかふと気になった。
話から推測するにこの少年に倒されたのだろう。しかし自分をあそこまで運べるかどうかとなると別だ。

「あの」
「あ、帽子。やっぱり顔出てると女の子だって素人でも分かるから」
「あ」

手にしていたキャップを慌てて被る。
そこまで危険な街だろうか。辺りを見回してみると、確かに女性らしき姿はない。
小島が少し後れをとるのに気付き、笠井はすぐに歩幅を調節する。

「・・・本当に女の人が居ないのね」
「政府が保護って言って都市に連れて行ってるから。好んで残ってる人は勿論その辺の奴じゃ太刀打ちできないほどの強者か、好きでやってる水商売の人だけかな」
「ふーん・・・」

笠井が生まれるより前に流行った伝染病は女性に対して極端に強い威力を示し、あっという間に人口が減った。
しかし衛生管理をきちんとすれば予防できるものなので、今の都市は全く安全だとされている。ワクチンも既に出来た。
今いるのは都市から離れた、都市にしてみればスラム的な街。

「大丈夫だと思うけど・・・女に興味ある人の方が減ってきたし」
「・・・・・・」
「因みに俺もだから安心して下さい」
「安心して良いのか悪いのか・・・」
「都市は男女の人数にあんまり差がないもんね。そういえば小島さん、目は平気?」
「目?」
「うん、目とか喉・・・都市から来た人ってたまに空気が合わない人がいるから」
「平気・・・だと思うけど。・・・麻衣子大丈夫かしら」
「急ごうか・・・あ、ごめん」

笠井が携帯をポケットから引っぱり出す。
歩きながら辺りを見回した。小島ももしかしたら、と人混みに目を凝らした。
小島から離れそうになり、笠井は慌てて腕を掴んで道の脇にそれる。

「・・・e?・・・e-3?じゃあ大丈夫かな・・・ありがと、俺も今からそっち行く。
 上条さんの目撃情報入りました」
「確か?」
「殆ど。覚えることが仕事の人に確かめて貰ってます」

それがどんな仕事か小島には分からない。
行きましょう、と笠井が歩き出した。小島は余り離れないようについて行く。

「安全地帯とは言い切れない。この辺よりはよっぽどましだけど、運次第かな。頭良すぎる人達が住んでるから」
「・・・・・」
「でも迷った末に行き着くなら妥当な場所かな・・・衛生的にも都市に近いだろうし・・・」
「───分かった」
「え?」
「あなた桐原グループの」
「・・・・・・」

笠井が笑う。
それは酷く綺麗で、小島はやはり人違いだと思った。彼は笑わなかったが、きっと笑えないのだ。

「あいつを知ってるんですか?」
「え?ええ・・・一度、見かけたことが」
「あいつはもう、死にました」

あいつは名前を持ってなかったから死んだんです、
笠井はそう笑った。

 

 

2 >>


ヤマなしオチなしですが意味はあるつもりです。
「くろがね」と読んで下さい。「てつ」だと語呂悪いので。
有希ちんはアンブロ仮面意識。
笠井ちんは体術が使えますが三上は実はへなちょこです。
そして今回どうでも良いポジションな辰巳。だいすき(フォロー)
次キャラまみれ。

 

 

 

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