金 色 の 世 界


ピピピピピピピピ・・・・・・・・・

「・・・・・・」

辰巳はゆっくりと体を起こして頭を降った。
軽く頭を掻きながら音の主、目覚まし時計を探すが、辺りは本や紙、無数の配線などで恐ろしく散らかっていて見当たらない。
昨夜はここまでひどくなかったと思うが、転けたりしたんだろうか。記憶にはない。
見付からない目覚ましは鳴り続ける。その音を聞きながら、段々頭が起きてきた。

「・・・・・・山川ッ 車!」

足元を余計に散らかして、辰巳はソファに回り込む。布団の塊を揺さぶった。
辰巳が一人でやる情報屋は仕事柄噂が流れるのも早く、立ち上げたばかりだがその力量に途切れることなく仕事が舞い込んでくる。
最近では山川に手伝って貰うこともあるが、その彼も今年は警察学校への入学が決まっていた。

「・・・ん・・・おはようござい」
「車出せ、朝だ!」
「・・・・・・あっ!」

ソファから起き上がった山川は自分の腕時計を見て、転けそうになりながらドアへ走る。

「この下でいいですかっ」
「ああ、すぐ降りる」
「ごめんなさいっ、俺」
「いいから早く」

辰巳も重要なものがないことを祈りつつ辺りを踏み散らかし、そこだけ特に散らかった机の傍へ移動した。
本に埋まりかけているノートパソコンを引っ張って中のディスクを抜く。手近にあったケースにしまい、耐性の強い包装をした。
すぐに身を翻してドアに飛びつき、部屋を飛び出す。

────そして感じた気配に反射的に手を出せば、掴んだのは脚。
小さな舌打ちが聞こえ、脚はゆっくりと戻っていく。ドアの傍に立っていたのは黒尽くめの少年。自分よりも年下だろう。山川よりも小柄だ。

「・・・何か用かな」
「ええ、あなたに」
「一応聞くけど、人違いじゃないんだな」
「勿論」
「分かった。・・・これは届けさせて貰っても?君とは無関係だろうから」
「内容が分からない限り歓迎は出来ませんね」
「・・・こっちは商売なんだ」

辰巳はしばらく考え、素早く部屋に戻った。
せめてもの時間稼ぎにドアの鍵を掛け、書類も本も踏み荒らして窓へ寄る。

「山川!」

眼下に見慣れた車。
さっきの少年が声に反応してこっちを見上げる。

「お前持っていってくれ」
「えっ、辰巳さんは!?」
「急用!頼んだ!」

がっちゃんと乱暴にドアが開くのと同時に辰巳は荷物を下へ投げる。下を確認せずに窓を閉めてそこから離れた。
その部屋は天井も壁もコンクリートが剥き出しだった。部屋の区切りは一切ない。

「・・・あんまりスマートじゃないんだな、ドアを壊すなんて」
「ピッキングナイフぐらい常備してますけどね。こっちの方が早いしこの辺りじゃ強盗なんて珍しくないでしょう」
「なるほど」

少年は足音がしない。
革靴でコンクリートを叩いて?辰巳は流石に笑えない。
容姿に似合わない黒いスーツはサイズばかりがぴったりだった。

「・・・話し合いじゃ済まないか」
「済まないから俺が出てきてるんですよ。口約束は信用ならないし記憶はあなたに残りますから」
「ふん・・・」

辰巳は腕を組んで部屋を見回す。
昨日のお陰で身動きが取りにくい。それこそ強盗にでも押し入られたようだ。

「だから、ね。情報屋なんてロクな仕事じゃないですよ」
「“処分屋”よりは随分ましだけどな」
「・・・その呼び方やめてくれますか」
「失礼」
「俺もあんまり時間ないので、取り敢えず死んで貰えますか」
「肯定は出来ない」

少年が地を蹴った。
最後に食事をしたのはいつだろうと辰巳は考える。デスクワークが中心の最近の体にエネルギーなしで動けるか。
彼の手から飛んできたナイフを避けて、飛び込んできた少年の胸を突いた。一瞬のうちに床に押さえつける。視界の端に目覚まし時計を見つけた。

「遅い」
「っ・・・」
「・・・初仕事?」
「・・・・」
「それとも俺は舐められてたのか?確かに苦手分野だがその辺の奴らと一緒にして貰うほど怠けてない」
「・・・そのようで」
「あと行き当たりばったりで強盗に見せかけるのはやめた方がいい。階段も足音を消して上ってきたなら強盗は成立しない、足音なら下の部屋の奴が気付くから。喋りすぎてもいる。
 ───本当に殺す気があるのか?」
「・・・・・・」
「名前は?」
「・・・・・・」
「まぁいい。どうせ帰れないだろ、任務失敗じゃ」
「・・・まだっ」
「ッ  」

少年が手を捻って辰巳の手を振り払い、全身の力で手の甲に何か押しつけた。
走る痛みに力が緩んだ辰巳を蹴り上げて少年は立ち上がる。靴が掠めた辰巳は数歩よろけた。
息を整えた少年が辰巳を睨む。
辰巳は手の甲を見た。右手の甲に小さな金バッジが刺さっている。スーツについていたものか?油断した。
抜こうとしてみるが簡単に外れそうになかった。痛さに顔をしかめる。
ナイフを拾った少年は乱れた前髪の間から辰巳を見た。

「・・・面倒だな」
「!」

辰巳の一言にカッと頬を紅潮させ、少年が飛びかかってくる。
大人しく辰巳は倒されてやった。首筋に当てられるナイフ。

「・・・ちゃんと握れ、もう少し下。頸動脈はここ」
「・・・なんで」
「殺せないだろ」
「・・・・・・」
「お前は覚悟が出来てない」
「・・・違う」

薄く肌が切れた。辰巳はそれでも怯まない。

「名前は?」
「・・・・・・そんなもの、ないよ」
「・・・やっぱり桐原の所か」

辰巳は溜息を吐いて目を瞑った。目を開けても尚、少年は辰巳を緩く押さえつけたままだ。
少年の手からナイフをそっと奪う。

「・・・一緒に来い」

 

 

そうして辰巳が言った先は、団地・・・だった。
この街にしては異質な建物で、4と番号を振ってあるが他の棟は見当たらない。
黙ってついてくる少年を確認し、辰巳は中に入っていく。階段を上り、201号室のドアを勝手に開けた。

「椎名居るか」
「はーい、新聞ならお断り」
「違う」
「来たね非常識男。まぁ入りなよ」

部屋の奥から出てきたのはエプロンをつけた少年。
パッと見女にも見られがちだが、少年と言っても辰巳より年上だ。

「しばらくコレ預かってくれないか」
「誰?」
「さぁ。俺を殺しに来たらしい」
「ふーん、ぼくの弟子に敵わずってか」
「いや、殺されかかって」
「・・・・・・だ・か・らっ、あれほどサボるなって言ってるだろっデスクワークばっかしてるから体鈍るんだよでかい図体してこんな奴に押されやがって、ぼくの名が泣くだろっ!?」
「ハイハイすいません」
「ったく・・・少しぐらい反撃したんだろうな」
「さっぱり。胸を突いた程度」

どの辺りがさっぱりだったんだろうか。
結果を見れば自分が負けだったような気がして、少年は胸を押さえる。

「・・・もしかして痛いか?今から医者行くけど来るか?」

思いがけず優しく聞かれ、少年は首を振る。辰巳は少し迷い、少年を椎名に預けて外に出た。
椎名は喋らない少年を招き、無理矢理ソファに座らせる。

「・・・ふーん・・・お前都市で見たことあるな」
「え、」
「桐原のとこのだろ、会社の方にいたんじゃなかったんだ」
「・・・あっ・・・椎名って・・・」
「ご察しの通り家を飛び出したアホ息子だよ」

椎名は笑って台所に向かった。ポットに水を足してお湯を沸かす。
少年が見たことある椎名はそんなに所帯染みていなかった。詳しいことは知らないが、次期社長と言われていたのだからお茶だって入れたことがないはずだ。

「・・・お前みたいなんが外の仕事に行くんだね、小柄の方がいいのかな。忍者みたい」
「・・・・・・」
「そういや胸突かれたんだっけ?見せて」

椎名は少年が抵抗する間も与えずに上着を脱がせた。極自然な動作だが隙がない。
シャツの下に赤く腫れた跡がある。

「ふん、辰巳の奴手加減してるな。力量はかられたね。お前も本気出してなかっただろ」
「・・・俺」
「処分屋になるならね、感情捨てないと。助けてくれと命乞いする奴ならいっそ殺せるかもしれない、けどね。辰巳は基本的に、生きてないから」

 

 

「いっ・・・た」
「ふむ、なかなかの腕前だな。小指動かしてみろ」

不破は手の中でバッジを転がし、机に置いて消毒液を手にする。
言われた通りにやろうとしている辰巳から血の気が引いた。

「・・・動かない」
「・・・痛覚無事か?全部動かないよりはましだがな」
「薬とか塗られてたわけじゃないんだな?」
「単なる複雑骨折だ」
「・・・治せないか?」

傷を消毒して貰った左手を振ってみる。
さぁな、と冷たい返事をして不破は手に金属板を当てて固定する。

「時間掛かるぞ」
「・・・手早い方法があったりするか?」
「カルシウムの代わりに金属にする」
「・・・いつできる?」
「明日」
「明日また来る」

不破がノートにメモをしているのを見ながら辰巳は立ち上がった。
そこを離れかけ、ふと振り返る。

「打撲って湿布か?」
「お前か?」
「いや、犯人」
「・・・お前が打ったぐらいじゃないしたことじゃないだろうからな、湿布でいいだろう。持っていくか」
「ああ」

不破から湿布と受け取り辰巳は診察室を出た。
外から見ればまるで廃屋のような医院。しかしそれは外見だけの話だ。
手に巻かれた包帯を見て溜息を吐いた。キーボードを打つのは厳しいかもしれない。

辰巳は情報屋の仕事について自信があった。頼まれればほぼ100%で調べ上げられる。
それでもある組織、俗に処分屋と言われる集団についての依頼が長引いている。相手が大きすぎる所為だろう。
桐原グループと言われるそこは表向きはただの商社。それも相当な大手だ。
処分屋、言ってしまえば殺し屋だ。
さっきの少年もメンバーなんだろう、調べ回っていることがばれたらしい。

「・・・しかし舐められたな。あんな未熟な少年で」

世も末だ。
辰巳は呟き、4棟201号室に戻っていく。

「椎名」
「あーおかえり」
「彼は?」
「寝てるよ」
「・・・・・・」
「・・・だって暴れたんだもん。せっかく掃除したのに埃立てられちゃたまんないからさ」
「・・・・・・」

煎餅を食べる姿が似合ってしまう師匠の前に、ソファに俯せた少年が居る。
辰巳は溜息を吐いて彼を担ぎ上げた。

「つーかそいつ絶対人殺せるレベルじゃない。体のいい厄介払いかもね、おちこぼれじゃん?」
「さぁ、それか俺が舐められたか」
「どうするの?」
「取り敢えず部屋に帰る。俺殺すまで帰れないだろうし」
「あ、そ。まぁ死んだら葬式は挙げてやるよ」
「ありがとうございます」

バカ丁寧に礼を言い、辰巳は部屋を出ていった。
町は人という人で込み合っている。部屋を出てきた朝の時間帯に比べると人口密度が極端に高い。
その人混みを縫い、辰巳はビルの前に出る。このビルの屋上に辰巳の部屋があった。
そろそろ改装が必要なビルの外にある螺旋階段を、人を担いだまま根気よく上がっていく。手すりが低いので油断すると彼を落としかねない。
丁度屋上に着いた頃彼が目を覚ました。
何となく理不尽な思いを抱えつつ、ぼろぼろのコンクリートの上に少年を下ろす。

「・・・・・・」
「・・・大丈夫か、椎名は力加減してると思うが」
「・・・あなたが運んできたんですか?」
「そう」
「何で俺に構うんですか」
「だって殺しに来たんだろ、先に構ってきたのはそっちじゃないか」
「あなたがこそこそと人のこと調べ回ってるからです」
「調べられるようなことをしてるのはそっちだ」
「・・・・・・」
「大人しく殺されてやる気はあまりないけど、でも俺が殺されないとお前帰れないだろう」
「・・・偽善者」
「ああ、だろうな。湿布貰ってきたから胸に張っとけ」
「・・・・・・」

投げられた袋を反射的に受け取ってしまい、少年は辰巳を睨んだ。

「ここに居て良いぞ」
「!」
「出来れば仕事を手伝って貰えると助かるな、処分屋やるぐらいだから能力値は高いだろ。今手伝ってくれてるのがもうすぐ居なくなるんだ」

辰巳は狼狽える少年を無視して部屋に連れていく。
ソファに座らせ、自分は部屋を見回して溜息を吐いた。もの凄い惨状だ。

「・・・ああそうだ、名前がないと呼びにくいな」
「・・・その必要はないです」
「・・・・・・」

辰巳は首の傷をさすって少年を見下ろした。
手品のように少年の手にはナイフ、彼はそれをくるんと翻し自分に向ける。
────ナイフが飛んだ。
蹴り飛ばした辰巳の脚はそのまま彼の足を踏んで押さえつける。

「・・・どうせこの仕事が終わったら死ぬつもりだったんです」
「・・・・・・」
「どうして・・・」

少年がぐっと俯いた。堅く握った拳が震える。

「───似てるんだ」
「え」
「名前をやるよ。ここに居たかったらここに居て良いし、居たくないなら出ていってもいい。死んだことにすればいいだけだから」
「・・・でも」
「笠井竹巳」
「・・・・・・」
「お前の名前」

初めて世界が見えた気がした。

 

 

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笠井と辰巳の過去話を。
椎名氏が団地妻なのは勿論趣味ですが文句は受け付けません。

 

 

 

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