銃 声 の 記 憶


 

「・・・ねぇ、亮」
「何?」

吐息じみた甘い声が耳元で囁く。
質問の前に派手に声を上げて、女の髪がシーツを叩いた。

「普通、電気消してって頼むのは女の方よね?」
「俺 暗い方が好きなモンで」

真っ暗な室内ではその表情までは分からなかった。

 

 

ガチャン!

乱暴な音がして首筋に金属が押し当てられる。
一瞬感じた焦り。

「Hold up!」
「・・・・・・お前か」

三上は手を挙げ、ゆっくり体ごと椅子を回す。金属の冷たさが首から引いた。
室内灯のついていないコンピュータールームの光源は、三上が使っていたパソコンのディスプレイのみ。
その光を受けて、功刀が笑って銃を下ろした。小型のリボルバー式。

「功刀くーん、銃はおもちゃにしないってセンセーが言ってたでしょ?」
「ひとりで何しとるったい。チームの間は連帯責任なんやぞ、妙なことはゆるさん」
「何もしてねーよ、レポートやってただけだっつの。信用ねーな」
「お前は前科があるたい」
「あれ未遂だったろ?まぁ俺の実力を持ってすればホントはマザーハックぐらいワケねェけど?」
「言ってろ」
「・・・お前さー、そう言うトコ可愛くねェよ」

功刀の手から銃を奪った。
弾が入っていないのを見て、つまらなさそうに功刀の腰に下げられたホルスターに押し込む。

「センセーは弾も込めるなって言ったやろ?」
「ったく、意味ねーもん支給すんなって話だよな」
「所持品管理が出来るかどうかという話だ。先月他の部隊で銃の盗難があって盗まれた方が謹慎されとった」
「そりゃ自業自得だろ」

にやりと三上が笑い、何だかそれに違和感を感じる。
そんな功刀を知ってか知らずか三上はパソコンに向き直る。

「・・・功刀、手伝う気ねェ?」
「は?なして俺が」
「めんどくせーんだよレポートなんか。嫌?」
「嫌」
「はは」

三上が笑うときは余りいい時じゃない。
功刀はここ最近でそれに気付いている。

「じゃあ脅される気は?」
「・・・何?」
「お前、去年単位落としてるだろ?何で今俺と同じなんだろうな」
「・・・それ」
「功刀なんて珍しい名前、俺はお前とお偉いさんにひとりしかしらねぇんだけどどういう関係?」

絶句する功刀に、三上は笑って隣の椅子を引いた。

 

 

─────ここは政府警察学校。男の子が一度は憧れる職業、この国では警察官がそれだった。
実際の所警察官が活躍する機会が多い。それは治安や事件だけには関わらず、ある意味でタレント的な部分があった。
ここは通常中卒者から受け入れを始め、年齢はそれ以上問われない。
しかし女性の志願は原則的に許可されなかった。極端に女性の少ないこの国では、女性が危険な仕事に就くことは殆どない。
個人を尊重することが念頭に置かれ、本人の強い意志と実力さえあれば志願も可能だ。但し男性より不利になることは当然だった。
課によって多少の差はあるものの、少なくとも5年以上通い(と言っても全寮制なのだが)試験を幾つか受け、その結果警察官という職業になることが出来る。
飛び級制度なども取り入れているので卒業時の年齢はまちまちだ。
ここでは学びながらも軍事に従事し、給与もある。それは普通に商社に勤めるよりもよっぽど高額だ。
人気のある、故に競争率も高い、国を代表する教育機関だ。
・・・いや、ここに城光の言を持ってくるならば、警察学校は養成機関だ。

「登録番号二三六三上亮、二五一功刀一!貴様らは昨夜何処にいた」
「ハッ、自分はコンピュータールームにてレポートの作成をしておりました」

隊長を前に三上は敬礼して答える。
真面目腐ってレポートの作成もないだろう。提出期限は切れているのだ。
功刀は内心毒突きながらも自分も敬礼をした。

「自分はそれに付き合わされておりました」
「消灯時間には必ず部屋に戻るのが規則だ。よって両者は減俸」
「・・・じ、城光、俺これ以上減俸やべぇんだけど・・・」

三上が急に緊張を緩めて馴れ馴れしく体調の机に両手をつく。
様子をうかがうように、姿勢良く椅子に座る隊長を見て。

「規則は規則」
「ちょっとまてヨシっ、俺は無理矢理付き合わされただけったい!」
「それでも規則は規則。ふたりとも減俸」
「「ああ〜〜!!」」

ふたりのささやかな願いも無視し、城光は机にセットされたパソコンのキーボードを叩いた。
キーひとつで本部に報告書が送られる。パソコンは一瞬で送信完了を告げた。

「三上〜〜ッ」
「お前はいーよ、俺今月何回目だよ〜〜」
「それは自業自得たい!なして俺までッ」
「全く・・・お前ら分かってるのか?もうすぐ実戦訓練やぞ、成績の悪い者は参加を認められないんだからな」
「俺成績いーじゃん」
「ここは養成機関、警察などと言っているが所詮は軍隊や。逆らうような危険分子は退学も進級もさせてもらえんぞ」
「・・・俺コンピュータールームの使用延長許可取ったぞ」
「寮の方に何も届けてなか」
「あっ・・・」

畜生、と三上がずるずるとしゃがみ込んだ。
城光は椅子の背もたれに体を預けて溜息を吐く。功刀はじっと城光を見た。
自分の所属する第三訓練部隊隊長・城光与志忠。同郷での奴で幼馴染みとも言える関係だった。
中卒で一足早く警察学校へ入学し、高校を出てから功刀がここへ来た頃には隊長なんてやっていた。
自分は、と思う。
自分は・・・

「なー城光、俺ヤベーかな」
「さぁ」
「げ〜・・・実戦訓練の為にやってきたようなモンなのによー」
「まぁ1年次に比べればましなんじゃないか?俺はお前が進級出来てる方がよっぽど不思議だ」
「だから俺の実力。あれはたっぷりツリが来たしな」

今度は三上に視線を送る。
1年次、入学したばかりの頃のことだ。
政府警察のマザーコンピューターの、何重にも張られたハッカー対策のバリケードの外側の3つを突破した奴が居た。4つ目で引っかかり、まだ先の見えないままだった。
学校の管理するパソコンを使用した行為だったためにすぐに犯人は分かり、現行犯として一度は監視下に置かれる。
しかしその後、彼の突破した3重のバリケードの代わりをプログラムすることを特別任命された。勿論過去に特例のなかったことだ。
それをやってのけたのが三上亮。ただの訓練生のひとりであるはずの。

 

「・・・・・・」
「功刀?」
「・・・何でも」
「あーっ、しかし減俸はイテェ・・・」

城光の元を離れ、ふたりは今度は寮長にしかられに行く途中だ。
頭の中で残高を計算して三上が嘆く。功刀はそれをバカにして笑った。寝坊による遅刻やレポートの未提出など、こつこつと溜めたツケだ。

「まぁ実戦訓練出れそうならいいか」
「お前は・・・別に実戦訓練出れんでも大丈夫やろ?情報課からスカウトきとるんやし」

ここでは3年次より課ごとに隊が別れる。
本当に必要な実習は1年次の射撃訓練などだけで、三上のようにデスクワークが主となる課へ進む場合には取り立てて必要な実践ではない。

「ん?あぁ、力試し、ってだけど」
「・・・・・・」

力試し。
三上が1年次に起こした事件でも言った言葉だ。

「お前は・・・実戦訓練でも何かするつもりなのか?」
「は?・・・あぁ、まさか。今度は無理だろ、何か計画立てても実行前に消されちまう」
「・・・・・・」
「普通に、力試し。何たって実戦だし?」

似非だけど。
三上は笑った。その表情を見て功刀は嫌でも思い出す。
昨日の三上のセリフ。それは功刀には全くの初耳だった。
確かに1年次に単位を落としたという意識はあった。しかし成績が発表されたときには進級という結果だったため、勘違いだと何の疑いもなく思っていた。
三上に言われ、功刀は父親の地位を思い出す。
追いつけないほどの上官である父の存在が、功刀を進級させていた。恐らくは彼の面子のために。
昔に見た、警察を志願する切欠となった父の凛々しい姿はその瞬間に消えていた。
同時に、何故今まで気付かなかったのかと自分を恨めしく思う。
気付くのが少し遅かった。

 

 

実戦訓練とは言えあくまでもそれは訓練だ。
それはバーチャルで行われる。酷くリアルなものだが、死ぬことも怪我をすることもない。
────それが不味い、と三上が隣で呟いた。
散弾銃を肩に担ぎ、弾がなくなるまで向こう側に撃ってからバリケード内に戻ってくる。

「三上?」
「バーチャルはヤバイ、と実感」
「なして」
「現実感が薄れる。安心感が得られる」

三上が手早く弾を込め直す。
自分も空薬莢を蹴り飛ばしながら弾を込め、そういえば三上は射撃訓練も成績が良かった、何て思い出していた。

「死ぬか大怪我をするかすると向こうに戻される。撃たれても死なない、大怪我の痛みもない。死なない、苦しくない、痛くない。そんな訓練繰り返して、万が一ホントに戦争が起きてみろ」
「あ・・・」
「政府だってバカじゃない。訓練をする場所がないなら作り、駒も武器も減らさない」

三上が再び体を起こした。
引き金を引いて弾を送ると相手が踊り、消える。仮想された敵は別の部隊だ。
バリケードの中で功刀は銃を握っていた。
ここは何処だ、と考える。こんなに巧い具合にバリケードが組めるんだろうか?弾は際限なくあるのか?死体も怪我人もないのか?
少し離れた向こうで味方の誰かが一瞬よろけて消えた。これは嘘の戦いだ。

「功刀!」

びくりとして顔を上げる。その額に銃口が押し当てられた。
BGMは銃声。功刀は今の状況は酷くドラマティックに思える。虚像だ。

「俺が悪かった。気にするなと言っても無駄だな」
「・・・・・・」
「また留年できねぇぞ?」
「!!」
「バーチャルだからこそ、コンピューターが誰な何人殺したかをセーブしてる。
 いいのか?お前はまた自分で進級しないのか?」
「ッ・・・」

功刀の反論も待たずに三上は散弾銃を手放し、ライフルを手にした。
高性能なスコープの付いたそれに弾を込め、予備の弾丸をポーチに押し込む。

「三上!」
「ハイッ」

三上は予想していたようにはっきりと返事をした。
やはりライフルを構えた城光は適地から目を離さずに叫ぶ。

「残り時間10分!」
「了解ッ!功刀援護を頼む」
「・・・了解」

硝煙の匂いは確かにする。バーチャルだがリアルさはあり、擦過傷には痛みがある。
しかし所詮はバーチャルだった。死なない、と言う意識が功刀にまとわりつく。
三上がバリケードを飛び出し、功刀も続いて駆けだし三上の前につく。ふたりに反応する敵兵に走りながら弾を撃ち込んだ。
その間に三上はそれを探していた。功刀を狙った奴を撃ち、敵の陣地を見る。
空薬莢を飛ばして狙いを付けた。敵の隊長の頭を狙う─────

 

 

「お疲れ」
「・・・おう」

死んでいた仲間に声を掛けられ、三上は首を鳴らして立ち上がった。ゴーグルを外して椅子に戻す。

「お前何で向こうの隊長なんか狙いに行ったんだ?」
「あの隊長は一番撃たれにくいバリケードの奥にいた。だからそいつを撃てばまず高得点」

三上が鼻で笑う。
酷くゲームじみた会話だ。命ではなく成績を賭けた戦い。

「指揮官が崩れれば隊も崩れる。ついでに弾薬類もぶっ飛ばす予定だったけど時間切れ」
「じゃあ何で10分前まで出なかったんだよ」
「敵地まで突っ込むには敵の数が多すぎる。あとはこっちが優勢で持ち込んでたから焦った隊長がラストスパートをかけるために姿を現していたから」
「・・・お前そこまで考えて?」
「実戦じゃ役にたたねェよ、時間制限なんてねぇんだから」

三上は苦しそうに顔をしかめ、それから整列のために部屋を出ていった。

 

 

2 >>


三上過去話と言うよりもカズさん過去話な感じ。
どうでも良いんですが(よくない)カズさんが凄く標準語もしくは関西弁寄りで申し訳ない。
限・界です☆
ヨッさんは趣味で。

 

 

 

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