h o L D   O n   ,   p l e a S e






「・・・姫さん」

決心していたはずだった。

逢いたかったのは事実。
逢いたくなかったのも事実。
決めていたのに。

だって死んでやる気はなかったから。

急に重くなった体に力を込めて、そっと銃口を地面から持ち上げる。
翼はそれに気付いていながらも特に何も動きはない。

決心していた。
支給武器は「当たり」だったから。

例え彼でも。

「・・・シゲ」
「呼ぶな」

急に罪悪感。
見られたという焦り。
背中に感じないはずの気配。
何故か喪失感。

ふっと椎名は笑った。
泣きそうな顔で笑った。




「逢いたかった」




滑稽な自分に、佐藤が涙を落とした。







「ちっ・・・」

「エモノ」に逃げられて鳴海は舌打ちをした。
未だ頭はガンガンする。体のあちこちに擦り傷があり、ひりひり痛む。
只それだけだったのは、かなり強運といえるだろう。
自分の両手を開いたり握ったりして見つめ、鳴海は大きく溜息を吐いた。

「結構好みだったんだけどなぁ。なぁんで水野」

一瞬掴んだセーラー服。
変態が混じってなければそれは唯一の。

こっちを睨んだ目があまりにも深くて
すうっと流れた涙があまりにも綺麗で
叫んだ声があまりにも必死で

思わず手放してしまった。
さえずらない小鳥。

「・・・大人しく歌ってればこんな事に巻き込まれなかったのにな」

いい加減自嘲にも飽きた。
次は勝利で笑いたい。
地面に残る小さな血痕。
手に握った鎌を見れば成程、微かに血が付いている。
一応かすってたのかと自分自身に拍手を送りたい。

「・・・・・・まぁあいつ等ならここから出てくることはねぇか」

時間は後20分。
あと数メートルで、20分後に禁止エリア。
否、ココが禁止エリアで無いという確信はない。
早々に立ち去るに越したことはないと踏んで、鳴海は適当に歩き出した。



途中で見付けた藤代。
・・・いや、元藤代だ。少なくとも鳴海はそう考えた。
鞄を探ると食料類は見事に抜かれていた。どうせ不味いんだけど、とか呟いた途端に鳴海の腹は空腹を訴える。
武器は、本当にコレなのかと一瞬疑った。
カミソリ。
普通に、ひげを剃ったりするカミソリだ。
また刃物かよーと思いながらも一応持った。

途中で見付けた元渋沢。
よくもやってくれたなと攻撃を仕掛けようとしたのだが、彼は既に事切れていた。そう言えば放送で死んでたな。
元渋沢はどうやら額にズドンと食らったらしい。お世辞にも綺麗な死に方とは言えまい。
鳴海が心引かれたのはそれ。
銃。
お前誰にやられた?俺が敵取ってやるよ。
ついでにピカピカの日本刀もリュックに差した。

俺は刃物商か?
もっとカッコイイ、銃とか欲しいんだよ。






・・・携帯。
ポケットの中で、自分を主張する。
使えないだろうと言うことは予想着いていた。
だけど三上はもう何度目かになる行動を繰り返す。

パカッとお馴染みの音で開いて
パッと光る液晶画面
パチッと元のように二つ折りにして

・・・指が覚えている行動には移れない。
移りたくなかった。

刃物の嫌な感触と、逃げる足音。
肩の血は止まったが、不快感は拭えない。
・・・妙に現実感を持った携帯が手の中にある。

別に助けを求めようとは思っていないのだ。
今更どうしろと?
もう藤代は死んだし
馬鹿みたいに覚えてる唇の感触
もう渋沢は死んだし
馬鹿みたいに覚えてるボールの重さ
もう間宮も死んだし
馬鹿みたいに覚えてる「人殺し」の感覚
今更どうしろと?
別に助けを求める気は更々ないのだ。



例えば携帯を使って、警察に電話をする。
もし繋がったとしても(それは100%有り得ないが)、香取・・・「先生」の言うことが正しいのなら意味はない。
コレは世間の認めた「法律」によって運営され、その法律で定められた「行事」であるのだ。
コレは正しいことであり、助けを求めたところで逆に法律違反だと言われかねない。

例えば携帯を使って、親に電話を掛ける(繋がる可能性は100%、まずない)。
だけどコレは両親の了承の元で行われており、下手に行動を起こせば気が変わって反対しかねない。
それは親を殺すことになる。
・・・もっとも、既にいないのかもしれないが。

例えば携帯を使って、コレ・・・「選抜」に呼ばれていない友達に連絡を取る。
繋がる確率はゼロとは言えないが、繋がったところで冗談で終わるだろう。繋がるとしたら政府もそれを判ってて、だ。
自分だって実際こんな事に自分が関わるなんて一度も考えたことはないし、それどころか冗談として会話に織り交ぜたりしてきた。
バトロワやろーぜ、真っ先にアイツ殺す、何て。

例えば携帯を使って。・・・「選抜」、に、来て居る奴等に掛けてみたら?
繋がる繋がらない以前に持っているか持っていないかが問題だった。だけど繋がる可能性は一番高い。
だけど繋がってどうする。
声を聞いて、場所を聞く?


だけど



三上の手は無意識に携帯を開いた。






彼女は馬鹿みたいに泣き続けていた。

泣き顔が綺麗だと思った。
泣き顔なんか見ることないと思ってた。
泣き顔に自分は何も出来ないと思った。
泣き顔が綺麗だと思った。

彼女は馬鹿みたいに泣き続けていた。
本人でも馬鹿みたいと何度か呟いた。但しそれは何に対してか判らない。

水野は大丈夫だからと何度も伝えた。
世界中にその言葉しかないみたいに呟いた。
あまり効果はないように思えた。
多分自分が痛がっていたからだ。

「・・・痛い?」
「・・・そりゃ、な」

鳴海の振った鎌の切っ先が掠めたのは水野の腕。
右の二の腕にすっと縦の線が赤く入っている。

「だけど大丈夫だから」

サッカーは出来るよと
言ってはいけないんだろう。

鎌にしてみれば「掠めた」程度だったかもしれない。
しかし実際は傷はそれなりに深く、放っておいても止まりそうな血ではない。
ゆっくり学ランを脱いで、下に着ていたシャツを裂いた。
自分で巻こうとしたが流石に無理で、未だ涙の残る小島に遠慮がちに視線を向ける。

「・・・待ってて。薬箱ぐらいあるでしょ」

小島が涙を拭って立ち上がる。
ふたりが今居るのは、元は幼稚園か保育園か、そんな雰囲気のある建物だった。
人の少ない島だからなのかグランドに遊具はなく、隅の方にひっそりと一つだけ、小さいサッカーゴールがあるだけだ。

だけど壁には誕生日の人の名前が貼られ
元気いっぱいにはみ出しそうなクレヨンで描いた絵が貼られ
保母さん達の努力が見られる、画用紙を切りぬいたものが物語を創り

ロッカーに入れられた小さな上靴
ケースから飛び出している積み木
妙な結びになっている縄跳び
クレヨンの箱の蓋

儚い生活感に鼻の奥がツンとした。
小島が薬箱を抱えて戻ってくる。もう涙の残っている気配はない。
只深く俯いて、髪で顔が隠れている。

「・・・・・・ホントは意味ないんだけどね」

俯いたままの小島が呟いた。
水野は聞こえない振りをした。
小島も知らなかったことにして、薬箱を開けてガーゼを取り出す。
ペットボトルをきりっとひねり、それにたっぷり水を浸した。


彼等は行く末を知っている。
本当は知っている。

残り時間はない。

そうあとは、


サッカーをする時間しか。


小島が包帯を巻きかけた。
肌にかかった白い布を水野はじっと見ている。
ずっと無言で作業していた小島の手がふと止まった。

「・・・・・・水野」
「・・・何」
「あたし」

言葉は続かない。
未だ包帯は巻けていなかったが水野は立ち上がる。
強制的に小島も立たせた。
しっかり空気の入ったサッカーボールを取りだして水野は部屋を飛び出す。
呆気にとられる有希を意識せずに、水野がグランドに躍り出た。

ポンと高めに上げて膝で受け、また跳ね上げる。
それをずっと、繰り返す。
受け損なったボールが横へ飛んだ。
小島がそれを受けた。

いつの間にか外へ出てきていた小島を、水野は見る。
小島は涙の後はあるけれど、いつもの笑顔を見せていた。
誰もを魅了するあの。

「そういや水野とは1対1やったことないわよね?」
「・・・ああ」


ポーンと

ボールが飛び出す。



本当は知っている。

どちらの心にも焦りが。



よれよれのゴールネットは水野の蹴ったボールをしっかり受け止めた。
現在自分の優勢。
負ける気はなかった。
そして振り返る。

「・・・・・・小島」

小島がじっと、うずくまっていた。
乾いた地面に涙が落ちる。



あと1分。
水野の時計が正しければ、後1分でココは禁止エリアだ。
そして二人は知らないことだが、
今荷物もほったらかしにして走り出せば、ふたりの体力を持ってすれば抜けることは可能だ。

「あたし・・・・・・死にたくないよ」

水野はボールを蹴り上げる。
チームメイトの風祭が得意としていたリフティングを、その延長で続けた。
ポーンと耳に慣れた音。

「俺も」



ボールを蹴る音だけが響く。

「・・・あ、」
「・・・・・・どうした?」

ボールを蹴る音だけが響く。

「あたし、『武器』であんたの制服縫ってやれば良かったんだわ」
「・・・・・・」

ボールを蹴る音だけが響く。

「ちゃんと腕の怪我も治療して、正装すればもっとあたし達らしかったわ」
「・・・そうだな」

ボールを蹴る音だけが響く。

「水野」
「小島、好きだ」
「あたしも」

ボールを蹴る音だけが響いた。






少し指が震えていた。
あれだけ慣れていると思ったのに。
三上は溜息を吐いた。

直接情報を呼び出さず、履歴の中からそれを出した。
ディスプレイのバックライトで三上の顔が照らされた。ふと気付くと充電の残りは少ない。
圏外にはなっていないが、それは大した問題ではなかった。


『さぁ〜ってっ、お昼の時間よー。まさか寝てる人は居ないわよね?』
「!!」

12時!?
三上は咄嗟にデスクトップに戻して時間を見る。
確かに、きっかり12:00。
どうやら近くにスピーカーがあるらしく、やたら大きな音で聞こえた。

『みんな結構ペース速いのねー。みんな仲良しだから、あたしもっと遅いかと思ってたわ。外見だけの友情だったのかしら?
 えーっと、1番井上直樹君・4番風祭将君・6番小島有希さん・8番真田一馬君・19番水野竜也君・20番若菜結人君』

「! ・・・みずの」

未だ呼ばれなかった名前。それはそれで安堵はある。
だけど呼ばれて欲しくなかった名前。


「・・・一緒・・・かな」


だったら少し、羨ましいと思う。



『あらあら、小島さん死んじゃったのね。彼女には同じ女として頑張って欲しかったのに。
 さぁって、勝負はまだまだこれからよ!生き残れるのは一人だけなんだから。じゃあ禁止エリアはー、っと』

同じ女?
どこが。

三上が吐き捨てるように言った。
そもそもアンタは人間じゃねぇ。
小島サンのように、優しくもなけりゃ可憐でもない。
アンタは自由に飛んでいた小島さんを捕まえた冷たい鉄のカゴだ。

「・・・笠井」

笠井


笠井笠井笠井




かさい




三上の指が携帯のボタンを押した。
震える指では少し押しにくい。

禁止エリアは耳に届いていた。それだけは耳に留める。暗記には自信があった。
カチッと微かな音でボタンを押して、三上は携帯を耳に押しつける。
呼び出し音。
訳の分からない感情。


呼び出し音が、途切れた。


『・・・・・・・・』
「・・・・・・もしもし」
『使えないって判ってる?三上君』
「・・・どうせ使えないにしてもアンタの声は聞きたくなかった」
『つれないわね』

さっきまで放送で聞こえていた声。
相手が冷静な分、三上も妙に冷静だった。

「なぁ、コレってどーいう仕組みになってンの?」
『さぁ?アタシも難しいことは判らないんだけどね、電波を全部管理してるらしいわ』
「ふーん・・・じゃあホントの接続先に繋ぐことも可能だよな?」
『・・・さぁね?』
「・・・お願いしていい?『先生』」
『何かしら』
「繋げて」
『・・・・・・・・・』
「いやホントは電波じゃなくて、心も体も繋げたいんだけどな?」

三上は笑っていた。笑えていた。
多分それは自嘲。
何でこんなに逢いたいのかと、ふと考えてしまったから。

「・・・どうせもうすぐ充電切れるしさ、」
『・・・んー・・・どうしよっかしら?繋げたい先の人とはどういう関係?』
「恋人」
『よね、さっきの発言からして』


逢えるかもしれないと思うと胸が躍った。
逢えない可能性もあった。
逢えるかもしれない。
逢いたい

逢う





たっぷり間があった。




『・・・・・・・・・Hold on, please.』




それは綺麗な英語だった。いつか不破に注意された発音も少しは克服したらしい。
三上は知らないが彼女は英語の担当者で、少なくともそこらへんの中学生よりは全然発音は上手かった。

「・・・」
『あたしそう言う恋愛モノに弱いの』
「・・・は、センセー恋人いないっしょ」
『ほっといて!』



Hold on, please.



あー、てゆーか、アイツ今携帯持ってんのかな。

余計なことを考えて頭を振った。
つまらない恋愛映画。
自分を主人公と称す。
しばらく待っていると電波の向こうの雰囲気が変わった。

「・・・・・・」
『み・・・・・・・三上先輩・・・?』
「・・・笠井」


安堵感
を感じたと思う。

生きていた
と同時に。

生きている
と感じる。


『・・・・・・先輩』
「笠井、無事か?」
『・・・俺は平気です』


人殺したか?


訊けない。
多分向こうも訊きたい。


『・・・先輩、は、怪我とかしてないですか?』
「あー・・・ちょい、」
『だっ、大丈夫なんですか?』
「平気。かすり傷」

どんなかすり傷だよと一人笑いを堪える。
急に肩の痛みを思い出した。

「なぁ、お前今何処にいる?」
『・・・神社・・・です』
「神社」

三上は片手で素早く地図を広げた。
神社神社
地図記号どんなだった?

「・・・あった。そこに、居るか?」
『え?』
「・・・絶対、そこで待ってろ。禁止エリアに指定されたら右隣に移れ」
『禁止エリアになっても待ってます』
「・・・わかった。なる前に行く」




  h o L D   O n   ,   p l e a S e






  6番小島有希 19番水野竜也 死亡 【残り7名】







c r Y  f o r  t H e  m o o N > > >



BACK

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送