銃 声 の 記 憶


 

「────三上!」
「・・・おー、功刀か。久しぶり」

相変わらず小さいな、と続けたのを蹴り飛ばす。三上は笑って功刀の頭を撫でた。更にひと蹴り。
3年に進級して課が別れ、もうすぐ4年になろうとするこの時期になって初めて会った。確かに人口の多い広い学校ではあり、会えたことの方が不思議なぐらいだ。

「───・・・功刀、今夜時間ある?」

少し雑談の後に、三上がらしくもなく遠慮がちに口を開く。

「ん?まぁ特に用はないやろ」
「部屋こねェ?泊まりで」
「・・・・」
「話 あんだけど」
「・・・分かった、行く」
「おう」

少しホッとした表情を見せて、三上はじゃあと去っていく。
功刀は何となく納得しない思いを抱えつつ、その足で届けを出しに事務室へ向かった。
とりたてて理由を聞かれたりすることはないが、届けをきっちり出すことが決まりだった。
止むを得なかった場合にも、理由なんて聞いて貰えない。

三上の様子が変だったとは思うが、この1年で何か変わったのかもしれない。
課で嫌なことがあって、愚痴を言うのに適当な相手がいないだけかもしれない。
1年分かもしれないがそれでも聞いてやろうと、仏心を出した功刀は後で後悔するのだ。
厄介なことに巻き込まれたと言うよりも、部屋に入るなり押し倒されたあの屈辱。

 

 

「・・・いッ────・・・」

痛みをこらえた功刀は顔を上げて一瞬戸惑う。
そこは真っ暗で、一瞬自分は目を開けていないのかと思った。しばらくするとぼんやりとした輪郭が見えてくる。

(・・・何だ・・・この部屋・・・)

例えようもない違和感は全て闇の所為だ。
寮の部屋では闇というものはまず自然に出来ることはない。開けることの出来ない窓が各部屋にひとつ、それにはカーテンレールなんてものは付いていないからだ。
その窓を何かで覆うことは禁止されている。しかしここが確かに三上の部屋だというなら、それは明らかに規則違反だ。
功刀が困惑していると三上が目を覚ます。
おはよう、何て寝ぼけた声に、一気に色んなことを思い出して功刀は勘で思い切りエルボーを決めた。
位置は確かだったようで、三上が一瞬呻いてむせる。

「どういうつもりやッ、こん、こんな・・・!」
「ッ・・・効いたー・・・お前卑怯」
「どっちが!」
「あー・・・痛かった?」
「〜〜〜ッ!」
「イタッ」

適当に三上を叩くと確かに手応えをする。
くぐもった笑い声がして、三上が起き上がった気配がした。この闇で目が利くのか、三上が功刀の頭を押さえて馬乗りになり、ベッドに繋ぎ止めた。

「好きだからってんじゃ駄目?」
「!」
「嘘だけど」
「・・・・・・」

三上の手を乱暴に払い除けた。
しかし体格よりも実力的に、三上から離れることは出来ない。俯せのまま、首だけひねって三上を睨む。
悪戯っ子のように三上は笑う。まだ視界のはっきりしない功刀には闇が笑っているようにしか思えなかった。

「俺、・・・」

三上が何か言いかけて止めた。
ベッドが軋む。と思えば不意をつかれて耳元で声がした。

俺 ここやめるわ
「・・・なっ・・・何、言っ・・・」
「3年耐えたんだよ、凄くね?」

何か言おうとした功刀の口を塞ぎ、三上は空いた手でベッドサイドに手を伸ばした。
置かれていたペンライトに明かりを灯し、手近な本を下に敷いて紙とペンをベッドに置く。

“盗聴されてるから黙って”

「!?」
「黙って」

からかうように功刀の口に人差し指を乗せ、三上はもう1本ペンを出して功刀に持たせる。

“BGM流すけど我慢して”

ペンライトの明かりが動き、ベッドに据えられたコンポを照らす。
三上が電源を入れて音を調節する。微かに聞こえてくるのは衣擦れ、と、声。

「・・・・・ッ!?」

また三上に口を塞がれ、功刀は慌ててペンのキャップを飛ばした。三上が紙を照らしてやる。

“これ!”
“お前の声な、夜の”
“何で!”
“だから、盗聴されてんの知ってたから、カモフラージュ用に”
「・・・・・・」

何てことだ。
功刀は怒っていいのやら照れていいのやら、複雑な気持ちでベッドに伏せた。

「・・・功刀?」

耳元で小さく聞かれた。
ゴメンとも言う気はきっとないだろうその声に、功刀は諦めて全てを受け入れることにする。

“録音切れねーうちに話終わらすぞ、昨日のだとばれるかもしんねーから”
「・・・・・・」
“俺は入学したときから監視されてる、俺の親が反政府軍にいたからだ”
“反政府軍って”
“極小ゲロ弱時代錯誤な個人団体だ、俺が入学する前に親父は適当な罪で殺された、俺は床の収納庫に隠されて親父が死んだ声を聞いた”

持ってろ、と言いたげにペンライトが渡される。
功刀はそれをしっかりと握り、紙の上を照らした。白い紙が反射する。

“別に親を殺されたから入学してきたわけじゃない、力試しをしたかった。親父を殺せるほど力のある場所なのか”

力試し・・・自分の力を試していたのではないとようやく知る。
この飄々とした男が何処でそんなことを考えていたのだろうか。
ふとすれば「BGM」が耳に入ってくるので、功刀は必死で紙に集中した。

“俺は今日マザーコンピューターに入る、俺の記録を消してここを出る”
“出来るのか”
“この間から自作パソコンを作ってた、届けも出してないからばれにくい。バリケードの外の3つは俺が作った奴だから問題外だし他のもホントは突破しなかっただけ”
“出てどうする?”
“俺ひとりじゃ動いてない、ちゃんと外にバックがいる。スパイみたいなモンだ”
“反政府軍?”
“いや?政府警察のお偉いさん”
“どうやって出て行くんだ”
“マザーを制御して防災の為の壁もスプリンクラーも全部作動させる、貨物用エレベーターで地下に下りて車を1台失敬する”
“可能か?”
“さぁ、手伝って?”
「・・・・・・」

コレが狙いか。功刀は呆れ果てて溜息を吐いた。
ならばコトに及ぶ必要はない。コトがあろうがなかろうが手伝ってやる気は更々ないからだ。

“絶対嫌だ。巻き込むな”
“そうだな、出世コース走ってる奴に頼んでも無駄か?”
「・・・・・・」
“俺が頼みてぇのは、もし俺が死んだらって場合”
「!?」
“失敗したら多分その場で撃ち殺されるから、そうなりそうだったら俺は死ぬから”
「おい・・・」
“俺の体には残る証拠が多いから、最悪周り巻き込んで自爆すっから死体回収してくんねェ?”
“やだ”
“頼む、俺が死んだら回収屋来るから、そいつに渡してくれればいいから”
“や”

頼む、
耳元で囁かれた。功刀はペンを止める。
ペンを手放した三上の手がゆっくりと、撫でるような動作で功刀の腕を這って肩に触れた。

「み、」
「じゃあお前の肩貰う」
「!」
「何でわざわざお前の体力奪ったか分かってない?」

静かな声に鳥肌が立つ。
ヤバイ────・・・
情報課へ進んだ三上と違って自分は傭兵訓練も受けた。油断していただけじゃない、力で絶対に勝てない。
耳に付く嬌声。それはもう自分のものには聞こえなかった。

宜しく、
三上が笑う。功刀を押さえつけたまま手を伸ばし、コンポを止めた。
冷たさも暑さも感じない、触覚だけの三上の指が体を伝う。震えた功刀をからかうように髪が首筋を撫で、そこに唇が落ちた。

「もっぺんいくか」
「は・・・、や、やだ、」
「はーいイイ子イイ子」
「やだって、ちょッ・・・──────」

 

 

 

 

バキンッ

景気のいい音で功刀は目が覚めた。
また隣の部屋の奴が喧嘩でもしているんだろうか、そう思って顔を上げ、ここが自分の部屋ではなかったことに気付く。
部屋は電気が点いていて、窓が黒い布で覆われているのが分かる。
その傍に立つ、制服の女性。

「・・・・・・さっ・・・西園寺中佐ッ!」
「おはよう。ああ、手元に気を付けて。それ触らないでね」

言われてからトランシーバーのようなものがベッドの上に置かれているのに気付き、功刀はそれを動かさないようそっと体を起こす。体が異様にだるい。
ここは確かに三上の部屋だろうか。少なくとも自分の部屋ではないことは確かだ。
辛うじて衣服は着せてあるのは有り難く思う。しかしどうしようもなく体がだるい。
そんなことよりも、功刀は目の前の光景に目を疑う。
・・・女性としては過去最高、中佐にまで上り詰めた「有名人」だ、訓練生如きが普段会える人間ではない。
その彼女が、携帯の小型銃のグリップで本棚を殴っている。
丈夫ではない板はすぐに陥没するが、彼女は穴を見てまた別の場所を殴った。

「・・・あの」
「全く若いわよね、回収を頼むなら場所ぐらい教えて欲しいわ」
「??」

今度はビンゴだったのか、彼女は銃をホルスターに戻して穴を探った。
2センチ四方ほどの薄い板を摘み、それから出ていたアンテナを折った。

「さて、少なくとも頼まれた分は回収終了ね。後もう一つ」
「あ、の」
「功刀君だったかしら?・・・ああ、確かに似てるわね」
「はい?」
「大丈夫かしら?薬の割に早く起きたからまだだるいでしょう」
「薬、」
「三上君がね。あなたが起きてきたら部屋から出られなかったでしょうから」
「・・・三上は」
「行ったわよ」

西園寺は苦笑しながらベッドに寄り、立ち止まった場所で踵を床に落とした。
そこにはあらかじめ仕掛けがしてあったようで、板の1枚が跳ね上がる。
しゃがんで中を探り、またアンテナの付いたものを取り出した。それはそのままポケットにしまう。

「・・・西園寺中佐、」
「派手な名前ね、結局は総合課の課長よ。もっとも今は回収屋、普段のように話してくれて構わないわ」
「回収屋?じゃあ三上が言っていたのは」
「私のことかしら」

流れるような動作でコンポからディスクを抜いた。
げ、と思わず声を出した功刀を振り返って西園寺は笑う。

「大丈夫、コレは貴方にと言われてるから。最後の10分をと言うメッセージ付き」
「最後の? ・・・中佐、三上は、何者ですか」
「それは難しい質問ね」
「窓を塞いで、腹に刺青、改造したホルスター」
「・・・その辺も見たのね」
「入学時の身体検査で刺青は許されていないはずです」
「ええ、かといって入学してからのものではないわ。あの子を入学させたのは私」
「ジャケットに隠れる位置にホルスター、それから弾丸」
「いざというときに必要でしょう」
「あいつの目的は?」
「あの子には目的はない。目的があるのは私」
「・・・・・・」
「私はおおっぴらに動けないもの。私にはない技術もあるし」
「・・・貴方の、」

最後まで言葉は続かない。
緊急警報が建物内を走った。耳を打たれて功刀はハッとする。

「三上君の話を聞いてたでしょう、次は防火壁が落ちるわ。その前に寮を抜けて」
「あなたは」
「まだ仕事が残ってるもの。死にはしないわ」

化粧っけは全くない。それでもたしなみとして引かれているルージュが弓を描いた。
落ちていたジャケットを功刀に押しつけ、自分の小銃から弾をひとつ抜く。

「餞別に」

 

 

3 >>


MIKAZUを書いていたはずですが挫折。
別にエロを入れようと思っていたわけではないのですが何故か。あーん。

西園寺さんも趣味。
彼女の地位をどうしようかもの凄く迷ってみたり。結果軍隊に。
まさか初めはこんなに書きたくなるとは思ってなかったからさぁ、しっかり考えてなかったのよね。
もう警察と言うより軍隊ですね。軍隊です、はい。
鋼とキノの所為だ・・・
西園寺大佐にしようと思ったけど語呂が悪いので中佐。
今度からパラレルをシリーズにするときはちゃんと考えて書くことにする。
学校のコトなんて凄い即席だぜよ。やっべーよ。最悪だ。
次はおまけ感覚で。

 

 

 

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